頂点の称号 1

 ロックは医務室で目覚めた。

 重苦しい体の原因はおおよそ見当がついていた。

 壁にかけられてある時計を見てみると、時刻は十二時過ぎ。決闘が行われたのは十時だ。決闘そのものは二十分もかかっていない。案外早く目覚めたものだなと思いつつ体を起こした。

 

 扉が開いた。長く癖のある茶色の髪をした白衣姿の女性が、目覚めたロックをみてにやりと笑う。


「ようやくお目覚めかい。それともまだ夢か現か分かっていないのかな」


 その話し方は特徴的で、間延びし、ねっとりとした感じだ。どこか馬鹿にした風にも感じるが、それがこの人の話し方なのだとすぐにわかった。この女性のことは知らなかった。以前、医務室に運ばれた時はこことは違う場所だったからだ。

 木製の壁は綺麗ではあるが、前回の医務室は学園の中で窓からの景色はそれなりにいいものだった。よくよく窓の外を眺めてみると、少し先に学園の建物が見える。


「ここは?」

「特別な医務室とでも言っておこうか」


 女性はそれだけを言うと椅子に座り、机に置いていたバインダーに目を向ける。


「ロック・バーナードねぇ~。まさかあのバーナードに子どもがいたとは」

「マックスを知ってるのか」


 普段の教師相手と違い、女性の少し馬鹿にするようなねっとりした話し方につい敬語を使わずに問いかけてしまったが、女性はそれを意に介さない。


「そりゃあ有名人だからねえ。だけど、君のことは知らないよ。この前まではね」

「決闘か……」

「ハーメルン家の少年がどんな魔法を見せてくれるか期待していたけど、あれはだめだ。感情に飲み込まれすぎる。まあ、君もあまり褒められたものではなかったとけどね」


 開いた窓から爽やかな風が吹き込む。白いカーテンがゆらゆらと揺れている。

 

「君、自分がどれだけ寝ていたいかわかってないだろ」

「え? 一時間半とかでしょ」

「一週間だよ」

「一週間も?」

「あれだけ魔力を放出したんだから無理もないけど、それ以上に魔法による体への負荷が深刻でね。学園内の医務室担当が手に負えないと言って私のところに連れてきたんだよ」


 ここは学園の敷地内だが医務室を利用するには離れている。学園内で怪我をしたのなら学園内の医務室のほうがよっぽど近かった。こじんまりとした建物もそうだがここは学園とはちょっと違う雰囲気が漂う。


「体が重いけどもう動ける。本当にそんなにひどい状態だった?」

「かなりね。魔力コアが魔力回路を通じて外に魔力を放つのは知っての通りだが、回路がコアからの勢いに耐えられなくなっていたんだ。それで体の中はボロボロ。私がいなきゃ君死んでたかもねえ」

「やりすぎたな……」

「自覚はあるわけだ」

「経験はしてる」

「あれだろ。廃墟を全焼させたってやつ。私は一年の生徒がやったと聞いてワクワクしたよ。そんな逸材がいるならぜひ見てみたいとね。それで焼けた建物を見たが、あれは圧巻だよ。一年にしてはね。でも、いざ日常の君を見たらまともに炎が扱えない。それが謎だった。でも、今回ようやく謎が解けたよ」


 ワクワクしているのがわかるほど、女性は隠しきれない笑みを見せ、声も少し高くなっている。彼女にとって興味の対象が現れることがどれだけ重要なことか、この一連の会話だけでよく伝わってくる。

 

「そういえば名前聞いてなかった」

「私はヘルナーディア。あまり気に入ってる名じゃないけどね」


 ロックは靴を履き立ち上がろうとすると、ヘルナ―ディアは呼び止めた。


「もう少しだけここにいたほうがいい。入れ違いになるからねえ」

「誰が来るんだ?」

「すぐにわかるさ」


 ロックはベッドに座り待っていると、誰かが扉をノックした。ヘルナ―ディアは間延びした声で「どうぞ」と返事し、扉が開かれた。窓からの風で銀髪の髪が揺れる。


「先生、ロックは……」

「見ての通りだよ」


 やってきたのはステラだった。

 

「起きてたんだ」

「ちょうどさっき目覚めたところだ」


 すたすたと駆け寄りロックの前に立つと、ステラを手を振り上げた。

 直後、ゴツンと音が響く。


「いってぇ~~」


 ステラがロックの頭部にげんこつをしたのだ。

 心配でもしてくれるのかと思ったロックは唐突なげんこつに驚いた。


「病人にいきなりげんこつするやつがあるかよ!」

「後の始末はどうとでもなるとはいったけど、あんなにやって体が壊れたらどうるすの」

「無事なんだから今はそれを喜ぼうぜ」

「先生のおかげでしょ。ったく……。まぁ、無事で何よりよ」


 

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