第19話

「師匠、…せっかくですけど、師匠達の到着待ってたら、私は良くても、その女の子が持たないでしょう。

私、これから一足お先に『雑木林』を捜索します。

先に言っときますけど、止めても無駄です。それこそ手元には得物もありますし」


「…おい、お前、何言って、…おい千歳、お前一人で『雑木林』へって…。

あ、…おい!……おい、祥太郎!?……おいおいおいおい…。

……千歳、お前、その…得物は何だ?……おう、そりゃ用意の良いこって…。

使い方、解るか?……何、買ってっからずっと、その…ポーチん中だぁ…?この…馬鹿野郎!取り敢えず今、実際に不具合なく使えるかどうか確認しろ!ついでに使い方もちゃんと浚っとけ!

後は?…ゴルフクラブか。それはアイアンだの、…要は先まで全部金属の奴だろうな?

……適当に抜いて来た?『弘法筆を選ばず』だ?何言ってやンだ、そらアお大師様なら筆ェ選ばねぇだろうが、少なくとも手前ェは高野のお山の開祖じャアねぇだろうが。得物の質くらい気にしろ!…「師匠のご要望とあれば一山の開祖にでも何でもなってみせる」だぁ?そういうことは先になってッから言え、この未熟者が!

千歳、お前がいくら元・『湊南の…』、…ああ、悪ィ。この二ツ名は禁句だったな…。

だがなぁ千歳、試合ならともかく、現実の戦さ場じゃァ、審判の『「待った」の笛』なんざ絶対に存在しねェからな。

よしんば手前ェの得物がお釈迦ンなったからって、相手は待っちゃあくんねぇぞ?むしろあっちに取っちゃあ好機だ。嵩に掛かって攻めてくる。いンや、…そもそも真っ当な立合いなンぞ願えるかどうかも判ンねェ。少なくとも、名乗りィ上げて尋常に勝負勝負ゥ、…なんてェ野郎じゃァ絶対に無ェだろうからな。

…分かってる?なら良いけどな…。

とにかく無茶だけは絶対にすンな。

得物が使い物にならなくなったり、相手が少しでも手に余るようになる前に、早いとこ表の道におン出て、周りの人間に助けを求めろ。そこ、確か住宅街のまん真ン中だろ?

良いか、千歳。いくらお前が女にしちゃ腕が立つとしてもだ。罷り間違っても、道場でも無ェ場所で、大の男ォ相手に、手前ェ一人で正面切ってどうにかしようなんて思うな。

お前の持ち味、身軽さと小回りの良さ、それにここぞの機動力で行け。もちろん頭も使えるだけ使え。小知恵悪知恵の類いだろうと構やしねェ、使えるだけの知恵は使い倒せ。何しろ相手は十八になるかならねェかの小娘引ッ攫って悪さしようてェ下司下郎だ、まかり間違っても妙な情けなンぞ掛けてやるな。…お前はその点、少なくとも祥太郎の奴よりゃまだ頭が柔らけェし、割に抜け目も無ェ。そこそこ弁も立つし、肝も据わってる。それにある意味、『例の』二ツ名じゃねェが、一旦敵に回した相手にゃ容赦のねェとこがあるから、そこだきゃァまず心配は無ェと思うがな…。

いいか、できる限り相手を引ッ張り回して、たとえ一分一秒でも可い、粘って時間を稼いで、援軍…俺等や警察の到着を待て。それか…出来ることなら、その娘ッ子ォ連れて、早々に周りの住人に助けを求めろ。

向こうは絶対に自分等のやらかしてることを知られたくなんぞないはずだ。何しろ、バレて捕まりでもすりゃ、特にこの御時世、色んな意味で一生罪状が付いて回ンのは避けらンねェからな。その娘ッ子だけじゃァねェ、当のお前をどうこうしてでも、外に知らせンのは阻んで来ンぞ。千歳、お前、…絶対に油断はするな。分かったな」

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