何かよくわからぬ!! ~貴方の「愛」が欲しい~



 日が差し込む時間、ルリは目を覚ました。

「ふぁ……」

 体を起こし、スマートフォンの時刻を見る、朝の八時。

 少しばかりいつもより遅い目覚めだ。

「大学……あ、そうか……」

 ルリはふっと思い出した、自分は真祖の妻になった、その際大学は退学したのだ。

 もう学校に行くこともないし、友達とも会うことができないということに、重い息を吐く。

「……とりあえず、顔洗って――」

 ルリが最後まで言う前に、ガチャリと扉の鍵が開く音がした。

 扉が開き、足音静かに何者かが入ってきた。

 扉の方を見れば、昨日から自分の世話役と紹介され、初日から色々と「世話」をしてくれたヴィオレとアルジェントだった。

「ルリ様、おはようございます」

「ルリ様、おはようございます、良く眠れましたか?」

「おはようございます……はい、寝れました……ちょっと遅かったですか?」

「ルリ様に合わせるように言われております、ですので問題ありません」

 ヴィオレはそういうと衣類が入っているタンスを物色し始めた。

 アルジェントは温かい濡れタオルをルリの前に出した。

「……えと」

「お顔をこれで拭いてください」

「あ、うん」

 ルリはタオルで顔を念入りに拭いた。

 その後アルジェントが汚れを落とす液体で顔を拭き、再度別の温かいタオルで顔を拭いてから、化粧水をつけ、その後乳液を付けた。

「化粧はなさいますか?」

「……あの、慣れてないので……」

「畏まりました、ではリップクリームだけでも」

「は、はい」

 ルリが頷くと、アルジェントは指で塗るタイプのリップクリームを取り出し、指につけ、ルリの唇に丁寧に塗った。

 はみ出すことなど、ない様に。

「アルジェント、そちらは終わりましたか?」

「髪を整えるのがまだです」

「服を着てからでよいでしょう、ルリ様、こちらをお召しください」

「嫌です」

 ルリはヴィオレが持ってきた服を見て拒否の言葉を即座に返した。

「何故ですか?!」

「嫌です!! そんなフリフリ――何処か昔の国の御姫様とか着ていそうな服を着るのは勘弁してください!!」

 ヴィオレが選んだ服は、ルリでも確かに高級品なのはわかる代物だった。

 それだけでも着るのがためらわれるのに、更にデザインが明らかに本などで見た貴族や王族が着るようなものなのだ、正直自分には似合わないし、着たいとも思わない、ウェディングドレスだったら一度は着てみたいが、こういうドレスは遠慮したかった。

「真祖様の奥方様なのですから相応しい恰好を……」

「ジャージの方がマシです!!」

 ルリは手と首を振って、ヴィオレの選んだ衣類を拒否した。


 使用したものを術で何処かに送ったらしいアルジェントがタンスの方に近づいた。

「何です、アルジェント。お前ならルリ様が気に入るお召し物を選べると?」

「ルリ様に相応しいのを選ぶというのは私には難しいですが、ルリ様がお気に召すものなら選べるかと」

「……いいでしょう、お前が選びなさい」

「かしこまりました」

 アルジェントはタンス中を物色し始めた。


 ルリはそれを見ながら、自分には選ばせてくれないのかと、地味に面倒くささを感じた。


「ルリ様、こちらを」

 少しして、アルジェントは先ほどの華やかな感じとは異なる衣類を持ってきた。

「あ……これ……」

 ルリは衣類を受け取って広げる。

 それは自分が友達と出かける時などのおしゃれする時に着ていた、ブランドの服だった。

 可愛い感じで気に入っていた、フリル等に憧れはあるが、そこまでひらひらしているものを着るのが少し恥ずかしい自分でも着れる落ち着いた色合いが多く、それでいて可愛らしいものが多い、スカートが多いが自分はズボンも気に入っていた、かわいいレースがついていたり、綺麗な刺繍が入っていて気に入っている。

「これなら、お召しになってくださいますか?」

「……はい」

 どこに行くわけでもないが、好きなブランドの中々買えなかった服を着れるのだ、あんまり我儘を行って困らせるのもどうかと思い、ルリは承諾した。

「……ヴィオレ様、何か御不満が?」

「……いえ、ありませんとも。ルリ様がお召しになるのですもの、その服も似合うに決まっています、ですのでお着換えは私がやりますので、アルジェント、貴方は見てはなりませんよ」

