「愛」が重い



「ルリ様、では失礼いたします」

「ルリ様、真祖様とごゆっくりお話しください」

「あー……うん」

 ヴィオレとアルジェントが部屋を出て行った。

 外は暗い。

 ネグリジェに着替えさせられたルリははぁと息を吐いてぼふんとベッドに倒れ込む。

「あ゛ーも゛ー……アルジェントマジなんなん……」

 ヴィオレが来るまで、アルジェントが非常に面倒くさかったのだ。


 多分今日も真祖と話をする時グリース来るんじゃないかなと、言ってしまった時。

 がしっと強い力で肩を掴んで、鬼気迫るような顔で、目で、ルリを見て言ったのだ。


『グリースは追い出してください。真祖様とお二人の時間を邪魔する輩は塩でもまいてください、準備いたします』


 ルリがやんわりと拒否しようとすると、清め塩なんかを術で取り寄せて渡そうとしてきた。


『真祖様には効果がありませんので、グリースにぶつけてください』


 非常にしつこかった、色々と言ってくるし、次から次へと提案してそうするよう要望してくるので、我慢できずブチギレてルリは言ってしまった、ある意味アルジェントにとっては非常にダメージを与える言葉。


『だー!! しつこい!! うるさい!! 私がいらないって言ってるのに何でそこまでするの!? 嫌がらせか!? 嫌がらせするほど私の行動が気に食わんのか?! そこまで嫌なら真祖に「アルジェントが私の行動気に喰わないと文句つけるのもうヤダから別の人にして」って言うぞ!!』


 と、よく考えず感情と勢いに任せて怒鳴ってしまったのだ。

 その言葉を言った直後、瞬時に頭が冷えて、ルリは自分が不味いことを言ったのを理解した。

 ルリはアルジェントが自分の事を愛していると聞いている、本人は気づかれていないと思っているが、真祖とルリはそのことを知っている。

 愛しているルリに「世話役やめろ、別の人にする」なんて言われたのだ。


 顔は死人のようになっていた、あれがアルジェントの「絶望のどん底」に落とされた状態の顔なのだと理解した。

 絶望のどん底であり、酷く狼狽えていて、怯え、恐れているような、色んな感情ごっちゃ混ぜになって震えた声で言葉を絞り出すように発した。


『る……ルリ、様、は……わた、くしの事、が、目障り、だ、と? お前、など、不要、だと? 顔も、みたくない、声も聞きたく、ない、と?』


 ルリは焦った、やばい、どうしよう、と。

 アルジェントの押しに大体負けてきて大人しくアルジェントの要望をルリは受け入れることが多かった。

 世話をされている身だったので。


 アルジェントはおそらく今回も「ルリ様の身を案じているからの要望だから聞いてくれる」と信じ込んでいたのだろう。

 だが、それへの返答が「もう嫌だから、世話役別の人にする」というものだった。

 ルリは好きになった人――友人や家族に嫌われた事がないのでそれを知らなかった。

 だが想像した、自分の大事な家族に似たようなことを言われたら、死ねないが死にたくなる、絶望するだろうと。

 わが身に例えてルリはぞっとして、自分が言ってしまった言葉が、アルジェントを酷く傷つけた、絶望の淵に追いやったのを再度理解した。


『あ、あ、も、もし、や、ルリ、様、グリースを、愛、して、しまった、の、です、か?』


 今までのアルジェントの言動から、アルジェントはグリースだけは「愛して」欲しくないというのをルリは知っていた。

 この問いかけは、アルジェントがかなり追い込まれているのを示しているようなものだった。


『だー!! 違う!! 違うってば!! 私は誰も愛してませんー!! 好きになってませんー!!』

『な、なら、何故、私を、世話役、から、解任、したい、と、おっしゃる、の、です、か?』


 ルリは慌てて色々と否定したが、アルジェントは絶望に染まった顔と、絶望の色をした声で、ルリに問いかける。

 いつもなら、肩を強く掴んで問いただすようなアルジェントが、床に膝をついている。

 遂には青い目から涙を流し始めた。


『あああああああ!! ルリ様が、ルリ様がグリースにたぶらかされてしまわれた!!』


 顔を覆って嘆き始める。


『だー!! だから、違うって言ってるでしょう?! もう話聞いてよアルジェント!! 私は、誰も好きになってないの!! だからグリース……はその友人というかお兄ちゃんとかそんな存在に近いって言うか……』

『やはりたぶらかされてしまわれている!!』


 アルジェントの様子にルリは頭を抱えた、何を言えばいいのか、どう説得すればいいのか、思いつくものが何故かどれもこれもアルジェントを余計悪い方向に刺激しそうだった。

 だが、黙っていたらアルジェントは思考を悪い方向へと持っていくだろう、そうなった際何をしでかすか分からない。


『あーもー!! アルジェント!! 私の話を聞いてちょうだい!! 私はアンタの事をあーうーそのー……気に入ってるの!! アルジェントの事を嫌いにさせないでちょうだい!!』


