苦しい、その原因は、何? ~彼女を取り巻くもの~
ルリは自分以外誰もいない、静かなで寂しい部屋のベッドの上で熱っぽい息を吐き出し苦しそうに呻き、何とか体を起こして、何故か破けているネグリジェを脱いで床に放り投げると、再度ベッドに横になり、毛布をかぶる。
――苦しい、苦しい、切ない、切ない、熱い、熱い――
誰かの声が聞こえる、真祖でも、グリースでも、アルジェントでも、ヴィオレで、母親でも、兄でも、祖母でも、姉でも、死んだ父と祖父でも、友達でもない、でも一度聞いたことが、夢で聞いたことのある声が聞こえた。
言葉はよく聞こえない、けれども、何か心地が悪く感じた。
――誰か、誰か――
一人きりで、苦しみに耐えるのが辛くて、心細くて、ルリは誰かが来ることを願いながら目を閉じた。
ルリの部屋の外でグリースはとりあえず部外者が入らない様に、一時的にルリの部屋周囲の通路をヴァイスに閉鎖させた。
これで部外者は入ってこないし、情報も漏れることはないとグリースは少しだけ安心しつつも、こんな事態になった為開けられないルリの部屋の扉を見る。
「さて、ルリちゃんがあんな状態だから、お前らは近寄れない、近寄ったら正気失ってルリちゃんを襲うからダメ、さてこれからどうするか」
「……グリースお前、これをどうにかする案を既に考えて言っているな?」
ヴァイスの言葉にグリースは、肩をすくめる。
「……とりあえず、ルリちゃんから血液とか採取させてもらって薬を作るってのが一番手っ取り早いな。だが、今までの不死人にはない例だから時間がかかる可能性がある、その間、その間絶対ルリちゃんの部屋には誰も入るな、入れるな」
グリースは真面目な表情でヴァイス達に言う。
「し、しかしそれではルリ様の御世話が……」
「あー……ヴァイス、緊急事態だし、俺がやっていい?」
「グリース!! 貴様ふざけ……」
「構わぬ」
「真祖様?!」
アルジェントがヴァイスの言葉に驚愕の表情を浮かべている。
グリースは、頬を掻きながらそれを見ていた。
「何故です?!」
「アルジェント、お前とヴィオレが理性を失ってルリを襲っているのを見た。私でさえ、時間がたっていれば我慢ができなくなり、理性を失ってルリを襲っていただろう。グリースだけが、今の状況下でも平常時と変わらずルリと接することができるのだ、グリースに任せるしかない」
「グリースが何かしない保証はありません!!」
「うわひっでぇ、お前本当俺の事嫌いだよなぁ」
アルジェントの言葉に、グリースは呆れたような顔をしてため息をつく。
「アルジェント、私はお前よりグリースの事を知っている、そしてお前程色眼鏡でグリースは見ておらぬ、だから言おう、グリースがルリに何かすることはない」
「っ……」
「――アルジェント、嫌いな輩が敬愛している者の世話をするのは確かに耐えがたいかもしれぬが、耐えよ。お前のその我儘で苦しむ可能性があるのはルリだ」
「おい、さりげなく俺をディスるな」
ヴァイスの発言にグリースは少しばかり不満そうな顔をする。
アルジェントは唇を噛んでいる。
――まぁ、そりゃそうだよなぁ。好きな子の世話を今までできてたのに、突然できない状況になった上、代わりにその子の世話するのが自分の大っ嫌いな野郎だったら確かに不満言うわな、だが俺はお前に嫌われるような事した覚えはマジでない、いや本当――
グリースは何処か遠い目をしながらアルジェントを見る。
グリースは心の底からアルジェントに嫌われようなことをした記憶はなかった、だがアルジェントはルリの世話役になる前からかなりグリースの事を嫌っていた。
アルジェントは基本主や主から命じられた類や自分の立場でやらねばならぬと真祖が決めたこと以外に関しては無関心の塊と言わんばかりの男だった。
どんな美男美女、身分が高い者等を前にしようと、主が関係してないなら挨拶もロクにしない、その為「愛想がない」「冷たい」「無礼」などと評判はあまり良くなかった。
