第23話
夜の「雑木林」の闇の中、出来る限り眼を凝らす。
妙に不穏にざわざわと、
葉擦れや、下草の笹の葉が風にそよぐ音が耳に付くその中を、できるだけ音を立てないように足を進めながら、
私は師匠の忠告を反復した。
(「お前の持ち味、身軽さと小回りの良さ、機動力、それに頭の働きも加えて、できる限り相手を引き摺り回せ。
一分一秒でも良いから粘って時間を稼げ。
そして援軍を…」)
援軍…。
そうだ、先遣隊の本来の任務は、敵の撃破じゃない。
私が今、真に最優先するべき役目は
まず、被害者、及び加害者が、この林の中にいるかどうかの確認、
そして、もしこの林の中に被害者がいた場合は、
彼女の発見、及び保護。
それから、
…彼女と、私自身の身の安全の確保…。
確かにここは道場や試合会場じゃない。
現実の、ルール無用の「戦場」だ。
できるだろうか、
実際の「戦場」なんてまるで知らない、この私に。
いや、…やるんだ。
やるって、さっき、他でもない自分自身で決めたんだ。
顔を見たこともない、赤の他人だけど、
私はもう既に、彼女の名前を知っている。
彼女がこの「雑木林」の中にいるとして、今ここで私がこのまま動かなかったら、
彼女は、…きっと、
今遭わされているよりももっと、
ずっと物凄く怖く恐ろしい思いをすることだろう。
たとえ、「匹夫の勇」ならぬ
「匹婦の勇」に過ぎなかったとしても、
このまま黙って回れ右したら、私は、
…多分一生、事有るごとに、自分を責め続ける人生を送るのは確定路線だ。
……これ以上、そんなのは御免だ…。
ほんの五秒か十秒のことみたいだったけれど、
少しだけ迷ったお蔭で、あくまで結果論的にだけれど、
お腹の中心、臍の少しだけ下、俗に「丹田」と呼ばれる辺りに、
どんなに厳しい条件下での試合の前でも、経験したことのないくらいにしっかりした、
確かに心臓の鼓動と連動して脈打ち、
湧き出す冷たく透きとおった泉の水を、
血液の循環に乗せて身体中に送り出すポンプ、
「覚悟の循環装置」が形成された、気がした。
「覚悟さえあれば…」という訳ではないけれど、
何しろ、その私の原動力は
たかだか「匹婦の勇」ひとつだったのだから、
これは大きな心頼みだった。
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