第6話 もう終わりにしていいよ
最初に透析を受け始めたのは診療所だった。
その診療所が大きな透析センターに代わった。
でも、代わらないのは透析仲間。
1フロアに40人ほどの患者が寝かされている。
オカンの隣に元建設会社を営んでおられた92歳のおじいさんが寝ている。
おじいさんといっても、頭はしっかりとしておられ、耳が遠いけど、あっ、車椅子に乗っておられる。
そのもう一つ向こうのベッドに9年来の透析仲間シマさんが寝ている。
オカンより2歳くらい下。
診療所にいた頃は「今から山に行って来る」と元気だったのが、こちらに来てからは手押し車代わりに車椅子を押して歩いている。
オカンも人のことは言えない。透析終わりにスポーツジムに通っていた。
母の介護が始まり、年会費9万円払ったところで行けなくなった。返金してもらえなかった、あの9万円は痛かった。
シマさんは酸素ボンベをつけて寝ている。
「入院したらどうや」
主治医に言われていたが、それを断り、奥さんが呼ばれ先生と話をしているときだった。
「もう終りにして」
シマさんの弱々しい声がして、それからみるみる血圧が下がっていったのだろう。
看護師さんたちがシマさんのベッドの周りに集まって、白い布の張られた衝立で覆われた。
「シマさん、シマさん」
担当の看護師さんの声がした。
滅多に顔を見せない看護師長の顔が見える。
「ともかく、向こうの部屋に運ぼう」
先生を呼ぼうではなくこう言った。
シマさんの呼吸は止まっていたのだ。
透析患者は死ぬときまで透析を受けなければならない。
『吾輩は猫である』の猫がビールを舐めて水瓶の中へ落ちたときのように、必死で水瓶の内に爪をたてて、やがて「もうよそう、勝手にするがいい。ガリガリは御免蒙るよ」と言った。「透析はこれぎり御免蒙るよ」と言ってみたい。
「もう終りにして」と言うシマさんの声がときごきリフレインする。
自分が死と隣り合わせにいることをこんなに強く感じたことはなかった。
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