なんでこんなに疲れるの? ~貴方様の愛が欲しい~



 ルリは時計を見た、まだ寝る時間には早いが、風呂に入りたい。

「……あの、お風呂どこですか?」

「湯あみですね、ご案内します。立てますか」

「あ、はい」

 ルリが立ち上がると、ヴィオレもすっと立ち上がり、ルリの手を取った。

 魔術陣がルリとヴィオレの足元に現れると、周囲の風景が変わった。

 風呂場らしき場所についた、浴槽らしきそれは実家の浴槽よりも広く感じられた。

 強い薔薇の匂いがするお湯だった。

「……えっと」

「私が入浴のをお手伝いします、服を脱ぐのを手伝います」

「い、いえ、服自分で脱げますから!!」

「分かりました」

 ルリの服に手をかけていた手を、ヴィオレはすっと下ろした。

「……」

「……どうなさいましたか?」

「……なんでもないデス……」

 ルリははぁとため息をついて仕方なく服や下着を脱ぎ始めた。

 脱いだ服や下着をヴィオレは回収し、何かの箱に入れた。

 ルリがシャワーは何処かとか困惑していると、ヴィオレがルリの肌をつぅっと撫でた。

「うぎゃ?!」

「失礼、ルリ様、せっかくの肌がもったいないです。お手入れさせてくださいませ」

「え、いえ、その別に……」

「させてくださいませ」

 ヴィオレの威圧に、ルリは引きつった表情のまま頷いてしまった。



「……ふへぇ……」

 ルリは疲れたような息を吐きながら部屋に戻ってきた。

 身に着けている下着とネグリジェは肌触りとかからかなり高級そうに感じて疲労感を上げているが、パジャマはダメと言われたなら着るしかなかった。

 ルリがその場でこけそうになると、アルジェントがルリをすっと支えて、そのまま抱きかかえてベッドに寝かせた。

 そして綺麗な水の入ったグラスを持ってきた。

「ルリ様、どうぞ」

「ん……あ、有難う、ございます……」

 ルリは少し起き上がってグラスに口をつけて水を飲み干した。

 冷たく、ほてった体には心地よかった。

 空のグラスをアルジェントに渡すと、グラスは何処かへ消えた。

「ルリ様、どうなされたのですか、お疲れのようですが」

「……疲れますよ、あれは……」

 ルリは横になり、疲れたように息を吐き出した。


 ただ風呂に入るはずが、ヴィオレの「手入れ」をされる羽目になったのだ。

 俗にいうエステとか脱毛サロンとか、美容関係に関するものは全て体験させられたのだ。

 未だ人間の国の脱毛技術は何度も行かなければならないが、吸血鬼の国では一度で済む上肌への負担も人間の国のよりもはるかに少ない。

 一度行くべきかなぁとルリも自分の体毛には多少悩んでいたが、こんな形でその悩みを解消させられるとは思わなかった。

 マッサージ、日ごろの姿勢等がやや悪いせいか、めちゃくちゃ痛かった。

 色々とずれてる、猫背になりがち、筋肉がこわばっているなどなど色々言われ、全部徹底的にほぐされた。

 おかげで凝りなどは全て解消された、変わりに非常に体力が削られたのだ。

 ろくに動けるような状態じゃなくなったので、体を洗うのも、髪も洗うのも、お湯に浸かるのも全てヴィオレにやってもらう羽目になった。


――しょっぱなからこんなので大丈夫なのか私?――


 ヴィオレはルリを着替えさせると、後始末があるとのことで、ルリだけを転移させて部屋に戻させたのだ。


「……えっとスマートフォン何処だっけ……」

 ルリはきょろきょろと探し始める、そこにすっとアルジェントがスマートフォンを出してきた。

 ルリのものだ、間違いなく。

 ルリはスマートフォンを手に取り、パスワードでロックを解除すると、母親にメールで連絡した。

 とりあえず、今のところ無事であることを伝えたかったのだ。

 とりあえず、惰性でそのままやっていたゲームアプリもログインはしておく。

 それら終わると、スマートフォンを横に置きふうと息を吐く。


 枕が何か今まで寝ていたものと違う、自分にフィットする感じがする。

 寝れるかはともかく、枕が変わって寝れない人間かと聞かれたら微妙なので多分大丈夫だと思うが。


「ルリ様、お休みになられますか」

「……そうします……あ、歯磨きしないと……」

「私がやります、ルリ様は体を起こしていただければそれでいいです」

「え」

「私が、やりますので」

 淡々としているのに、ヴィオレ同様拒否を許さないような圧を感じ、ルリは頷いてしまった。


 幼少時と歯医者以外では初の体験だった、まさか歯磨きまで自分の手ではなく他人の手でしてもらうこととなるとはルリは何とも言えない気持ちになった。

 歯医者ならともかく、そういう立場じゃない相手に口を開けて歯磨きしてもらうというのは恥ずかしい気もした。

 少しに考えれば入浴時の行為を全て他人に任せた先ほどの事も相当恥ずかしくなってきた。


 歯磨きを終えて、片付けをされる。

 口も丁寧に拭かれ、口の中を最後に確認される。

「虫歯も何もないようです、問題ありませんよルリ様」

「どうも……」

 アルジェントはタオルと出現させ、タオルで手を拭いてから、タオルを消した。

 そしてルリの体をベッドに寝かせ、毛布を掛ける。

