訳が分からない!! ~その唇に口づけを~



 ルリはベッドの上に座らせられ、隣に真祖が腰を下ろした。

「「……」」

 沈黙が包む。

 ルリはどうしたものかと悩んだ。

 グリースが来るまで待つ、それともグリースを呼ぶべきか。

 真祖と会話の時、グリースが勝手に来るか、真祖が呼ぶかの二択だった。

 自分が呼んでいいものかルリは悩んだ。

「……」

 ルリは真祖をちらりと見る、若干険しい顔をしている、グリースの事を呼ぶような雰囲気ではない。

「……飲み物欲しい……」

 何となく緊張する沈黙の所為か喉が渇いてきた、我慢できず、ルリはぼそりと呟いた。

 すると真祖がどこからか、透明な液体が入ったグラスをルリの前に出した。

「あ、ありがとう」

 ルリはグラスを手に取ると、グラスが冷たい。

 少し匂いを嗅ぐ、お酒の匂いはしない、多分水だと思い口にする。

 予想通りひんやりと冷たい水だった。

 ちびちびと飲み始める。

「――ルリ」

「? 何?」

 ルリは水を飲みながら返事をする。

「アルジェントから報告があってな、『ルリ様がグリースにたぶらかされている』と」

 ブーっと噴き出し、咳き込んだ。

「⁈」

 真祖の方を見ると、相変わらず険しい表情のままだ。


――アルジェントの奴なんつー報告してんの?!――


「――さて、では問おう我が妻よ。真実は?」

 ルリは何と答えよう、いやその前にこの空っぽになったグラスどうしよう、あと噴き出して汚した床どうしよう、いや何から手を付ければいいんだろう、と混乱した。

「……」

 真祖はすっとルリの手からグラスを抜き取るとグラスは消え、ルリが水を吹き出して濡れた箇所を闇が覆い、その闇が消えると床は綺麗な状態になっていた。

「さて、我が妻よ、これで私の質問に答えられるな?」

 真祖の静かな、何処か圧のある声に、ルリは硬直する。


――これ、誰を愛するか楽しみだって言ってた奴の反応じゃない絶対!!――

――ぐおおおお、下手な言葉は、不味い、アルジェントがおそらくアレを変に受け取ってると思いたい……同じように言おう――


「――まず言わせてちょうだい、私はまだ誰も愛してないの!!」

「……ほぅ?」

 ルリの言葉に真祖の表情が変わる。

「アルジェントに私は、グリースは友人というかお兄ちゃんとかそんな存在に近い、と言いました!! グリースの事を愛してるなんて一言も言ってない!!」

「――なるほどそういう事か。確かにとらえ方によってはたぶらかされてるとも感じるなそれは」

「げ」

 真祖も言葉に、ルリは顔を背けて引きつらせる。


――やっべ、どうしよう――


 ルリは何と言えばいいのかと模索を始める。

 真祖の「愛」が重いのは理解している、下手なことを言えばどんな状態になるか分からない。

 今日のアルジェントみたいになられたら嫌だ、アレは非常に厄介だった、真祖の場合どうなるか想像がつかない。

 だが、アルジェントも想像がつかなかった、あそこまで狼狽えて泣き出して、絶望するとは思わなかったのだ。

 さすがにそう言う行動を取るとは思わない、だが何をするのかルリにはさっぱり見当がつかなかった。

 それに言動もちょっといつもと違う「我が妻」と言っているのだ。

 いつもは名前で呼ぶ、そう言う呼び方はしない。

「ルリ、我が妻よ」

「えっと……」

 真祖が立ち上がり、ルリの前に移動する、ルリは更に顔を背ける。

「何故こちらを見ない?」

 ルリは内心冷や汗をかいている状態になりながら、恐る恐る振り向くと、体を両手でつかまれる。

 ルリは再度硬直した。

 うつむいていた顔を上げた途端、唇を塞がれた、冷たい唇で。

 そしてそのまま押し倒された。



 夜、今日も会話が弾んでないだろうと思ってグリースは真祖の部屋へやってきた。

「おーい、ルリちゃん、ヴァイス――……⁈」

 目に入った光景に目を丸くする。

 そしてその光景を見て瞬時に頭をフル回転させる。


 ヴァイスが誰かを、押し倒しているような体勢をしていた。

 ルリの姿が見えない。

 ルリ以外をヴァイスが部屋に入れるか、答えは否、入れるはずがない。

 だが、ルリの姿は何処にも見えない。

 ルリがヴァイスを押し倒しているなら、多分今のルリなら暴れる、叫ぶ、助けを呼ぶ、どれかをする。

 暴れる――割と本気で抑え込んでいるヴァイス相手ならルリでは明らかに力不足、抑え込まれる。

 叫ぶと助けを呼ぶ、これをしないのではなく、できない状態にある。

 怖くて声が出せない、それはまずない、ヴァイスに喰われかけた時でも助けは呼んだ。

 つまり、声を出せない状況にある。

 声を出させない方法、口を覆う、口を覆って押し倒して犯す、否流石にそこまではしない、それをやったらルリはガチで真祖の事を嫌いになる。

 口を覆って押し倒すだけ、押し倒してそれだけはおかしい。


――口づけをして押し倒しているとしたら?――


 グリースは思考をそこで一時中断し、ベッドに大股で近づく。

 足音をかなり大きくたてて。

 しかしヴァイスは反応しない。

「――ヴァイス!!」

 怒鳴るように声を張り上げて言いつつ、床に勢いよく足を下ろして部屋が揺れる程の衝撃を与える。

 ようやくヴァイスが頭を上げた。

「――グリース良いところなのだ、邪魔をするな」

「ぐ、グリース!! ちょ、たす……んぶ!!」