部下だったものからは「何考えているかさっぱりわからない」「でも聞けば教えてくれるし、なんども聞いても答えてくれるのはありがたい」「失敗しても怒らない、責任をとって失敗しない方法を提示してくれる」と部下には割と慕われていたようだ、本人はそれに全く興味がないのだが。
同僚からは「まぁアルジェントだし」という意見がほとんどだった、一人例外がいたが。
そんなアルジェントはルリを見て一目で恋に落ちた、そして恋に焦がれ、本人には伝えていないが、その心はルリを愛おしい、恋しい、愛している、そう言った感情がほとんどを占めている。
グリースはああ、そうかと納得した。
アルジェントが自分を嫌っている最初の理由はまだよく分からないが、それを悪化させたのはグリースがルリを愛している上、ルリに強い信頼を親愛を寄せられていることが非常に認めがたいことなのだろう。
その上、今回のように他の者がルリのフェロモンに理性を奪われかねない状態なのに、グリースだけは平然としていられるという特別感。
アルジェントは自分に強い嫉妬を抱いているのかと、グリースは納得した。
グリースはアルジェントの事をひとしきり考えてから、現在の状態を考える方に思考を戻した。
「――少しの間我慢しろ、お前ルリちゃんに一人で寂しく苦しめって言いたいのか?」
「そんなことは思ってはいない!!」
アルジェントが噛みつくように言ってきた。
「なら、我慢するんだな。後、今回の事は他言にするな。情報を絶対漏らすな、ルリちゃんの立場がますます危うくなる」
グリースの言葉に、ヴァイス達の表情が険しくなる。
ほぼグリースの所為であるのだが、ルリは不死人という理由もあって忌避されている。
不死人であるグリースが二千年前吸血鬼を大量に殺して、真祖であるヴァイスも殺しかけたということをやった為だ、グリースは仕方ないと思いつつもそれが原因でルリが忌み嫌われている現状にはかなり申し訳ないと感じていた。
それにルリはこの国の出身でもなければ身分の高い家の出でも、大企業の創業者系列でも、何か優れた存在でもない。
人間の国にいた、わりと普通の二十歳の女性だ、家も比較普通の家、何処かの元貴族や大きな会社の社長の家の子ではない、その上世界中が恋焦がれるような美女というわけでもない、普通の家の、家族には深く愛され、友人たちにも愛され、稀に見かける生まれて一度も恋をしたことのない、あどけない少女のような印象を持つ、そんな感じの女性だ。
正直、ほとんどの連中からすれば「そんな女を真祖様の奥方の座に?!」と叫びかねない事案でもある。
だが、ヴァイスはルリを心の底から愛している。
情報を出された時、ヴァイスはルリに二千年ぶりに愛してしまったのだ。
アルジェント同様、情報の段階で一目ぼれ、グリースも人の事は言えなかった、情報で若干興味を持って実際に会いに行ってみたら恋に落ちたのだから。
それが、ますますルリの立場を悪化させた。
民からすると取り柄も何もないし、真祖であるヴァイスを敬愛しているわけでもない、「図々しい国の民」がヴァイスの寵愛を受けるなどおかしい、と感じるらしい。
ヴァイスに対して「それはおやめください」とか色々言った連中はもれなくヴァイスから死ぬより辛い「罰」を受けたというのもあんまりよい策ではなかった。
ルリを知らぬ民からは「真祖様をたぶらかした悪女」とかそんな悪評が多いのだ。
現在そんなことを口にした輩はアルジェントが病院送りにしている。
それもあまりよい策ではないとグリースは思っているが、だったら何をすればいいと聞かれても良い案は全く思い浮かばなかった。
ルリが政治事に関して長けて賢い女性であったなら、別の手段がとれた、だがルリは政治なんてさっぱり理解していない感じの女性だ。
ルリの魅力を感じ取るには、ルリに接触するしかない。
しかし、それを許さないのがヴァイスとアルジェントだ。
