あんまり知りたくなかった歴史 ~可愛らしい愛しいお方~
ルリはアルジェントと二人っきりの空間となっているこの部屋にいることが気まずかった。
だが、自分は外出系を真祖から禁止されている、アルジェントに出ていけというと世話役という彼の仕事を邪魔してしまう。
さてどうした物かとルリは悩んだ。
何せ、家族以外の異性と二人っきりになったことはないのだ、家族以外の時は基本友達が傍にいた、一人で外出する時なぜか友達と遭遇することが多かった。
色々考えると、自分は友達と家族親類以外の異性、同性と二人っきりになった経験が皆無な事に気づいた。
何故か分からないが、自分に声をかけようとする見知らぬ、もしくは少し面識がある程度の異性や同性が声をかけようとすると、必ず友達が入ってきて自分を連れていってた気がする、なんというか引き離していたようにも今思えば感じた。
あの見知らぬ、もしくは面識が多少あった異性や同性は自分に何の用があったのか未だ分からずにいる。
昔の事などを考えて現実逃避してたが、ヴィオレが来る気配がない。
相当鼻血の勢いが良かったのか、それとも吸血鬼は実は血が止まりにくい体質だったのではないかと色々考えるが、考えるとヴィオレの名誉を傷つけそうな気がして止めた。
「ルリ様」
アルジェントの声に、ルリはびくっと飛び跳ねた。
「な、何ですか?」
アルジェントはすっとティーカップに温かそうな液体が入った物を差し出した。
「不死人に飲食は不要とのことですが、飲食をしないと精神的に不安定になると聞きました、ですのでよろしければ」
「あ、ありがとうございます……これは紅茶? あの――」
「砂糖なら二杯入れております、お口に合わなければ捨てて下さって結構です」
「い、いえ……そんなことはしません……」
ルリはそう言ってカップを受け取り口をつける。
ほのかに甘く、茶の味も良い、自分好みの味だった。
ゆっくりと味わうように飲んだ。
「……」
「お代わりはいりますか」
「あ、はい」
アルジェントにカップを渡すとアルジェントは宙に浮かんでいたティーポットを手に取り、カップに紅茶を注ぎ、シュガーポットの砂糖を入れて混ぜてルリに渡した。
ティーポットとシュガーポットは宙に浮いたままだ。
「……」
ルリは吸血鬼の国は科学だけでなく魔術も発展していると授業で習っていたので、魔術スゴイなーと思いながらそれを見ていた。
二杯目の紅茶を飲み干す。
「もう十分です、ありがとうございます。美味しかったです」
「勿体ないお言葉です」
アルジェントはカップを受け取ってそういった。
アルジェントがカップを受け取ると、カップは消えてしまった。
シュガーポットやティーポットをアルジェントが軽く触ると、宙に浮いてたそれらも消えた。
「……魔術ですか?」
「はい、簡単なものですが」
ルリの言葉に、アルジェントは答えた。
「じゃあ、アルジェントは魔術師なのですか?」
「そうですね」
「ヴィオレさんも魔術は使えるのですか?」
「はい、ヴィオレも使えます」
「……二人は私が来るまで何をしていたのですか?」
「ヴィオレは――彼女は真祖様からの命令をこなしていたとしか答える事ができません、、ですがルリ様の住んでいた国風に言うならヴィオレは補佐官のような役割をしておりました」
「え゛。ちょ、ちょっと待って下さい!! なんでそんな役割の人をし、真祖様は私のお世話係にしたんですか?!」
アルジェントの言葉に、ルリは耳を疑って問いかけた。
「真祖様はルリ様を寵愛しております、信頼でき、かつ世話役そして護衛としても有能と判断したからでしょう」
「……その流れで行くと……アルジェントは何、してたんですか?」
「私はこの城の魔術師達と魔術を管理する責任者の一人でした。ですがルリ様の世話と護衛に関する能力はこの城で培ってきたので問題ないと判断され、今はルリ様の御世話役をさせていただいてます」
「え、えー……ど、どう考えても責任者だった方が地位的によくないですか?? 二人とも地位とか興味なかったのですか⁇」
ルリは色々と信じられなかった、ヴィオレの恰好はメイドのソレだったからメイドの中でも上の立場を自分の世話役にしたと思っていたら、まさか補佐官のような役目の人物を自分の世話役にしたというものにも驚いた。
アルジェントは恰好が執事のものではないな、と思っていたがまさか城の魔術師の中でも相当偉い立場基責任者だったとは思わなかった。
そんな城の中でも地位が高い者達を、自分の「世話係」するとなんて。
ルリは真祖の考えがよく分からなかった。
「ヴィオレの理由は彼女自身に聞くのがよいでしょう。私は地位と言うものには興味はありません、主から直々に命じられた事ですので」
冷静に表情一つ変えず言うアルジェントの言葉に、ルリは違和感を覚えた。
彼は「嘘」は何一つ言っていない、ルリは「アルジェントはもっと重要な何かを隠している」のではないかと言う違和感を覚えたのだ。
嘘は何一つ言っていない、だが「主から直々に命じられた事」の言葉の裏に何かを隠しているようにルリの耳には聞こえたのだ。
別にルリは真偽や何か違和感を感じる能力に長けていたわけではない、不死人になった途端人の言葉等の真偽や隠し事に敏感になったのだ。
これはルリは誰にも言っていない、何となく言わない方がいいと思ったのだ。
だから、アルジェントの言葉に違和感を覚えた。
――何を、隠しているの?――
しかし、ルリは何となくだが、それを問い詰めることは得策ではない気がしたのだ。
