おとずれた変化

あつい、くるしい、せつない ~思考を犯すフェロモン~



 朝、ルリは目を覚ました。


 酷く体が熱い、何か苦しい。

 辛い。


 起き上がることもできない程辛く、体が何か切ない感覚に襲われ、ルリは熱っぽい息を吐き出す。

「……だ……れ……か……」

 消え入りそうな声が口から零れ落ちた。



 アルジェントは身なりを整えるとルリの部屋へと向かう。

 いつものようにルリの部屋に向かい、扉を開錠し、開ける。

「ルリ様、おはよう――」

 最後まで言葉を紡ぐことなく、アルジェントはその場に蹲った。

 荒い呼吸を繰り返し、口からだらだらと唾液を垂らして床を汚す。

 上手く頭が働かない、体の芯が熱い。


――な、んだ、こ、れは?――

――ど、く? る、り、様を、つれ、て、にげ、な――


 アルジェントの正常な思考はそこでぶつりと途切れた。


――あ、あ、るり、さま、るり、さま。あな、たが、ほ、しい、あなたが、あなたが、あなたが――



 ヴィオレは酷く喉が渇いて仕方なかった。

 何故か分からないが喉が渇くのだ、血が欲しくてたまらなかった。

 けれども、今はルリの世話の時間だと我慢していたがルリの部屋に近づくほどに渇きは悪化していった。

 ヴィオレが異常を感じていると、ルリの部屋の扉が開けっ放しになっているのが分かった。

 渇きをぐっとこらえ、開けれる人物――アルジェントが鍵をかけていない、下手をするとルリ様が出て行ったのかもしれない、色んな考えが浮かび急いでルリの部屋に向かう。

「ルリ、様!! ――?!」

 ヴィオレはベッドで眠っているらしいルリに覆いかぶさるような体勢のアルジェントを見て怒鳴ろうとすることはできなかった。


 ヴィオレの頭の中が、強固な理性を一瞬にして蹂躙される。

 吸血欲で支配された。


――甘い、どんな、血、より、も、甘美な、極上の、血、欲しい、吸いたい、ああ、その首筋から、ああ、その美しいお体を、私に――



 ヴァイスは異変を感じ取り棺から出ると、急いでルリの部屋へと転移する。

 部屋に転移したヴァイスの目に映ったのは、明らかに正気を失っている配下二人――アルジェントとヴィオレの姿だった。

 アルジェントはルリの服を引きちぎり、ヴィオレは吸血鬼特融の牙をルリの喉に食い込ませようとしていた。

 それを認識した直後、ヴァイスは凄まじい吸血欲と、渇望に襲われる。

 頭の中で、ルリの血を吸いたい、ルリの体を抱きたい、孕ませたいという欲求が膨らみ、理性を押しつぶしそうな状態だった。

「ぐ……うぅ」

 ヴァイスは苦しみながらも、その場からアルジェントとヴィオレの動きを何とか止める。

 だが、止める以上の行為ができない、このまま長時間此処に居たら自分は頭の中の欲求に支配される、それだけは何とかしなければ。

「る、り……!!」

 何とかルリの名前を呼ぶが返事はない、彼女自身に何か異常が起きているのも分かる。

 だが、今はアルジェント達の動きを止め、自分の思考を汚染する欲求に耐えるのが精いっぱいなヴァイスにはこれ以上の事はできない。

「っ……――グリース!!」

 ヴァイスは最終手段として、この状況を打破できる可能性を持つ存在の名前を呼んだ。



「んが?!」

 グリースは隠れ家のベッドからひっくり返った。

 自分を呼ぶ――しかもヴァイスの声に驚いたのだ。

 今まではルリが呼んでいた、だが今日はヴァイスだ、何か切迫しているというか緊急性の感じる呼び出しに、グリースは慌てて着替えて、隠れ家の外に出て、扉に鍵を閉めてから転移した。

 場所はヴァイスの黒き夜の城のルリの部屋――


「おい、ヴァイス何だ……何じゃこりゃあ?!」

 グリースは部屋の状況、基部屋にいる者達の状況に目を丸くする。

 そして頭が何かを察知する。


――ああ、これはフェロモンだ、強烈なフェロモン、吸血欲と繁殖欲、性欲を強く引き出すフェロモン、出しているのは――


 グリースはベッドの上で目をつぶり荒い呼吸をしているルリから放たれているのを理解する。

「おい、ヴァイス大丈夫か?!」

「……み、え、る、なら、おま、えの目は、いちど、えぐ、って、あた、ら、しい、目、をつく、る、べき、だ、な!!」

 グリースが尋ねると、ヴァイスは途切れ途切れの言葉を発した、どうやら相当我慢することがきついようだ。

「……俺だけに通用しないのが何でかは置いておこう、それよりも――」

 グリースは理性を失った為、ヴァイスに動きを止められているアルジェントとヴィオレの頭を両手で掴み、術で気絶させると同時に服を掴んでルリの部屋の開いている出入口から出る様に二人を一気に放り投げた。