「畏まりました」

 アルジェントはヴィオレに言われると、ルリから離れ、背中を向けた。

「え? いえ、自分で着替えれ……ギャー!!」

 ヴィオレに着ている寝間着らしき服を脱がされ、ルリは色気のない悲鳴を上げた。


 二十歳になって自分で着れるような服でも、着せ替えさせられるとはルリは思ってもいなかった。

 しかもブラジャーまで他人に着用させられるとは予想外だった。


「次は!! 自分で着ますから!! 手伝って下さいって言わない限り!! やめて下さい!!」


 ルリ的には精神的にダメージがわりとあったので、ヴィオレを警戒するように距離を取って威嚇状態になる。

「そ、そんな……」

 ヴィオレはショックを受けたような顔をしていた。

 服を着替え終わったのを空気で察知したのかアルジェントがこちらを向いてヴィオレに近づいていった。

「ルリ様、少々失礼します」

 そう言ってヴィオレに何か耳打ちをすると、二人とも一礼して部屋から出て行った。

 ガチャリと扉に鍵がかかる。

「……何なんだ?」

 ルリは気になって、扉に耳を当ててみるが物音一つ聞こえてこなかった。

 どうやら防音がしっかりしているらしい。

 扉を開けようとするが、やっぱり鍵がかかっている上、どこに鍵があるか分からない為開けることができなかった。

「ちぇ」

 ルリは諦めて扉から離れ、ベッドに腰をかけた。



「ヴィオレ様、どうなさったのですか? いつものヴィオレ様と違いますよ」

 部屋を出て鍵を閉めると、アルジェントは年功的にも立場的にも上であるヴィオレの行動に疑問を持ち尋ねた。


 普段のヴィオレは主に忠実で冷静な女性だ、だがルリの世話役をしている時の彼女は非常に空回りしているように見える。

 今まで客人の世話係をしている彼女を見たことはあるが、誰であろうと丁寧で冷静に動揺することなく対応していた。

 決して私情を交えず、客人の要望内容が問題がない範囲で答える、失礼な客人には冷徹に対応する、そんな女吸血鬼だった。

 だが、今の彼女は酷く空回りし続けているように見える。


 アルジェントは静かにヴィオレを見る、ルリに何か危害を加える兆候が出ているのであれば、主に報告しなければならないからだ。

「――」

「……ヴィオレ様、はっきりおっしゃって下さい。真祖様が寛大な方であるのはご存じでしょう」

 はっきり言わないヴィオレに、アルジェントは再度問いかける、ヴィオレの真っ白なはずの顔は真っ赤に染まっていた。

 頬を手で包み、まるで恋する乙女のようにヴィオレは見えた。

 アルジェントは別に意味で危惧を感じた。

「だって!! あんな可愛らしいお方が奥方様なのですよ!! せっかくお美しい、可愛らしいのに、手入れも何もしていない、せっかくの素材がもったいないじゃないですか!! お

洋服だってこちらで用意した相応しい物を身に着け、お美しく着飾って欲しいのです!!」

「……つまり、奥方様としてふさわしい恰好をして欲しくて気持ちが空回りしてしまったと?」

「ああ、ルリ様、なんて可愛らしいお方なのでしょう。だからもっと美しく、愛らしい相応しいお召し物を着てほしいのです!!」

 アルジェントは何も言えないと言わんばかりの無感情の表情になり、一人あれこれ考えを喋っているヴィオレを見た。



 ルリはベッドに腰をかけながら一人部屋でスマートフォンをいじっていた。

 母親から返信が着ていた、機械音痴の母親で、やたら顔文字を使いたがる母親らしい文章が返ってきていたが、「怖いことはされてないか」など心配しているのがよく分かった。

 母親が安心するか分からないが、とりあえずメールを返信する。

 そしてアプリにログインしたり、色々とやることを済ませて、スマートフォンを置く。

「……」

 いつまで一人なのだろうと考える。


 一人がしばらく続くならゲームでもやろうか。

 いやしかし、自分はすさまじくゲームが下手だ、ゲームを代わりにやってもらってた兄がいない今どうしよう、でもエンディングを見たい。

 仕方ない、動画で見るか。


 などと考えていると、ガチャリと鍵の開く音とともに扉が開いた。

 部屋に入ってきたのはアルジェントだけだった、ヴィオレの姿はない。

「……ヴィオレ、さん、は? 別の仕事でも入ったのですか?」

「はい」

 アルジェントの声に何か違和感を感じた、なんというか「嘘」をついているように聞こえたのだ。

「……あの、アルジェントさん、本当に、ヴィオレさんは、仕事、なのですか?」

「アルジェントで結構ですルリ様。それは――」

「……何か、不味いことでもあったのですか?」

 ルリが問い詰める様に言うと、アルジェントはふぅとため息をついて口に手を当てて咳をする。

「申し訳ございません……ヴィオレは――」

「……」

「……突如鼻血が出て止まらなくなり、こんな状態でルリ様の御世話はできないと言っておりました。ですので鼻血が止まるまでしばらく戻りません」

「は?」

 予想斜め上すぎる答えに、ルリは耳を疑った。

「……何があったんですか?」

「ヴィオレの名誉の為お答えすることはできません、お許しください」

「……は、はい、分かりました……ヴィオレさん、お大事に……」

 ルリは何か引っかかったが嘘はついていないように聞こえたので詮索しないことにした。



 アルジェントはルリが深く詮索しない事に安堵した。


 ヴィオレのルリへの態度が気になっていたが、先ほどの話と彼女の興奮の度合いで理解できた。

 ヴィオレはルリの事を知り、一目見た時から溺愛していたのだ、自分がお仕えするもう一人の主人として深く深く、敬愛していたのだ。

 だからそれにふさわしいようにと暴走し、ルリの普段の様子を勿体ないと興奮し、映像で見てきた彼女の私生活や性質を感じたうえで、愛情が爆発し、それを語り――ついには興奮のあまり鼻血を出すという冷徹のヴィオレの名前にあるまじき事態に陥った。

 ルリには興奮の内容は知らないままでいた方がよいとアルジェントは感じた。

 ヴィオレの敬愛はルリにはかなり「重すぎる」だろう、ルリがそれを拒否したらヴィオレは立ち直れない可能性が高い。

 ヴィオレは、自分よりも永い間主に仕え、そしてルリを敬愛する敬うべき存在だ、敵ではない。


 己の敵は、ルリや主に対し無礼な事を言う愚か者と、あの忌々しい盟約の不死人、そして主以外の――ルリに恋慕の愛情を向ける者達だ。


 未だ人に恋慕の愛情を向けた事のない自分の最愛の人、立場的には主の事を愛してほしいと言える、だが、本心では――


 自分を、愛してほしい。

 自分に恋を、して欲しい。


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