分からない「好き」 ~君は無性愛者?~




 ルリは一人部屋でぼんやりしていた。


 アルジェントの事が気になるけれどもグリースが動いてくれているのだ、何とかなるかもしれない、そう思いながら。


「……」


 息を吐き、ベッドに横になる。

 ルリは一人思案する。


――どうして、私は誰かをそういう意味で好きになれないんだろう――


 気持ちが暗く沈むのを感じた。

 ルリは、グリースやヴァイス、アルジェントに対して三人が自分に向ける感情を同じように返すことができない。

 彼らのような感情を抱くことができない自分にルリは苦しさを覚えた。

 三人が嫌いという訳ではない、言葉にしてしまえば「好き」ではある。

 だがヴァイスや、アルジェントが望む「好き」とは少し異なるのだ。

 三人とも「大切な存在」ではある。


 文句をつけたい事等は山ほどあるが。


 けれど、ルリは何となく分かっていた。

 それがヴァイスやアルジェントが望む「大切な存在」とも違う事を。


 友達への好きという感情、家族への好きという感情、それらは理解している。


 けれども「恋愛」と呼ばれるモノに対する事柄だけは理解できなかった。


――私は、どうすれば、いいんだろう?――


 ルリは、どうすれば正解なのか分からず、ただ苦しかった。





「あー……ルリちゃん見た感じだとアルジェントの言葉で、自分がどうすればいいのか分からなくなってるみたいだな」

「ルリ様は真祖様の妻なのです、ですから――」

「はいはい、お前の本心半分上辺半分の言葉は聞き飽きた!!」

 グリースはルリの様子を遠見しながら、アルジェントの言葉を遮る。

「私は――」

「さっきも言ったけど、ルリちゃんは俺達がルリちゃんに対する愛情と同じ『愛情』は誰かに向けることができない子だ、多分な。無性愛者に関しては冷たいと思われがちだが、ルリちゃんは無性愛者の中でも恋愛を一度も経験――基誰かとお付き合いしたことがないという子だからどうか分からないがな。まぁ、他の連中はともかく、お前等はルリちゃんを冷たいとかそっけないとかは思わないだろう?」

「当たり前だ!!」

 グリースの言葉にアルジェントが食って掛かってきた。

「だから、分からない。それとルリちゃんが無性愛者と仮定したら、ルリちゃんは自分がそうだと認識できていない事になる。そうなるとルリちゃんの今までの性格的なものからすると確実に自分を追い詰めるだろうな」

「そんな……」

「じゃ、どうする?」

 グリースは肩をすくめてヴァイスとアルジェントに問いかけた。

 もちろん、グリースの中では「答え」に相当する物は用意されている。

「……誰かを愛して……」

「だから無性愛者だった場合恋愛的な場合それができるか微妙だつってんだろ!! そういう意味愛で愛することはムズイの!! お前話聞いてた?!」

 アルジェントの発言にグリースは呆れと怒りを込めて怒鳴る。

「……グリース回りくどいことは止めてくれ、答えが欲しい」

「答えっつーか……これは俺の答えであってお前等の望むことに繋がるとは限らないぞ?」

「構わぬ」

 ヴァイスの言葉にグリースははぁとため息をつく。

「……ルリちゃんに、それでいいと思う方向にする」

「おい、それでは……!!」

「無性愛者だったとしても家庭を持てる事例はあるだろう、恋愛的な感情はなくとも誰かを『大事な存在』と思うし、性的行為ができない訳じゃない。まだ仮定だけども、それも含めてルリちゃんに、自分自身が不死人だからどうこうよりも先に、彼女自身が知らない自分を認識して、それを受け入れてもらうのが優先事項だと思ってる」