 ルリは「好き」という言葉を使わずに何とかアルジェントを多少はマシになってくれないかと言葉を絞り出した。

 顔を覆い、嘆いていたアルジェントが、顔を覆っていた手を下ろし、顔を上げて涙に濡れた顔のままルリを見た。


『――ルリ様は、私の事を、嫌いに、なられて、いないの、です、か?』


 ルリはアルジェントの言葉に、自分が「アルジェントが自分の事を愛している」ことを知らない状態であると言う事を頭に浮かべたまま、それを知らないような言動を取ることにした。


『……私はアルジェントが、私の事を気に喰わなくなって、嫌いになって、真祖の妻っていう立場だから渋々お世話してるって思ったからそういう行動したり、言ったりしてると思ったから言ったの』


 ルリは、先ほどの感情的な声をなるべく抑えながら、両手をアルジェントに差し出すように伸ばして、ゆっくりと喋った。


『あ、あ、あ、あ』


 更に涙をぼろぼろとこぼしてアルジェントは再び顔を覆った。

 その様子を見て、ルリは「今のもダメ? じゃ何て言えばいいんじゃい!」と頭の中でぐるぐると考え始めた。

 差し出すようにしていた手の片方をアルジェントの両手に握られる。

 アルジェントの行動にルリの脳内には大量のハテナマークが浮かんだ。


『ルリ様、申し訳ございません。申し訳ございません。そのような事は、決して、決してありません!!』


 涙で塗れた顔を上げて、アルジェントはルリの事を見た。

 先ほどの絶望の色は消えていた。


『私はルリ様をお慕いしております、敬愛しております。ああ、ですからどうかお慈悲を……どうか、どうかこれからも私を御傍に置いてください……!!』


 ルリは手を包まれるように握られたままだった。

 握られていないもう片方の手をそっと伸ばしてアルジェントの頬を撫でる。


『……嫌いで言ってるんじゃないなら、良いよ別に。でもあんまり意見を押し付けるのは次からはなるべく控えて欲しい……これからもアルジェントに世話役でいて欲しいし』

『ああ……ルリ様、有難うございます……』

 アルジェントは目を瞑りうっとりとしたような声でそう言って、握っていた手から両手を離すと、自分の頬に触れているルリの手を包むように、自分の手を重ねて、頬を寄せてきた。


『……』


 ルリは何とも言えない表情になった。

 ルリは自分の頭はお世辞にも賢いとは言えないのを理解していた、だが友達や家族の話、テレビ、SNS、本とか色々と聞いたり、読んだり、見てきてはいる。

 ルリはアルジェントの「愛」が非常に重い物に感じた。

 何と言うか、「ヤンデレ」とは違うが、それでも「愛」が非常に重いのだ。


 考えるとグリース以外の「愛」は非常に「重い」様にルリは思った。

 真祖はルリを妻にすると言った際、「不死人」だからとかいろんな理由で反対した者達を罰している、死者も出たらしい。

 ルリの護衛圏世話役に重要な立場にあったはずのヴィオレとアルジェントをつけた。

 一回正気を失った時には「ルリを奪われるくらいなら食おう」としたこともある。

 考えると普段会話では全く感じなかったが、真祖の「愛」も相当重い。

 アルジェントの「愛」も相当重いが、真祖は行動の物騒度合いが違うのでもっと重い。


 グリースの「愛」は、何と言うか「重い」「軽い」という言葉は使われない類のものだ。

 ふわっとしている、だが軽いわけではない。

 しっかりしている、だが重いわけではない。

 包み込むような感じ、へばりついてるわけではない。

 他の二人の「愛」と現在、何か違うように感じているのだ。

 グリースはルリの見えない所で何かしてない、とは言い切れないが、真祖やアルジェントの「愛」とは明らかに違う点がある。

 グリースはルリに見返りを求めていない、「愛」し返してほしいと思っていない。

 理由は全く分からない、ルリにも若干意味不明だった。

 けれど、ルリからすると酷く楽な気分になるのだ、「愛に至る恋」を知らない、分からないルリには、「愛してほしい」と望む真祖とアルジェントが負担に感じることもある。

 だからグリースが居なくなるのは、あまり好ましくなかった、その為かっとなってしまったのだ。


 重すぎる「愛」に応えたことのないルリにはその「愛」はかなり負担だから。


 アルジェントはヴィオレが来るまでそのままだったので、そんな状態を見たヴィオレは発狂したかのように叫び声を上げた。

 そこからまた色々とヴィオレが詰め寄ってきて大変な目にあった。



 ルリは息を吐き出し、其処で今日の出来事などを思い出すのと考えるのを止めた。

「ああ、もう今日は厄日だ」

 ルリはそう言って起き上がり、ベッドに腰をかける体勢になる。

「……」

 闇が這いずるように近寄ってルリの目の前で人型へと変わる。

「ルリ」

 人型――真祖は、ルリの名前を呼び手を差し出してきた。

 ルリはいつものように、真っ白な真祖の手を掴むと、そのまま抱き寄せられ、抱きかかえられる。

 闇に包まれる。


 闇が消えると、いつものように真祖の部屋にいた。

 今日も夜の「夫婦のおしゃべりの時間」が始まるのか、とルリはふぅと息を吐いた。


――グリース早く来てくれないかなぁ、居ないと話弾まなくて居心地が悪いんだよね……――


 ルリは真祖に抱きかかえられたまま、そう思いながらグリースが早く乱入してくれることを待った。





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