最愛の存在は無性愛者?




 アルジェントは頭の中がぐちゃぐちゃだった。


 グリースには忠誠を誓っている主の妻であるルリへの恋――ルリを愛している事がバレているのは嫌でも分かっていた、まさか主が最初から知っていた事を知らされたからだ。


 知っていて、世話役に任命していて、その上質の悪い冗談と思っていた発言が事実だった――という事もあり、アルジェントは思考拒否した程だった。


――ああ、夢なら醒めてくれ……――


「ところがどっこい夢じゃないんだよなぁ、これが。現実です」

「~~!! 私の思考を読んでいるような発言は止めろ!!」

 グリースの言葉に、アルジェントは怒鳴る。

 怒鳴ってからはっと我に返り、主の方を見て、膝をつき、首を垂れる。

「も、申し訳ございません!! 真祖様の部屋でこのような――」

「良い、気にしてはおらぬ。第一、お前を此処に連れてくるように言ったのは私だ。さて、アルジェント、そろそろ本題に入らせてもらうぞ。故に立て、顔を上げよ」

「そ、そのような……」

「――命令だ」

「……畏まりました」

 主に命令と言われたなら、アルジェントは逆らうことができない。


 立ち上がり、顔を上げる。


「――真祖様。本題、とは?」

「此処迄言って分かんねぇの? ルリちゃんの事に決まってんだろ」

 グリースの小馬鹿にするような口調にアルジェントは苛立ちを覚えた。

「と言っても今回話すのは少しだけだ、でも結構重要だからな」

「……」

「お前がルリちゃんに告白したことで漸く俺らは同じ状態になった」

「……は?」

「わっかんねぇのかな、これでも俺とヴァイス。お前がルリちゃんに告白するの待ってて気を使ってたんだぜ?」

「――はぁ?!」

 グリースの言葉に耳を疑った。


――真祖様が、そのような事、を?――


「何かお前だけ不公平な立場にいるから、言い出すまで待つか、それともルリちゃんに言わずに死んでから、本格的にルリちゃん口説くってヴァイスと俺で決めてたんだよ。話し合って、なぁ」

「そうだ。まぁ……何もしない訳ではなかったがな」

「それは確かに、だって我慢しっぱなしは体と心に悪いしなぁ」

「いや、お待ちください、真祖様!! いつ、いつそのような事を?!」

 アルジェントの頭の中が更にぐちゃぐちゃになっていく。

「確か……あールリちゃんを一回お家に返した時だなぁ。ルリちゃんが此処にいない間、あーでもないこーでもないと話してる最中、どうするよ? ってなって決めた」

 グリースが思い出すように話している。


――大分前ではないか――


「あ、お前のルリちゃんへの気持ち分かってるの、先ほど告られたルリちゃん除けば俺とヴァイスしかしらねーから。ヴィオレは全く気付いてない。無論ルリちゃんに接触したことの無い他の連中や人間側の連中も知らない」

 混乱しているアルジェントに、グリースが更に情報を追加していく。

「さて、そろそろ俺がルリちゃんの今までの反応から、ルリちゃんがもしかしたらこうなんじゃないかという情報を言おうと思う」

「何だ? ルリ様の情報なら、ほとんど婚前前の調査で出されているはずだぞ?」

 アルジェントがルリの新しい情報とは何か理解できず、グリースに問いかける。

「いや、わりと重要。これが確定だったら、ルリちゃんへの対応をどうするか悩ましいことになる」

「?」

 アルジェントにはグリースの言葉の意味が理解できなかった。

「ルリちゃんさ――」


「無性愛者かもしれない」


 グリースの言葉に、暫くの間主の部屋は無音になる。

「むせいあいしゃ?」

 アルジェントは聞きなれない言葉を反芻するように問う。

「お前其処は知らんのか。あー簡単に言えば何かに対して恋愛感情を抱けないってだけ。それ以外は特に問題ない」

「非性愛者の可能性は?」

「うーん、その可能性もあるけど、可能性の高さ的には無性愛の方かなぁ? ルリちゃんの今までの行動とか話している雰囲気的に」

「だから、どうなんだ!?」

 やたら勿体ぶるようなグリースをアルジェントは怒鳴りつける。

「あー面倒だな、つまりだ。ルリちゃんが無性愛者だった場合。ルリちゃんに恋愛感情的な見返りを求めるのが重荷になりかねない。恋愛感情が分からない、抱けないとかそういう類なんだからな」