 グリースはそう言ってヴァイスとアルジェントを見る。

「――ま、その結果自分達を愛してくれないという事がはっきりと分かって、お前等がルリちゃんいらないって言うなら俺が連れ去るから安心しろ」

「ふざけるな!!」

「グリース戯言もほどほどにしろ」

 グリースの嫌味たっぷりな言葉に、アルジェントは噛みつくように怒鳴り、ヴァイスは静かだが明らかに不快と怒りのこもった声で返した。

「じゃ、分かったよな。ルリちゃんに対して今後同じ感情を求めるのは止めろ」

 グリースは静かに二人を睨みつけた。


 グリースはルリが必要以上に苦しむのは避けたかった。

 ルリの立場は不安定だ、その結果この間の襲撃事件が起きた。


 不死人の女で、真祖であるヴァイスの妻という立場に関しては、ルリ自身ではどうしようもない。

 不死人になったのはルリからすれば「不慮の事故」で、妻になったのは「運悪く」該当してしまったのだ。

 また、吸血鬼達が不死人に対して脅威を抱いたのはルリが原因ではない、グリースの二千年前の行動が原因だ。


 ルリには申し訳ないとは思いつつも、グリースは二千年前憎しみのままに、人間も吸血鬼も燃やしに燃やし灰すら残さぬ程殺戮を繰り返した事に対して反省する気はない。


 何故ならグリースはあの時ああするしかもうどうしようもない状態にあったのだ。

 疎まれ、逃げて、漸く手に入れた居場所を、愛する存在を全て奪われた憎しみは未だ消えてはいない。

 絶望から幸福を知り、そして知っていた以上の絶望に堕とされ、憎悪した結果がアレだ。



 男でもなく、女でもなく、男でもあり、女でもあるが故に疎まれた。

 他と違う故に疎まれ否定され拒否され蔑まれ、逃げた先で初めて「肯定」された。

 愛された。

 幸せだった。

 それを壊された。



 二千年経った今でも、その傷はグリースの心に深く残っている。

 その傷の「痛み」は消えてくれない。


 だが、ルリといる時だけその「痛み」は消えるのだ。

 彼女が楽しそうにしていると、グリースは幸せな気持ちに浸れる。


 二千年間、傷を抱えて、憎悪を抱えて、ただただ、生き続けた。


 自分を「不死人」にした「存在」からの命令も無視し、ただ、生きていた。


 苦痛の生だった。

 表面で笑顔を取り繕って、心の中では蔑んで。

 グリースは死ぬこともできないまま、生き続けた。



 そんなグリースが二千年ぶりに、不死人になる前、幸せだった頃の感情を取り戻したのだ。

 ルリと出会って。



 愛おしいと思った、幸せになって欲しいと願った。

 だからその為ならどんなことだってできる気がした。

 ルリを不幸にする輩がいるなら容赦しないつもりだった、盟約でルリを妻とすることになったヴァイスが相手でも。



 ただ、その前に問題が山ほど詰みあがっている。


 力で解決する――という訳にはいかない問題だ。

 実際力で解決できそうな問題はあるのだが、再発の可能性が非常に高い。

 それでは完全に解決したとは言い難い。

 そして、力ではどうにもできない問題も多い。


 グリースは前々から気にしていたルリの事に関して、解決はしていないが情報共有はした。

 ただ、この情報が正確かは分からない。

 ルリの精神構造等そういった物をグリースは「診て」いないのだ。

 だから憶測でしかない。


 ルリが無性愛者であるという可能性が高いという事が。


 これについてはルリに問いかけなければいけない、細心の注意を払って。


 無理に「診る」事はできる、だけどもそれはグリースにとってルリからの信頼を裏切る行為だから絶対しないと決めている。


 だから、ルリに問いかけるのだ。

 彼女が、何をどう思っているのか、彼女が抱え込んでいる不安、疑問――そう言った物を吐き出してもらう必要がある。


 ヴァイスとアルジェントはその役割が適任ではない。

 ヴィオレに関しては論外だ。


 ルリはヴァイスの「この国の王」という立場等を気にしてしまい、喋れない。     アルジェントは「不死人にしてしまった」という罪悪感がまだ消えない事と、ルリの事に関しては非常に心が狭い為、言い出しづらい。


 ヴィオレはアルジェントがルリをそういった意味で「愛している」等知らない為、そう言ったもの混みの相談はできない、故に現在そういう話は絶対してはいけない。


 不死人だが、誰にも縛られない立場で、現在一番喋りやすい相手――となるとグリースに絞られる。



――さて、最初の問題はルリちゃんは何処まで自分の事を喋れるか、だ――


 グリースはふぅと息を吐いた。

 グリースはただルリに幸せになって欲しい、だが今の彼女は幸せとは言いづらい。

 できるだけ、幸せでない理由を取り除いていって、幸せになって欲しいのだ。





 見返りが、自分になくとも――





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