未だに分からない ~何故~



 ルリは微妙な表情を浮かべていた。

 真祖に――ヴァイスに抱きしめられて、少しほっとした後、何故か抱きしめられたまま棺桶の中に一緒にいる状態になった。

 ヴァイスはルリを抱きしめて目を瞑っている、棺桶の蓋は閉じられている。


――せめぇ!――


 何故か分からないが息苦しくはない、暑苦しくもない、だが、狭い。

 そして抱きしめられているから、地味に苦しい。


――出たい、めっちゃ出たい、つーか何でこうなった?――


 ルリはぐっと蓋の部分を押した、びくともしなかった。

「うぐー……」

 ヴァイスの巨躯に合わせている棺とはいえ、棺だから地味に狭い。

 ルリは軽く頭をぶつけながら体勢を変えて、うつ伏せ状態になってヴァイスを見る。

 ヴァイスは静かに目を閉じている。

「ねぇ、ヴァイス。起きて、ちょっと狭いから出して」

 ヴァイスは反応しない、ルリはヴァイスを観察する。

 胸のあたりの服がかすかに上下している。

「え゛――? マジ、寝てるの? 今夜じゃん、吸血鬼なら起きる時間でしょー? 何で寝ちゃうのー⁇」

 ルリはヴァイスの上にうつ伏せ状態になったまま深いため息をつく。

「……こんなんで寝れ……あ、れ?」

 先ほどまでルリは全く眠くなかったのに、急に強い眠気に襲われた。

「な、んで……こ、れ……おか、し……い……」

 ルリはそのまま眠気に誘われるように眠りに落ちた。


 真っ白な場所。

 私はその真っ白な場所の上に横になっている。

 まるで寝ているみたいに。

 何かが私のお腹軽く触った、見てみれば変な白い手。

 もう一度、私のお腹を触ろうとしたら灰色の手の様な変なのがその白いのを叩き私のお腹を守るような形になった。

『ああ、何故だ!! 何故お前が邪魔をする!! 愛し子よ、何故お前が⁈ せっかくせっかく私が――』

『うるせぇ、さっさと居なくなれ、この子に手を出すなこのロクデナシ』

 何度か聞いたことのある――そうたまに聞こえたりする幻聴、夢での声がまるで駄々をこねるような声を上げると、聞きなれた声がそれを一蹴する。

『テメェが寝てる無防備な状態のこの子を「受胎」させようってのが非常に気に喰わねぇ。現状でも問題山積みなのに余計問題作るんじゃねぇよ、この我儘野郎。俺も彼女もテメェの身勝手で「不死人」にさせられたんだ、これ以上余計なことすんなこの――』


 ルリは目を覚ました。

 自分の部屋の天井が目に入った。

「……」

 先ほどまで見ていたのは夢だったかと認識する、いつ自分の部屋のベッドに移動させられたのかは分からないから別にいいと結論付けた。

 起き上がり体を調べる、触る程度では分からない。

 ネグリジェをめくってみる。

「……え?」

 腹に灰色の手のような痕がついていた。

 ルリは少し焦った、これ、どうしよう、と。

 ルリが焦っていると、腹についている灰色の手の様な痕はすぅ……と消えた。

 痕があった場所をルリは少し撫でる。

 特に違和感は何もない、今は。

「んー?」

 ルリは首を傾げた。


 変な夢、消えてしまったけど腹にあった灰色の手みたいな痕。


 ルリはとりあえずふうと息を吐いた。

 何となくだがこの夢はヴァイスやアルジェントやヴィオレには言わない方が良い、言うとしても、グリースだけの方が良いだろう、そう思った。

 ネグリジェの裾を下ろし、ふぅと息を吐くと扉の開く音が聞こえた。

「ルリ様、お目覚めでしたか。お早うございます」

「お早うございます、ルリ様」

「あ……うん、おはよう」

 部屋に入ってきたアルジェントとヴィオレにルリは普段通り挨拶をする。

「……ルリ様、何かありましたか?」

「え?」

 急に尋ねてきたアルジェントに、ルリは目を丸くする。

 そして無言になってから首を振った。

「……ううん、何も、ないよ」

「――そうですか、それなら良かったです」

 深く追求してこなかったアルジェントにルリはほっとした。


 正直、色々とあり過ぎたのだ、昨夜といい、夢の事といい。

 だが、どれも話すことができない。


 仮に話せてもヴァイスに押し倒されてキスされた位だ、それ以上の事を話すと非常に問題だ。

 グリースにキスされたなどと言ったら、今は穏やかなアルジェントが休火山がいきなり爆発して噴火する位の危険性で憤怒しかねない。

 それに、昨日は何とかなだめられたが、その事を言ったら多分、なだめられない程非常に面倒な事態になりかねない。

 昨日のは自分でも何故なだめられたかいまいち理解ができていないのだ。

 そんなので更になだめられない状態を自分から引き起こす気などなかった。


 ドラマとかである他者の心を弄ぶような悪女とかそういうタイプの人間だったら、そうやって心を弄んで楽しんでるかもしれないが、ルリはそういう考えは一切持ち合わせていない。


――何で私は三人に好かれてるんだよ、マジで。私みたいな美人でもなければ美少女でもないような二十年生きて、ロクに賢くもないし才能もない女のどこがいいんだ三人共⁇――


 三人の心を弄ぶなんて悪趣味な考え等浮かぶどころか、一体どこが好きになったんだと自分の事を考察しては自分の欠点ばかりにぶち当たり、より頭を悩ませる結果になっていた。