自分に危害を加えないとは言われているものの、下手に問い詰めて、その結果追いつめてしまったら何をするか分からないからだ。
「……アルジェントは不思議ですね」
ルリはアルジェントの言葉にそう返した。
なんと返せばいいのかよく分からなかった、この言葉がよかったかどうかすらルリには分からない。
「真祖様の奥方であるルリ様にお仕えできるのですから、これほど喜ばしいことはありません」
「……」
それでもルリは何か引っかかるものを感じたが、嘘は言っていないのだから問いただしたりしなければ、自分に危害は加えないだろう。
ルリはその違和感をしまい込んだ。
「……それにしてもヴィオレさん遅くないですか?」
「……血がなかなか止まらないのでしょう」
流石にティッシュを鼻に突っ込んでまで仕事をしろとは思わないので、血が止まらないのって大変だなぁとルリは遠い目をした。
「……でも、吸血鬼の王様の奥さん……后なのに、連れ添う訳でもない……いえできないの聞かされたのですが。集まりに顔を出すわけでもない……例えが悪いのですが、籠の鳥というかそんな感じではないですか? 何故あのような盟約を?」
「それは私にも分かりません、真祖様のみが知ることです。その上二千年も昔の事です、当時の事を知るものなどほとんどおりませぬ」
「え……? 吸血鬼って不老不死じゃないのですか⁇」
「……二千年前の大戦で生殖能力が高い人間は順調に増えましたが、吸血鬼はあまり生殖能力が高くないのです、増えるのに時間がかかりましたし、大戦の傷が悪化して死亡する吸血鬼も多かったのでほとんどいないのです」
「……そうなんですか」
授業ではあまり学ばない事をルリは聞いた、しかし納得するところはあった。
吸血鬼は「血を吸う」ことで人間を自分の眷族にして増やすこともできるのだ、だから生殖能力が人間より低くても仕方ないと感じた。
しかし、それだと吸血鬼の国が化学等発展が人間の国より遥かに進んでいる理由に疑問残る。
どうやってこの国は発展したのだろう。
吸血鬼ばかりの国だというのに、アルジェント――基人間もいる。
「……」
「ルリ様、何故この国が発展しているのか、と疑問に思っておられるのでしょう?」
「え? ど、どうして?」
自分の考えていた事を指摘されると、アルジェントはようやく鉄面皮と言わんばかりの無表情な顔に薄い笑みを浮かべた。
「顔に全て出ておりましたよ」
「え゛、私は……そんな分かりやすいですか?」
「ええ、とても」
「う、うぐ……」
ルリは鏡がないか探したが、無かったのでスマートフォンの機能で自分の顔を映す。
両親の遺伝子で作られたという親譲りの自分としては普通の顔が映っている、個人的に気に入っている瑠璃色のぱっちりとした目も映っている。
分かりやすい顔かなーとしばし悩んだ。
ルリが自分の顔を見ていると、笑うような声が聞こえた。
「……あの、そんなに間の抜けた顔でしたか?」
「いえ、ルリ様の顔が可愛らしかったものでつい……失礼しました」
「お、お世辞は結構です!」
ルリはやや不機嫌そうに返すと、スマホで調べようとした、吸血鬼の国が何故発展しているのかを。
「ルリ様、ネットを検索しても出てこないと思いますよ」
「え゛?」
ルリのしようとした事を先読みしているかのようにアルジェントは言った。
ルリはアルジェントの方を見ると、アルジェントはいつもの無表情に戻った。
「簡単に説明をいたします。大体がかつての人間の国が原因です」
「え? ど、どういうことですか?」
「人間の国がまだ『宗教』が強い力を持っていて、なおかつ、新しい事を見つける頭脳や新しい技術作る能力を持った者への扱いが悪かった時代、調べた結果宗教の書物に書いてある内容とは異なるような発表し迫害された者、新しい技術に職を奪われると危惧され迫害された者は何処へ逃げたと思いますか」
「……まさか」
「ご理解が早くて助かります。そういう者達は皆この国に逃げてきたのです。家族や親類も一緒に大勢で逃げてきたのです、人間の国は厄介者が居なくなるということでその逃亡を見ないふりをしてきました」
「……」
「結果、優れた能力を持つ者達は、真祖様の庇護を受け、支援を受け、新たな知識の元をとなる知識を生み出し、新たな技術で文化を発展させていったのです」
「……それは、人間の国で『宗教』が権力、権威を失うまで続いた」
ルリが自分の覚えている事を口にすると、アルジェントは静かに頷いた。
「その通り、理由は簡単です、この国が人間の国から見たら異常なレベルで『発展』しすぎていたからです、この国の信仰の対象は『真祖様』という存在のみ。真祖様に害をなさない物ならどんな物であれ進歩しつづけることを許される。人間の国ではほぼ使える者がいない魔術もこの国では使える者が数多い。魔術も、科学も、多くの事が発展した国、それがこの国なのです」
アルジェントの説明で、自分の母国の事を思い返す。
多くの技術は未だ吸血鬼の国からおこぼれを預かるように流入している、留学生を出しているが帰ってくる者は少ない。
納得だ、優秀な者なら、自分を扱き使う国よりも、自分の能力を理解し、相応しい地位に置いてくれる国にいる方を選ぶ。
母国はずっと昔から自分で自分の首を絞めていた、その為発展しているこの国が気に入らず度々問題を起こしていたのだろう、だからこそ――真祖の機嫌を損ねない為に母国の偉い立場の人間は、自分を真祖の妻として献上したのだ、今後も少しでもお零れを預かるために、自国の発展のために。
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