眠い、食べたい、あ、戻った ~愛しいゆえに触れさせたくない~



 ルリが原因不明の体調不良から何とか体調が良くなってから三日後。

 ルリはいつものより遅い時間に目を覚ました。

 三日前グリースからもらった薬を飲んで眠ったら、苦しさはすっかり消えたがまだ眠い。

 ルリは再びベッドに横になって目を瞑った。


「ルリ様……ルリ様……」

「んむー……眠いぃ……」

 ヴィオレの起こすような声にベッドの中でルリは拒否の言葉を紡ぐ。

 ルリは毛布にくるまり、起床をするのを嫌がる。

 眠気が今も続いていて、起きたくないのだ。

 しかし、眠いのもあるが、空腹感も覚え始めた。


 食べたい、眠い。


 人が生きていく上で割と大きめな欲求の二つがルリの頭を占める。


 食べるには起きなくてはいけない、でも寝ていたいから起きたくない。


「うー……」

 ルリは毛布の中でうだうだと蠢く。

 二つの欲求が喧嘩しているのだ、どっちも譲り合ってくれない。

 自分を満たせと、ルリに命令してくる。


「ルリ様」


 アルジェントが毛布を剥いだ。

 そしてルリを抱きかかえて、椅子に座らせる。

「ルリ様、お口を開けてください」

「んむー……あー……」

 眠たくて辛いがルリは何とか口を開ける。

 口の中にスプーンが入ってきた、食べたい欲が反応してスプーンに盛られた柔らかい米を口の中に完全に入れるとスプーンが口から抜かれる。

 もぐもぐと咀嚼してから飲み込む。

 それが繰り返される。

「んむー……」

 空腹が満たされ、満腹感によって眠気がますますひどくなる。

 うとうとし始める。

「ルリ様、もう少しだけ我慢してくださいませ」

 アルジェントが椅子を動かしてルリの顔を少し上に向かせる。

「むー……」

 ルリはとても眠かったの若干不機嫌そうな声を出した。

「そのようなかわ……ごほん、そのような不機嫌そうな顔をなさらないでください、歯を磨かなければなりません」

 アルジェントは一度咳払いのような仕草をしてから歯磨きの道具を手に取った。

「ルリ様、お口を開けてください」

「うー……あ゛ー……」

「ありがとうございます」

 アルジェントは口の中に歯ブラシが入れられ、歯を磨かれるのが分かる。

 眠くて口を閉じたくなるが、我慢してルリは口を開けた。

「……はい終わりました、では水を」

 口にコップを近づけられたので、その中の水を口に含みゆすぐ。

「こちらに吐き出してください」

 何かの器にべっと水を吐き出すと、アルジェントはその器をぱっと消して、椅子に座ったルリを抱きかかえて、再びベッドに寝かせて毛布をかける。

「お休みなさいませ、ルリ様」

「んむー……おやしゅみ……」

 ルリは自己主張の激しい眠気に従い、そのまま眠りに落ちた。



「……」

 アルジェントは、ルリの口から静かな寝息が聞こえるのを確認する。

「……ルリ様、お休みなさい。良い、夢を」

 静かにほほ笑んで、そっと頬を撫でる。

 そしてベッドから距離を置いてその場で静止する。

「アルジェント、ルリ様は?」

 調理の片づけを終えたヴィオレがルリの部屋に姿を現した。

「ヴィオレ様、ルリ様はお休みになられました」

 アルジェントは頭を下げ、ヴィオレに報告する。

「食事は?」

「全てお食べになられました」

「歯磨きは?」

「いたしました」

「報告有難うございます……ああ、それにしてもルリ様の状態が元に戻ったと思ったら、アレで体力を消耗した反動で睡眠欲と食欲が増大しているなんて……」

 ヴィオレが片手で顔をおさえ、若干嘆くように言う。

「……グリースは『多分そんなにこの状態は長く続かないと思う』と言っていましたが、グリースがそういう状態になったのと事情が違いますし、その上ルリ様はグリースとは違うのです、あまりあてにできないのが残念です」