「――ルリ様」

「おうふ⁈」

 アルジェントに呼ばれてルリは奇声を上げて我に返った。

 ちょっと色々考え込むのに集中しすぎていたようだ。

「やはり、何か、隠しておられますね⁇」

 アルジェントが近づき、圧のある口調で尋ねてきた。

 ルリは救いを求めるようにヴィオレがいた方を見たが、ヴィオレの姿が見えなかった。

「――ヴィ、ヴィオレは⁇」

「ヴィオレなら真祖様に呼ばれたとの事で先ほどそちらの方に。ルリ様、何をお隠しになられているのですか⁇」

 アルジェントの圧のある声に、ルリは心の中で大量に冷や汗をかいた。


――どうしよう――


 昨日の事を話すのは不味い、だがどうすれば、とルリは悩んだ。

 昨日の出来事はどれをアルジェントに言っても、非常に不味い、というのだけはルリは分かっていた。

 なので、アルジェントが多分こじらせないだろうなと思って、先ほど自分の頭の中でぐるぐる悩んでいたことを口にすることにした。


 その内容が、別の意味でアルジェントをこじらせるとも知らずに。


「……えっと、その、笑わない?」

「――私が貴方様を嗤うとお思いですか?」

「あーいやーその、うん、まぁいいや」

 ルリは大丈夫かと若干不安を抱きながらも口を開いた。

「あのさ、私ってさ――じゃなくて真祖とグリースにその好かれているというか愛されているらしい……じゃない?」

「グリースに関しては否定させていただきたい、あんな輩の愛の言葉なの嘘に決まっております。真祖様は確かにルリ様の事を深く愛しておられます」

「何でグリースに関してはそこまで否定するの……そんなにグリースの事嫌いなの?」

「ゴキブリとグリース、どっちかマシかと聞かれたなら私はゴキブリと即答いたします」

 真顔で言うグリースに、ルリは苦笑いを浮かべた。

「何でそうほとんどの人がめちゃくちゃ生理的嫌悪抱いているようなのと比較対象にするのかな? そしてそっち選ぶのかな?」

「……ルリ様はどちらを選ぶのですか」

「グリース、ゴキは生理的に受け付けないから無理」

「……」

 アルジェントの表情は何処か不満げだ、だが流石に生理的に受け付けないのと比較されたらそう答えざる得ない。

 そっちを選んでしまうのはグリースに非常に申し訳ないというのもある。


 だが、「母親とグリース」と言われたら、何となく罪悪感を感じてしまうがルリは「母親」というだろう、ルリは若干マザコンっぽい所があるので。


「……本題入っていい?」

「勿論です」

 このままだとアルジェントが「どちらが良いか」という選択肢をし続けそうな気がしたので、ルリは自分が言いたいことを言っていいかアルジェントに確認を取った。

 アルジェントは不満そうな顔を真面目な表情に戻して頷いた。

「まぁ――その、なんというかねぇ?」

「何がでしょう?」

「いやそのぉ……私の取り柄ってなに?」

「……どういう事でしょうか?」

 何を言っているかさっぱり分かっていないような表情でアルジェントはルリを見てきた。

 ルリはあまり言いたくなかった、自分で自分の欠点をぶちまけるような行為は正直したくないからだ、自己嫌悪に陥るし、何より大事に育ててくれた両親に非常に申し訳ない気分になる。

「~~だから、魅力とか、得意なこととか、役立つこととか何って話!!」

 ルリは髪の毛をわしゃわしゃと掻いてから、アルジェントに強い口調で言った。

「私の家は普通の家!! 裕福でも貧乏でもないわりと普通の家!! 元貴族とかそういう家柄でも何でもない!! それに私は自慢じゃないけど頭は良くない!! ぶっちゃけ高校時代苦手な科目で何回か赤点取って補修と追試食らってるレベル!! 得意科目も得意科目って呼べるほどの点数は取ったことがないの!! 大学には入ってまぁ、何故かこれは単位落としてないのが自分でも分からなかったけど……」

「……」

 ルリの言葉をアルジェントは黙って聞いている。


 だが、ルリは気づいていなかった、アルジェントの眉が明らかに不愉快なものを聞いているような状態になっているのに。


「顔だっていっちゃ悪いけど、吸血鬼みたく美男美女ってわけでもないし、私の国でアイドルとか女優さんみたく、美人だったり美少女ってわけでもない、足だってすらっとしてない、むしろ太ももなんか地味にむっちりだ!! 胸だってそんなにない!! 男って巨乳好きって聞いてるぞ!! 身長だって平均だ!! 高くてすらっとしてるわけでもない、ちっちゃくて可愛い訳でもない!! 平均!! それにセクシーなくびれもない!! 寸胴とはいわんが非常に微妙だ!! それに――」

「ルリ様」

 ルリはアルジェントの言葉に、びくりと飛び跳ねる。

 声が非常に怒っている時の物だ、不愉快極まりないと言わんばかりの声をしている。


――え、何処にアルジェントの地雷踏むところあったっけ?――


 がしっと肩を掴まれ、真剣な表情を向けられる。

「ルリ様――貴方様は自分の魅力に……何一つ、気づいて、いないのですか!?」

「……はぁ⁇」

 アルジェントの言葉にルリはきょとんとする。

 ルリは、いやさっきいった何処に魅力あるんだよ、と言いたいが、雰囲気的に言えなかった。

「――分かりました、分かっていないようでしたら、私がルリ様の魅力、一から、丁寧に、ルリ様に、お教えいたします。ルリ様がそれを認めるまで、毎日言い続けさせていただきます」

「うげぇ⁈」

 ルリは「そういや此奴こじらせてるんだった」と、自分の言動の失敗に気づいた。

 アルジェントのその行動は、ルリがヴァイスに助けを求めるまで続く事になる。

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