炎魔法しかできません 5

 ブライトの攻撃が続く。あまりの実力の差は次第に観客の心配を誘った。

 それに気づいたブライトは、これ以上の攻撃は自分の名誉を落としかねないと判断し、次の一撃で決めることにした。今までの簡単な魔法ばかり。雷魔法が少し得意なら一年でも覚えられる。

 だが、次の一撃は違った。いままにないほど激しいバチバチとした音が決闘場を震わせる。


「しばらく動けなくなるのは覚悟しといたほうがいいよ。これはかなり強烈だからね」

「……それ、溜め時間があるんだな」

「強力な魔法だからね。でも、すぐに楽になれるよ。これを受けて立ってなんていられないから」

「あと何秒だ?」

「五秒だよ」


 誰が見ても絶対絶命のロック。だが、この状況を好機と見た者がいる。ロック自身とステラだ。


「ステラ様! 早く止めないとロック様が!」

「何も慌てることはないわ」

「でも! 今のロック様があんなのを受けたら!」

「今ここで止めたら、今までの努力が全部無駄になる。戦いが始まった瞬間から待ち望んでいた展開がようやくやってきた。いや、作り出したのよ」

「えっ?」


 エレイナはロックを見た。ボロボロで膝をつく痛々しい姿だというのに、うつむく顔には小さな笑みがあった。俯瞰して見てみると、ロックとブライトの間には地面を伝う光の道がかすかに見える。しかし、最初の状態よりも草が伸びておりロックたちからははっきりと見えていない。


「なにあれ……」

「魔法には魔力を込めて発動する単独型と魔力を繋げ持続させながら発動する接続型がある」

「ステラ様はロック様に接続型を練習させたと」

「どっちの型の魔法を使っても狙いを定めるのは大変なこと。特に魔力の調整が下手くそなロックならなおさらね。でも、歪でもいいから魔力を先行させれば、レールの上を走る列車のごとく決まった道を進む魔法が発動できる」

「でもそれだと気づかれるのでは」

「だからこそ芝生を利用した。その上、ブライトが植物の成長を加速させる魔法を使ったおかげで足元は視認しにくい。一見、点に対して発動しているように見えるけど、一年でそれは難しい。ブライトだって何をしてくるかわからない相手に下手なことはしなかった」

「足から魔力を流してロック様の足元まで連鎖的に植物の成長を促したと?」

「そういうこと。ロックがそれに気づくかが問題だったけど、心配はいらなかったわ。多くのことができないからこそ、今あるものだけで状況を覆そうとする。あの時のロックよりも周り観察する力が上がっていたの」


 あまりにもその場を動かないロックに疑問を感じたブライトは、ロックの足元から自分のほうへと繋がる魔力の光を発見した。それは、ブライトの周りを円で囲んでいる。


「君はまさか道を作る隙を待っていたのか!?」

「ようやく気づいたか。俺はエリートじゃないし、才能もない。炎魔法しか使えない魔法使いだけど、それでもやりようはあるのさ!」

「こんなもの避ければどうとでも……」

「遅い!!」


 直後にブライトの足元から勢いよく炎が吹き上がり火柱となる。

 さっきまでのお返しといわんばかりの魔法と、あのブライトがロックの魔法をくらったことにより会場は騒然としていた。まさしくジャイアントキリング。強烈な一撃にブライトでもただではすまないはず。


「ロック様すごいです!」

「……」


 喜ぶエレイナとは対照的にステラのまなざしは険しいものだった。


「ステラ様?」

「まずいかもしれない」

「えっ、でもロック様の魔法は直撃してるんですよ」

「できることなら気づかれない方がよかった。あいつはハーメルン家の人間。いつだってヒエラルキーのトップを目指し、下を見下す家系。あんなことで傷を負うとなれば、あいつの逆鱗に触れてしまう」


 火柱の中から音が聞こえる。バチバチと弾けるような音。その音はこの数分で聞きなれたものだった。


「久しぶりだよ。こんなに怒りが込み上げてきたのは!!!」


 落雷が火柱に落ち、炎は消滅した。

 ブライトは落雷を手に溜めている。

 

「僕が怒ったからには、君はもうおしまいだ」


 ジグザグな光がロックとブライトを繋ぐ。次の瞬間、手に電撃を纏ったブライトが目の前に立っていた。


「雷魔法の移動か!?」

「メインはこっちだ!」


 電気を纏った拳がロックの腹部へとめり込む。ブライトの身体能力ではなく魔法により強化されている。想像を超える衝撃と共に突き飛ばされフィールドに転がるロック。すぐさま追い打ちを叩き込まれ反撃の隙が無い。


「ロック様!」

「……」


 さっきまで散々ブライトの攻撃に耐えてきたのが今になって強烈に体に襲い掛かる。体はひどく重たく、動かすだけで痛みが伴い、ブライトの動きに対応できる状態ではなかった。

 これだけ早く動かれてしまうとステラに教わった方法では魔法が間に合わない。

 