 再度ヴァイスが頭を下げた、ああまたルリは口を塞がれたんだな、口づけでとグリースは理解してしまった。

 こんな強引な行動をする奴だったかと思いつつ、グリースは顔をしかめつつバリバリと頭を掻く。

「――ヴァイス!! お前いい加減にしないとルリちゃんに嫌われるぞ!!」

 グリースの言葉に、ヴァイスは反応した、頭を上げ、ベッドから起き上がり離れる。

 押し倒されていたであろうルリが見えた。

 ルリは起き上がって荒い呼吸を繰り返してる。

「ぜぇ……ぜぇ……グリース……有難う助かった……キスで窒息しかけるなんてシャレならないよもう……」

「お前どんだけディープキスしたの……」

 ルリの言葉に、グリースはあきれ顔でヴァイスを見た。

 ヴァイスは酷く不機嫌そうな顔をしている。

「……ルリちゃーん、ヴァイスの野郎、やたら不機嫌だけど心当たりはー?」

「あー……そのアルジェントが真祖に……私がグリースにたぶらかされてると報告したらしくて」

「は?」

 ルリの言葉にグリースは目を丸くする。

 しかし少し思考した。


 ルリは自分に結構懐いてくれている、自分を慕ってくれている、それをアルジェント目線で見たらどうなるか。


「あー……なるほど。まぁアルジェントからしたらそう感じるかもしれないなぁ」

「え?! そこお願いだから否定して!!」

 グリースの言葉に、ヴァイスはますます不機嫌そうな顔をした。

「で、それどうやって否定したの?」

「いやその、私は誰もまだ愛してないし、グリースは友人というかお兄ちゃんとかそんな存在に近い……っていったら余計たぶらかされてるってアルジェントは嘆くし、真祖はそれはたぶらかされてると感じるなって言ってくるしで……」

「あー……」

 ルリの言葉にグリースは頬をぽりぽりとかいた。

 ルリの言葉、最初の言葉は否定している、だが次の言葉は自分に懐いている、慕っている、親愛に近い感情を抱いている、という風に受け取れる内容だ。

「そうだな、俺の予想だとアルジェント真顔になって警告したと思うんだけど」

「その……それ言う前にしつこく警告とか色々してきたから……我慢できなくなって『そんなに私のする行動が嫌なら世話役外してもらう』みたいなこといっちゃったから……泣き喚いて……」

「あ、そうだったの、後で見とこ」

「いや、それは止めたげてよ。グリースにそれ見られたとかになったらアルジェント発狂するよ……」

「面白そうだからごめーんね……どうやってそんな状態のアルジェントなだめたの?」

「えー、えーと……アルジェントの事気に入ってるから、嫌いにさせないでちょうだい、とか……真祖の妻だから渋々やってるとか、嫌いなら世話役止めていいよとか、言ったら……そんなことはありませんって言ってまぁ、その」

「あーうん、わかった」

 グリースは漸く、ヴァイスがルリにあんなことをしたのか、そして不機嫌なのか想像がついた。


 ヴァイスだけ、ルリからそのような言葉を貰っていないのだ。


 気に入っている、とか、友人や兄のような存在に感じているとか、そう言った言葉をヴァイスはルリから聞いたことがないのだ。

 つまり嫉妬している、というのが近いのだろう。

 ただ嫉妬してそっけない態度をしているのであればまだ可愛げがあった。

 ヴァイスがルリを押し倒してその上ディープキスを二回もしたあの行動。

 あれは多分「お前らが何と言われようがルリは私の妻だ、だからこういう事をしていい」という感じでやったのではないかなとグリースは思った。


 遥か昔から生きている吸血鬼の王、真祖が、まるで子どものような嫉妬と行動をしてるのが何ともおかしい。

 そしてそこまで愛されているルリが少しだけ、可哀そうだった。


 愛への返答ができず、愛することを知らない彼女は押し付けられるように与えられる愛に戸惑うことしかできない、どうすればいいか分からないのだから。

 愛への返答を下手に返してしまえば、大変になることが分かっているからだ、だから「今は貴方達をこう思っています、でもどうなるか分からないそれ以上の感情を抱くか分からない」という対応しか取れないのだ。


 後、少しだけヴァイスにグリースは嫉妬した、グリースもルリのあの可憐な薄紅色の唇に口づけをしたいし、押し倒したい欲求はある。


「ああもう……本当今日は厄日……」

 ルリがのろのろとベッドの上を移動し、ベッドに腰をかける恰好になった。


――二人が我儘言いまくって行動してるし、たまにはいいよな!――


 グリースは一瞬にたりと笑ってから、ルリに近づきいつものように隣に腰を下ろした。

「ルリちゃん」

「グリース何……⁈」

 グリースは自分の方を向いたルリの無防備な口にキスをした。

 ルリは硬直している、ちらりと見ればヴァイスは信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。

「――グリース!!」

 わなわなと震え、怒鳴り声を上げるヴァイスの声に、グリースはルリの口から口を離す。

「いつも俺苦労してるからご褒美もらいました、んじゃねルリちゃん!」

 グリースはそのまま風にまかれるように、その場から姿を消すことにした。


 多分、やったら後で大変だろうなと思いながらも、グリースはルリにキスをする行為を我慢できなかったからやった、今後で二人から攻撃されるのを覚悟で。


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