「……アレの言う事はあまり当てにしない方が良いと思います、下手に信じて長引いた時アレは責任を取りません」

 アルジェントは名前を口にするのが嫌だったのでグリースを「アレ」呼ばわりしてヴィオレに意見する。

「……本当お前はグリースが嫌いなのですね」

「アレの名前はできれば口にしたくもありません、そしてルリ様にも近づけさせたくありません」

 アルジェントは感情的にならぬよう淡々と言う。


 グリースの名前を聞くだけで、忌々しくなる、腹立たしくなる。

 だが、今は最愛の女性がまだ近くで静かに眠っている最中なのだ、感情的になって怒鳴り声などを開けて睡眠を阻害するような行動はしたくない。


「では、私は一度部屋に戻ります。アルジェントはどうするのですか?」

「私はここでルリ様を見守ります。……アレが来たら嫌ですので」

 アルジェントは静かに答えた、ヴィオレは少し考え込むような仕草をしてから頷いた。

「分かりました、では護衛の方をお願いします。あと、もしグリースが来ても戦闘行為などはしてはなりません。眠っているルリ様が危険な目に遭います」

「――分かりました」

 少し不服だったが、アルジェントはそれを表に出さず、従う言葉を口にした。


 ヴィオレが部屋から姿を消すと、アルジェントは再びベッドの上で寝ているルリに近づいた。

 ぷらんと、手がベッドからはみ出ている。

 アルジェントは床に膝をつき、はみ出している手を、そっと手に取る。


 柔らかで、眠っている為か少しだけ温かい、自分より小さな愛おしい手。


 手の甲にそっと口づける。


――ああ、愛おしい、貴方に触れられる事が幸福だ――


 アルジェントは幸福感を感じつつ、唇を離し、ルリの手を毛布の下に仕舞う。

 そしてベッドから少しだけ離れてその場で静かに立っている。

 主が来るまで、自分がお守りするのだ、そう思いながらアルジェントはその場から動かなかった。



 自分が小さな子どもを抱きかかえている。

 足元には抱きかかえるのが少し大変になるくらいの年ごろの子どもたちがいる。

 子ども達の容姿がどんなのか分からない。

 誰かが立っている。

 私の事を指さしている。


『王は私の宿命から逃れ続けているが――お前は逃れることはできはしまい』


 少し怒ったような声で私に言ってきた。

 どういう意味なんだろう。

 王?

 真祖のこと……多分違う気がする。

 じゃあ、王って一体。

 誰?

 そしてこの子ども達はどういう意味なの?

 逃げられないってどういう意味?



「ルリ……ルリ」

 ばちっとルリは目を覚ました。

 眠気も空腹感もなくなっていた。

 ちらりと視線をやれば、真祖が自分を覗き込んでいる。

 久しぶりな気がした。


 三日間ルリは基本ぐーすか寝ていたし、夜に至っては爆睡していたので、顔を見ていない。

 自分の体調に異変が起きた一週間は部屋に来てすらいないらしい、何かグリース以外が入るとヤバイことなるから立ち入り禁止にしたとか言ってた記憶がある。

 なので、真祖の顔をルリが見たのは十日ぶりだ。

 ルリはベッドから起き上がって伸びをする。

「んー……おはよう? いや、こんばんは? それともひさしぶり?」

 ルリは挨拶に悩む。

「……どれでもよい。体調はどうだ?」

 真祖がルリの頬を撫でながら聞いてきた。

 相変わらず冷たい手だなと思いながら、ルリは考える。

「んー……前の苦しいのはないし、やたらとお腹すくのと眠いのもなくなったよ」

「それならば良い」

 真祖はそう言って毛布をどかすと、ルリを抱きかかえて、以前の様に周囲を闇で包んだ。


 闇が晴れると真祖の部屋に移動していた。

 真祖はルリをベッドに座らせてから、隣に座った。

「……」

 ルリはじっと真祖を見る。


――うーん、もしかしてアレ?――


 真祖が、何か口をおさえるような仕草と、何か口を動かしているのと、首筋に視線を向けているので、ルリはネグリジェを少し引っ張って、髪をどけて首筋を見せる。

「いいよー、吸いたいんでしょー?」

 真祖が目を見開く。

「……いいのか?」

「いやだって今グリースいないし、何か見てると相当我慢してたっぽいから今から血抜くとかやって更に待たせるのも何だし……」

 血を吸われたいわけではない、痛かったり、気持ちよかったり、真祖の状態によって血を吸われる時の感覚が違うような気がしているのだ。

 なのでグリースがいる時はグリースに血を抜く道具を持ってきてもらって血を抜いてパック詰めして、そのパックの血を吸うので我慢してもらっていた。

 だが、グリースは現在一週間不眠不休状態でルリの世話と薬の開発などをしていたのでルリの体調が良くなり、かわりに食欲と睡眠欲がどばっと出た時に。


『少しだけ休みくれ!! 俺疲れた!! あと、色々と調査することも出てきたからそういうわけで少しだけ此処に来るのお休みにする!! あ、でも何か危険そうな事あったら遠慮なく呼んでねルリちゃん!!』


 と、言って現在姿を自発的に見せない状況だ。

 ルリは血を吸われても吸血鬼にならない、吸われすぎても死ぬことはない。

 なので、其処まで吸血されることへの恐怖はない。


「……では……」

 真祖がルリの首筋に口を近づけた。



 柔らかな肌に牙を食い込ませ、熱い血潮を啜る。

 どんな血よりも、甘美な血が口の中に広がる。

 吸血鬼達がこぞって求める極上の血。


 妻の血は私だけの物だ、他の者達などには一滴たりともやるつもりは無い。


 真祖はルリが止めるように言うまで、その血を吸い続けた。



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