 何か強い勢いで壁にたたきつけたような音がしたが、グリースは気にしない事にした。


 グリースは動けずにいるヴァイスを掴むと部屋の外へと一緒に転移し、ルリの部屋の扉を閉じて鍵をかけた。

「……」

 部屋を閉じてしまえば、フェロモンは漏れてこないのが分かりグリースは二次被害が増える前に何とかそれを行えて安堵の息をする。

「……おい、ヴァイス、大丈夫か?」

 グリースはヴァイスを見る。

 額を抑え、喉を抑えてうめき声を上げている、グリースは大丈夫じゃないように見えた。

「……」

 グリースは毒等を浄化する術の上位版にあたる術をヴァイスにかける。

「……すまぬ」

「なるほど、今の術で問題ない、か」

 フェロモンの効果が抜けきったのか、ヴァイスはグリースを見て普段通りの様子で口を開いた。

「さて、あっちでのびてる二人にも術かけて起こすか……アルジェントの奴俺の事殴りそうで怖いなー」

「……止められなかったらすまんな」

「止めるの諦めてる台詞言わないでくんない?!」

 ヴァイスの言葉に、グリースは嫌そうな言葉を浮かべた。


 不死人は基本死ぬことは無い、人や吸血鬼が死に至る程の負傷の場合は痛みを感じない、死に至らない場合は痛みを感じる。

 グリースはアルジェントが死なない程度かつ激痛を感じる程の威力で殴ってくるのを予感してアルジェントを起こすのは止めようかと少しだけ思った。


「……おーい、起きたか?」

 アルジェントをヴィオレに浄化魔術を使用した後に、意識を取り戻させる術で二人を起こす。

 アルジェントとヴィオレは額を抑えながら、起き上がった。

 そしてアルジェントはグリースに殴りかかってきた。

「お前本当なんでそうなの!!」

 グリースはなんとか避けると逃げ始めた、アルジェントはそれを追いかけて氷の刃でグリースを細切れにしようと無数の刃を作り出し始める。

「ヴァイス!! 見てないで止めろ!!」

 グリースはそれを見て慌ててヴァイスに向かって言う。

「……アルジェント、止めよ」

「ですが!!」

「二度は言わぬ、止めよ」

 ヴァイスの言葉に、アルジェントは術を解除し、グリースを追いかけるの完全に止めた。

 グリースはふうと息を吐いてヴァイスの近くによる。

「――そうだルリ様!!」

 アルジェントが思い出したかのようにルリの部屋に向かおうとしたのでグリースが彼の服の裾を踏みつけてそれを妨害する。

 アルジェントは予想外の対応に対処できなかったのか、そのまま勢いよく床に倒れこんだ。

「おい馬鹿!! 今ルリちゃんの部屋開けたらとんでもないことになるんだから開けるな!!」

 グリースは倒れたアルジェントを怒鳴りつける。

 アルジェントは若干赤くなった鼻を抑えながら、起き上がり、グリースを睨みつけて立ち上がった。

「ではルリ様を危険な状態にさらし続けろと?!」

「話しを聞け!! お前らが正気を失ったのは外部からの毒じゃない、ありゃあルリちゃんの出してるフェロモンだ!!」

「何?」

「ど、どういう事なのですグリース。ルリ様が出しているフェロモンとはどういう事なのです? 不死人の出しているものとは違うのですか?」

 ヴィオレが問いかけてきたので、グリースは悩んだ。


 ルリが出しているフェロモン、それは彼女がどういう状態で放っているか、そしてそれは何を引き起こすか詳しく分かった、短時間でも調べることができた。

 だが、問題は、これを言っていい物か、言ったら問題になるんじゃないか、ということが不安でグリースは答えるか、ごまかすか悩んだ、ごまかすにしてももっともらしい内容が思いつかない。


「――グリース、ごまかすな。全て話せ、アルジェント、ヴィオレ、グリースが何を言っても殴り掛かるな、詰め寄るな、脅すな、掴みかかるな、話の邪魔をするな」

 ヴァイスがグリースに全て話すよう要求しつつ、アルジェント達、特にアルジェントがグリースの話を中断させるような行動を慎むようくぎを刺す。

「――畏まりました」

「はい、仰せの通りに」

「……んじゃ話すぜ、まず今ルリちゃんが出してるフェロモンは不死人の出してるものとは別もんだ。正直それより厄介だ、何せお前らの意識はフェロモンの効果でぶっ飛んで、ヴァイスも相当やばかった」

 グリースはそう言ってルリの部屋の扉をたたく。

「開ければ、高濃度のフェロモンをルリちゃんが出してる、今まで誰もここを通らなかったが、誰か近づいたらそいつもフェロモンにやられてた、だから今部屋は開けられない」

「……」

「今ルリちゃんを出してるフェロモンを嗅いだら、人間なら高確率でルリちゃんを襲う、性的な意味で、吸血鬼なら吸血欲と性欲求満たすために襲うことになる。その際理性が吹っ飛んでるから意識はない、お前ら覚えてないだろう」

 グリースはアルジェントとヴィオレに問いかける。

 ヴィオレは困惑した表情で頷き、アルジェントは苦々しい表情で頷いた。

「……ルリはどんな状態なのだ?」

「あーそれなーそのー……」

 グリースは言いづらそうな表情をして、悩んで、問いかける。

「……怒るなよ?」

「……怒らぬしお前に殴り掛かるつもりもないから早く言え」

 ヴァイスは若干急かすように言ってきた、グリースはそんなヴァイスを見て若干困ったような顔をしてルリの状態を口にした。

「あ――……生物とかである……発情期……つまりルリちゃんは発情してフェロモン出しまくってます、以上」

 沈黙が辺りを包む。

「「はぁ?!」」

 アルジェントとヴィオレの口から、ふざけるなと言わんばかりの声が発せられた。

「……グリース、尋ねるぞ、それは本当か?」

 ヴァイスも若干信用できなかったらしく、グリースに尋ねてくる。

「……嘘でもいわねーよ、こんなの」

 グリースは三人の何処か刺さるような視線にため息をつきながら、ヴァイスの問いかけに答えた。





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