ルリを敬愛し、溺愛してもいるヴィオレにとって「とても可愛らしくお美しい奥様」であるルリを綺麗に化粧をして、着飾って、見せびらかしたいのが本音だが、主であるヴァイスには逆らえないので我慢している。
ヴァイスがルリを見せびらかして自慢するような輩だったら、ヴィオレはノリノリでルリを綺麗に着飾らせてることだろう。
そうするとルリの精神がごりっと削られて倒れるのが目に見えてるので、見せびらかさない現状問題はないとは言わないがこれはある意味賢い選択だったと思ってる。
「さて、お前らはその間ゆっくり休んでな、あヴァイス。もう通路の閉鎖解除していいぜ、んじゃな!!」
グリースはそう言うとその場から姿を消した。
グリースは転移し、ルリの部屋に戻った。
「……ああ、これ時間経過で濃くなるっつーか悪化するタイプか」
グリースはふうと息を吐き出し、ベッドに近づく。
ルリが寝込んでいるのが分かった、グリースはその間に済ませてしまおうと器具を術で取り出して浮かせたまま毛布をどかす。
「……あちゃーそういや床にネグリジェっぽいの落ちてたもんなぁ……」
下着姿のルリを見て目を手で覆い、急いでタンスに駆け寄り、熱っぽい体を少しばかり楽にするタイプのネグリジェを見つけて引っ張りだし、それを眠っているルリに着せる。
着せ終えると再び寝かせてから、袖をまくり、消毒してから、血を抜き取る。
必要量抜き取ると、針を抜き、痕跡を撫でると、針を刺した穴が消えた。
血の入ったケースを術で仕舞うと、何か瓶のようなものを取り出し、蓋を開ける。
蓋を開けると、瓶の中に液体がたまっていく。
しばらくして、液体が瓶の中に十分溜まったとグリースは判断し、瓶に蓋をする。
そして瓶を術で仕舞った。
「ん……」
寝込んでいるはずのルリから声が上がる。
「……」
グリースはルリの頬をそっと撫でる。
どこか熱を帯びている。
「……ぐ、りー、す?」
ルリが長いまつげを震わせながら、瑠璃色の目を開けた。
表情も、視線も、非常に色香を感じる。
――オウフ、やべぇやべぇ、フェロモンなくてもヴァイスとアルジェントならイチコロだわコレ。俺あいつ等より自制心あってよかった――
若干ぐらりと来たが、そこら辺の我慢はグリースは自分としては割とできると思っているので、我慢ができた。
「そうだよ、ルリちゃん、起きれる?」
「……」
ルリは首を横に振った。
「喉は乾いてない?」
「……」
ルリは小さく頷いた。
グリースは術で冷えた経口補水液の入ったボトルを取り出した。
蓋を開けて、ルリを抱き起し、飲ませてやる。
ルリは酷く喉に渇きを感じていたのか、冷えた液体を飲み干した。
「大丈夫?」
「……苦しい、辛い、体が何か……おかしい」
何処かルリは怯えたように言った。
グリースはボトルに術で蓋をしてから、ボトルを術で仕舞い、ルリをゆっくりベッドに寝かせて額を撫でた。
「ちょっとルリちゃんは今体の調子がおかしいんだよ、俺がその原因見つけて治すからそれまで辛抱してくれる?」
「……ん」
ルリはこくりと頷いた。
「じゃあ、一度俺は帰るけど、何かあったらすぐ呼んで。今アルジェントとヴィオレやヴァイスは手が出せない状態だから、俺がルリちゃんのお世話をするから」
「……うん」
ルリは頷いてから目を閉じた、そして再び眠ったようだ。
グリースは早くルリを苦しめることになっているこの状態を何とかしなくてはと思い、解決方法を探すためその場を後にした。
『ああ、愛し子よ、何故お前は邪魔をするのだ!! お前の為だと言うのに!!』
グリースの耳に、腹立たしい、自分勝手なある存在の声が聞こえた。
「うるせぇ、余計なお世話だ馬鹿野郎。俺はそんなの望んでねぇよ」
グリースは吐き捨てる様に言って、隠れ家の中に入り、扉を閉め鍵をかけた。
「……二千年近く大人しくしてたと思ってたら今になって本当、あの身勝手は!!」
隠れ家の中で、グリースは怒りをあらわにし、吐き捨てる様に言った。
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