「……」

 グリースの言葉に、アルジェントは心が酷く重くなる。


――ルリ様に愛して欲しい、けれど、愛してもらえないなんて――


「はいはい、其処。暗くなるな」

 グリースが手を叩く。

「――ルリが仮に無性愛者だとしよう、その場合どうすればよいのだ?」

「言っただろう、恋愛的な感情を抱けないだけでだって。誰かを自分の『大切な存在』と思う事ができないとは一言も俺は言っていない。コレ重要」

 主の問いに、グリースが念を押すように答えた。

「今までの反応とか、ルリちゃんの会話内容、人生歴から、ルリちゃんは誰かに恋愛感情を抱いたことがない、それに彼女はそれに戸惑ってる――みたいな感じかな?」

「予想か?」

「勿論。さすがに勝手に心の中まで覗き込むのはどうかと思って」

「……それ以外は見ていて何をぬかす貴様!」

 アルジェントが怒鳴ると、グリースはへらへらと笑った。

「ま、それはそれ、これはこれ」

 グリースは何かをどかすような仕草をする。

「ま、可能性ね、あくまで。ルリちゃん自身、恋をした事が無いのもあって彼女自身がそこに結構悩んでいる」

「「……」」

「はい、其処『悩む理由が分からない』って顔すんな」

 黙り込む主とアルジェントを見てグリースは呆れたように息を吐き出した。





 ルリの状況はいつ何が起こるか分からない為、グリースは気が気でなかった。

 グリースにとって自分が不死人になった「諸悪の根源」たる存在がルリにちょっかいを出した事もあるのだ。

 それを知っているのはグリースだけ。

 ルリはおそらく「変な夢を見た」程度にしか認識していない。


 その「諸悪の根源」はかなり前からルリに夢で予知夢か、それとも誘導するような夢を見せている。

 予知夢はアルジェントが一度死ぬ夢。

 どちらかまだ不明なのはルリが妊娠してそして子どもを抱いているという夢だ。


 正直、予知夢にはなって欲しくないが「諸悪の根源」はそうさせようと必死だ。

 理由は簡単だ、不死人を増やしたいのだ、自分が認めた者の子を増やして欲しい。


 酷く身勝手な理由だ。


 ルリが望まない妊娠をすればそれは悲惨だ、それだけはグリースは避けたかった。


 望まない妊娠は悲劇しか生まない。



 それにこの間の事件でこの国の民で初めて不死人ができた。


 アルジェントだ。

 不死人の「王」であるグリースよりも格は劣るが、それでも今までの不死人と比べたら比較対象にならない程の力を持っている。

 元の魔術師としての才能もあるだろうが。


 そして公ではルリの夫であり、吸血鬼の国の王であるヴァイス。

 ルリの事に関しては寛大でもあれば、酷く敏感である。

 恋敵を潰すとかそういう考えは全く持っていないし、恋敵がルリに関わってもやきもちを焼く位だ。

 だが、最愛のルリを侮辱したり傷つけたりする輩などに対しては激怒する。

 アルジェントは立場的に宥めるのが得意ではないので、グリースがその場合宥めざる得ない。


 不死人の「王」と、吸血鬼の王、そして強い力を持つ不死人の男。


 現在三人が、不死人の「女王」基、不死人の「母」たる存在であるルリを愛している。


 ヴァイスとアルジェントは見返りを求めて、グリースは見返りを求めない。

 これは結構問題だった。



「あーお前等はルリちゃんに『愛して欲しい』んだよな?」

「……まぁ、誰を愛するか楽しみか、とは言ったが本心ではそうだな」

「……」

 グリースの問いかけにヴァイスは答えたが、アルジェントはだんまりを決め込んでいる。


 やはりその事をヴァイスの前で喋るのはまだ緊張するというか、心構えができていないのだろう。


「アルジェント、私の事を気にするな、正直に話せ――と言っても分かってはいるがな」

 ヴァイスがそう言うと、アルジェントは視線をさまよわせてから口を開いた。

「……私も、ルリ様に愛して、頂きたい、です……」

「まぁ、普通はそうだよな?」

「ところでグリース、お前はどうなのだ」

「俺? 別に、ルリちゃんにそういう意味で愛してもらえれたら嬉しいけど、求めてない」

 ヴァイスの問いかけにグリースは答えた。

「グリース貴様、ルリ様を――」

「はい、此処で俺とお前等の差があるんだよ」

「「??」」

 グリースはアルジェントの言葉を遮る。

 二人は意味が分からないようだった。

「もし、ルリちゃんが無性愛者だとしたら、恋愛感情を欲しがられるのはひっじょーに負担だ」


「さて、となると、ルリちゃんは誰に逃げるでしょうか?」


 グリースは恋敵二人に、あえて教えた。

 グリースは分かっていた。

 恋愛感情を求める二人の重さ故に、ルリが自分が返せない事を苦しく思って自分の方に気持ちを向けているのを。

 恋愛感情ではない、傍にいて楽しい、傍にいて安心する、傍にいても苦しくない「大切な存在」として自分が優位に立っていることを、その理由を二人に教えたのだ。


――別に教えなくても良かったんだけど、ルリちゃんが苦しむのはなぁ――


 グリースは二人の事などそこまで重要視していない、ただ――

 最愛のルリが、恋愛感情を向けられる苦しさや返せない罪悪感を抱えこむのをそろそろ終わりにしたかったのだ。





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