「寒いですか? それとも暑いですか?」

「……ちょうど、いいです……」

「それなら良かったです、ルリ様お休みなさいませ」

「はい、お休みなさい……」

 部屋が暗くなり、扉から出ていく音が聞こえた。

 ガチャリと鍵ががかる音がした。

「……はぁ」

 ルリはため息をつきそのまま目を閉じた。



 真っ暗な部屋に音もなく入ってくる影があった。

 影はベッドの上ですやすやと眠っているルリの頬を撫で、唇に指をあててすっとなぞった。

 そしてじっと寝顔を見つめてから姿を消した。



 ルリの部屋の前の明かりがついている通路に、真祖は姿を現した。

「真祖様、どうなさいましたか」

 ヴィオレとアルジェントが駆け付け、膝をつき首を垂れる。

「妻の寝顔を見たいと思っただけだ」

 真祖は二人の配下にそう告げた。

「面白い娘だ、誰も恋愛的な感情で『愛した』ことがないから私の事を『愛せる』かわからぬとはっきり言ってきた、他の連中ならべっとりとして気持ちの悪い愛の言葉ばかり吐くと言うのに」

 真祖は口元に笑みを浮かべていった、とても愉快そうに。

「真祖様しかしそれは――」

「私の妻が誰を愛するのか楽しみで仕方ない、不貞とか言い出す輩もいるだろうが知った事ではない」

「ですが……」

「愛すると言ってもお前達位――ああ、奴もいるか、顔を出さないはずがない」

「……グリースの事ですか?」

 アルジェントが静かに、何処か忌々しそうに真祖に尋ねる。

「そうだ、アルジェント。ところで……お前は奴の事は何故毛嫌いしている?」

「アレは危険です、何をするかわからぬ存在です」

「私に害を加えると?」

「……ないとは言い切れません」

「私がルリに危害を加えるように見えるからか?」

「そんなことはありません!!」

 アルジェントの声に、真祖はあっけにとられたような表情を浮かべて笑った。

「冗談だ、それにまぐわいも心構えがないから我慢してくれと言われているからな、確かに性的快楽など一つも知らぬ生娘では私の相手は厳しかろう」

「……他の者に相手をさせるという事ですか?」

 ヴィオレが不安そうに真祖に尋ねる。

「まさか、心構えができるまではしないでくれ、と言われているだけだ。だが私が初めてで無理そうならそれも考える必要があるな、アルジェント」

「……何を、でしょう?」

 真祖に話題を振られ、アルジェントは視線をそらした。

「私がルリの体の負担になりそうならば、お前がルリの初めての相手でも私は構わんぞ」

「そのような事冗談でもお止め下さい」

「今のは冗談では無いのだがな」

「余計性質が悪いです、私などが奥方様の相手など恐れ多い」

「ほう」

 真祖は赤い目でじっとアルジェントを見つめる、アルジェントは顔を伏せたまま汗を垂らしていた。

「――ふ、まぁ良い。私は戻る、お前たちは休むがいい」

「畏まりました」

「仰せの通りに」

 真祖は姿をその場から闇に溶けるように姿を消した。


 主の姿が居なくなると二人は立ち上がった、ヴィオレは困ったように息を吐く。

「全く真祖様も言ってはならない冗談が分からないわけではないでしょうに」

 ヴィオレはふうと息を吐く。

「ルリ様もかなりの我儘をおっしゃってるようで驚きました、ですが真祖様は見たところルリ様を溺愛していらっしゃる……ですからルリ様が真祖様を愛せば何も問題なく納まる、頑張らなくては!!」

「ええ、頑張りましょう」

「――アルジェント、お前不満があるのですか? 何か今までのお前とは何か違うように思えるのです」

「いいえ、ヴィオレ様、私はいつも通りです」

 アルジェントはそういうと、頭を下げた。

「では私は一足先に休ませていただきます、明日もルリ様の御世話をするために」

「そうでした、貴方は人間ですものね、休まねばならない。お休みなさい、アルジェント」

「お休みなさい、ヴィオレ様」

 アルジェントはそう言ってその場から立ち去った。



 アルジェントは自室に戻ると、扉に鍵をかけ、部屋全体に術を展開し、透視、盗聴をできなくさせた。

 机に向かい、鍵のかかった引き出しの鍵を開け、中から取り出す。

 ルリの写真だ。

 ここに来る前の、人間の政府の連中から資料として渡された内の何枚かを誰にも気づかれぬように複製して手元に保存しておいたのだ。

 一枚、特に気に入っている笑顔の写真を手に取り、口づけをする。

「ああ、ルリ様。お慕いしております……愛しております……どうか、私が朽ち果てるまで、御傍に……」

 うっとりとした声で呟く。


 写真で見た時、恋など無縁、恋など夢見る者がすることだと思っていた自分の胸が高鳴った。

 実際姿を見た時、触れたいと思った。

 声を聴いた時、もっと聴かせてほしいと願った。

 触れて、とても愛おしかった。

 主から言葉を聞き、あの方の愛がもらえるのなら、命すら要らないと思った。


――身の程知らずと笑われても構わない、私はルリ様の愛が欲しい――





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