「次は何をする? 炎を出してみるんだな。すべて叩きのめしてやる」


 一方的な展開に審判であるドムは止めに入るかを悩んだ。

 この状態でロックがブライトに勝てるのか。その前にロックの体が壊れてしまう可能性がある。本人が諦めない限り止めに入るつもりはなかったドムは、あと少しだけ様子を見ることにした。もし、ブライトが感情のままに強力な魔法を放つのなら、その時は止めるつもりだ。


「ステラ様。私見てられません……。早く、早く止めてあげてください。あのままじゃロック様が」

「……」


 絶望的な状況。見ている生徒たちは誰もロックが勝てるなど思えなくなっていた。やはり、才能がものをいうのだと現実を思い知る生徒もいた。

 

 だが、ステラはまだロックに勝機があると確信している。


「エレイナ。あの時、あなたは気絶していたから見ていなかっただろうけど、廃墟を壊したの誰だと思う?」

「誰って、ロック様と山賊が戦った結果壊れたのでは」

「あんな風に火力も調整できないロックが、建物一つ完全に燃えるほどの中で戦えると思う?」

「……もしかして、あの建物を燃やしたのは」

「ロックよ」


 ブライトにやられ続けている中、ロックの頭の中にステラの言葉が聞こえる。「本当に困った時は何も考えずやれることやりなさい」それがロックにとって最後の手段。それを解き放つ時が来たのだ。


 蹴り飛ばされたロックはゆっくりと立ち上がる。


「まだやる気? そろそろ諦めとかないと本気で大変なことになるよ」


 ブライトはロックへと手を向けた。手のひらに大きな電撃を溜め、これを最後の一撃と考えていた。

 

「……お前がエリートだってなら、全力でも大丈夫なんだろうな」

「何?」

「ドム先生、もしもの時は……全力で止めてくれよ!」


 直後、ロックの周りにはメラメラと炎が渦巻く。

 その熱は見ている生徒たちにまで届き、異様な緊張感が支配した。見てられないほどにボロボロになっているのに、圧倒的な実力差を体感したはずなのに、ロックの炎はまだ消えてはいない。


「君……それはなんだ」

「俺はさ、炎魔法しか使えないんだ。それに加減も上手くできない。ロウソクに火を灯そうとしたらロウソクごと燃やすし、炎を飛ばそうとしたら安定しなくて途中で消えてしまう」

「そんな君がなぜそれほどの力をもっているのかと聞いているんだ!」


 ロックの姿を見ているステラは手に力が入る。

 それはロックの力を誰よりも近くで見たことがあるからだ。


「魔法を自由自在に操れる人間を天才と呼ぶならロックは絶対天才じゃない。でも、絶対凡人でもない」

「ロック様はどうなっちゃうんですか」

「大丈夫。ここは学園だから。あの時みたいにやりすぎたりはしない。だけど、あいつは傷つけば傷つくほど、勝とうすればするほど、炎が制御できなくなる。心配するべきはロックじゃない。ブライトのほうよ」


 ロックは拳や足、肩や背中から炎を噴射した。気合いをいれたというよりも、有り余った力を外へ逃がすように。次の瞬間、噴射を利用して一気にブライトへと迫る。


「速いね……。でも、僕の方が!」


 ジグザグの光を発生させ、それに沿い雷のごとく移動していく。

 だが、すでに移動先にロックが追い付いていた。


「なに!?」

「道を作らなきゃ制御できないんだろ。おせぇんだよ!!」


 炎の噴射を利用した強烈な蹴りがブライトの背中に直撃する。体を宙を舞うがブライトは受け身を取ろうと姿勢を制御する。しかし、そんな隙を与えるはずもなく、真上に飛んだロックはかかと落としでブライトを地面へとぶつける。


「ぐはっ!!」


 足から噴射する炎で空中に飛んだまま両腕を広げる。どんどん高まる火力と雰囲気が変貌したロックの姿に生徒たちは驚きを隠せない。三年の生徒さえもロックの動きに目が離せない。だが、同時に次なる攻撃が危険であることも容易に理解できた。


「よく見ろ! 俺が上だ!!」

「ま、待つんだ。僕にもう戦う意志は……」


 ブライトは戦意を喪失していた。

 魔法の実力では自分が上なのに、この瞬間に上にいたのはどこの生まれかも知らない魔法使い。今から放たれる一撃をくらえばただじゃ済まない。ブライトの危機感を最高潮を迎える。

 その時、ブライトは見た。ロックの身に起きている異様な出来事を。

 ロックは口から血を流し、体には傷が増えていた。ブライトの魔法でやられた傷ではない。膨らみすぎた風船が割れるようにも見えたのだ。


「そういうことか……。君はコントロールが下手で炎しか使えないが、魔力量だけは人一倍あると。だが、それは小さな箱に無理やりに物を詰め込んだようないびつな状態。君、それを続けたら……」

「言ったろ。器用じゃないって。今これしか使えねぇんだ」


 手首同士をくっつけブライトをへと手を向ける。溜まっていく炎は、まるで小さな太陽にすら見えた。


「さっきまでの分はこの一撃で我慢してやるよ。バーニングストリーム!!!」


 決闘は事実上のロックの勝利へと終わった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る