「愛してる」に「好き」しか返せない
「……」
ルリは自室のベッドに腰を掛けて、電子書籍になっている恋愛物にひとしきり目を通していた。
そして、それが無駄な行為だと分かり、読むのをやめた。
分からないのだ。
恋をするという感覚が。
他者に恋愛感情という感情を抱く感覚が理解できないから、どの恋愛物もただの作り話としてしか理解できなかった。
――何故こんな行動をするんだろう――
――どうしてそうなるんだろう――
恋愛要素のない話には感情移入ができた。
でも恋愛要素が含まれている箇所は話には、感情移入ができず、理解ができなかった。
嘗て、人間だった時、友人たちが所謂恋バナというもので盛り上がっていた時があったが、ルリはそれが良く分からなかった。
どうして盛り上がるのか、どうしてそうなるのかも何も分からなかった。
恋バナの盛り上がりは一時だった理由が今も良く分からない。
――恋をするってどんな気持ちなんだろう?――
ルリは、自分の下腹部にそっと手を置いた。
――誰かと性行為をしたいと思うのはどうしてなんだろう?――
恋やセックスの話で盛り上がる場面を何度か目にしてきた。
でも、ルリはそれに何も思えなかった。
ルリはふぅと息を吐いてベッドに横になる。
誰かに傍にいて欲しいと思うことはある。
誰かと語らいたいという時もある。
誰かと遊びたいということもある。
けれども、誰かとキスをしたいとか、セックスをしたいとかそういう感情は全くわかないのだ。
ルリはきゅっと唇を噛んだ。
愛しているという言葉が、酷く苦しかった。
――家族愛では、駄目なの?――
――親愛でも、駄目なの?――
――それほど、恋愛の愛が大事なの?――
――恋人との、夫婦との愛は他とは違うの?――
ルリはどうすればいいのか分からなかった。
「――ルリちゃん」
優しい声に振り向けば、優しい微笑みを浮かべているグリースが居た。
「グリース……」
ルリはいつもとは異なり、元気のない声で名前を呼んでしまった。
――ああ、これだと、駄目なのに――
しかし、グリースはそんな事を気にしていないように近づいてきて、ルリの隣に座る。
「ルリちゃん、苦しい?」
見透かすような言葉に、ルリは返事ができなかった。
「だよねー苦しいよね、愛なんて人それぞれなのに、一方的に押し付けられるなんてさ」
「……」
グリースはルリの事を拒否するようなことは言わず、寧ろルリの心を肯定するような言葉を口にしたことにルリは驚いた。
「ルリちゃん」
グリースはにこりと笑う。
「ルリちゃんは、ルリちゃんのままでいいんだよ」
「私の、まま、で?」
戸惑うように言えば、グリースは頷いた。
「そう、ルリちゃんはそのままでいい。ヴァイスの馬鹿の奥方様にされたとか、アルジェントに愛されてるとか、俺が好いてるとかそういうのどうでもいいんだよ。ルリちゃんが俺達をどう思っているか、それがあの二人の望む形じゃなくてもいいんだ。というかそこまで強制してきたら俺がかっさらうわ。よくよく考えたら政略結婚なんざ古いんだよ」
最初は穏やかにそして最後らへんはヴァイスとアルジェントに対して文句をつけるような言い方に変わっていた。
「だからねルリちゃん、苦しかったら我慢はしないで。俺は君の味方でいたいから」
「グリース……」
グリースの言葉がルリには嬉しかった。
「――とかいいつつ、あんまり役にたってなくて俺なさけなーい。本気で人間(あっち)の国の政府関係者とかルリちゃん狙ってる連中脅すか潰すかしたほうがいいかなぁ? 甘やかしすぎた気がする」
「だ、大丈夫! そ、そんな物騒なことしなくても!」
がっくりとうなだれて言うグリースの言葉にルリは思わず否定をする。
「んールリちゃんが言うならそうするよ」
慌てて言うルリの表情を見て、グリースは苦笑して返した。
その様子にルリはほっとした。
「まぁ、という訳だから、あの二人がルリちゃんの事を振り回すようなら俺のことすぐ読んでね、いつでも駆けつけるから」
「……うん、ありがとう、グリース」
「いえいえ」
グリースはそう言って立ち上がった。
グリースが居なくなった部屋で一人。
ルリは考えていた。
グリースの言った事ではっきりと理解した。
自分は他人の「愛している」に「好き」しか返せないのだと。
同じような感情を返すことができないのだと。
――終わりでも構わない、はっきりさせよう――
でも、一人でそれを告げるのは怖かった。
だって、何もかもが滅茶苦茶になった際自分はどうにもできないから。
「グリース、いる?」
恐る恐るグリースの名前を呼ぶ。
「どうしたルリちゃん?」
「……うん、前々から思っていた事を、はっきりさせたいの、二人に」
「そっか……うん、分かったよ。傍にいるから、何かあったら助けるから」
「ありがとう、それといつも頼ってばかりでごめんなさい」
「いいのいいの! 俺が好きでやってることだからね!」
グリースの言葉に、ルリは救われた気がした。
「じゃあ、あの二人、呼ぶよ」
「……うん」
恐怖心がない訳ではない、でもはっきりさせたいのだ。
自分は誰かに親愛――好きになることはあっても「愛する」ことはないのだと。
言わなければならない。
だって、気づいてしまったから。
「ルリ様、お呼びでしょうか? わざわざ、グリースなどを介さなくても私はいつでも貴方様の傍に参ります」
「ルリどうした、改まって」
グリースがヴァイスとアルジェントを連れてきてくれたのを見て。
ベッドに座っていたルリは、うつむいていた顔を上げて二人を見る。
「二人に言わなければならない事があるの」
ルリは沈痛な表情で二人を見つめる。
酷い罪悪感が胸にこみあげる。
自分は薄情な人間なのかもしれない。
こんなに大切にしてもらったのに、何もできない。
何もできないのに、大切にされている。
愛してくれているのに、同じものは返せない。
返すことができない。
選ばれた時、言ったけどもその時はちゃんと自覚できていなかった。
自覚していればこんなことにならなかったのかもしれない。
そんな感情がぐるぐると心の中で渦巻いた。
そしてでた言葉は。
「ヴァイス、アルジェント、ごめんなさい」
謝罪の言葉だった――
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