第5章 聞き込み捜査
結局、春樹たちはその場を去ったまま戻ってこなかった。そして、透たちもこれ以上居座り続けることは無駄だと感じ、微妙な空気のまま解散してしまった。
正直なところ、透は内心ほっとしていた。やはり自分にとっては、幽霊騒ぎだの何だのに巻き込まれるより、自室で一人ミステリを読んでいる方が気楽で安心だった。華もこれに懲りて、もう探偵団なんて言い出したりはしないだろう。そう思って透はいつも通り満足するまで推理小説を読み込んだ後、眠りについた。
翌朝、その予想は見事に裏切られた。華は―今朝はウサギの世話をする必要がなかったにもかかわらず―昨日よりもさらに30分早く森家を訪れて透を叩き起こし、透を引きずるようにして学校へと連れて行った。透としては何に対してもすぐに飽きがちな華が探偵団にここまでの執念を見せるだけでも意外だったが、学校に着いてさらに驚いたことには、大吾、優、翼もそれと前後して教室にやって来たことであった。どうやら華は、昨日のうちに三人にも電話をかけて始業前に集合するよう厳命していたらしい(ちなみに、透に関しては「言ったところでどうせ自分では来ないし、わざわざ電話するより直接家に迎えに行った方が早い」という理由で最初から言わなかったらしい)。華としては、昨日、下級生に散々馬鹿にされたことが相当悔しかったらしく(と言っても、ほとんど透たちが墓穴を掘った結果なのだが)、帰ってからもしばらく腹の虫が治まらなかったのだという。そして、自宅で一人悶々と考え続けている内に、名誉挽回のためには自分たちの手でお化け騒動を解決するしかないという考えに至った……ということらしかった。
「上等じゃないっ、こうなったら本物だろうと人間だろうと何が何でもあたしたちでお化けの正体を暴いてやるんだからっ」と息巻く華だが、対照的に他の面々との間には、沖縄と北海道並みの温度差があった。透もそうだが、おそらく他の三人も「華のことだからどうせすぐ諦めるだろう、それまで好きにさせておけばいい」くらいの気持ちで軽く見ていたに違いない。それまでほんの少しの間、辛抱すればいい――と。
結論から言えば、その見通しは間違っていた。確かに華は飽きやすい性格ではある。しかし、それ以上に諦めの悪い性格であった。人一倍負けん気が強い彼女にとって、昨日のやり取りはあまりにもプライドを傷つけられるものであったらしい。
その朝から探偵団は、始業前の時間と中休みを返上して学校中を歩き回る羽目になった。要するに、「聞き込み」だ。しかし、聞き始めはあまり芳しい成果を得ることができなかった。と言うのも、華と来たら率先して聞き手を買って出たにもかかわらず、廊下や校庭で見つける度に、一直線に向かって行って「お化けを見たことはないか」と誰から見ても異様な質問を(しかもすごみのある表情で)投げかけるのだから。当然というべきか、聞かれた方は怯えて足早にその場を去るばかりだった。
「もう、全く何なのよ。こっちはお化けを見たかどうか答えてくれさえしたらそれでいいのに、皆答えもしてくれないでこそこそ逃げちゃったりして。それとも何かあたしたちの聞き方が悪いのかしら、ねえ透、どう思う?」
「さあ、僕は別にあれでいいと思うけど」
皆が逃げ出す原因が自分だとは露ほども思わない華はブツブツと文句を言いつつも、一応といった体で透に意見を求めてくる。透は口では何でもないように装っているが、頭の中はいつも通り推理小説のことでいっぱいで、その実隣で華が喋っていることなどほとんど聞いていなかった。ただ考えているのは、今読んでいる推理小説の犯人が誰で、どんなトリックを用いて被害者を殺害したのかが8割、後の2割は幼なじみが一秒でも早くお化け騒動の追及を諦めてくれることを願う気持ちなのであった。しかし、そんな透の願いも空しく、
「ああもう! あったま来たわね! もういいわ、あたしは絶対にお化けの化けの皮を引っぺがしてやるわっ、皆、行くわよっ」
と、華は教室の前で一際大きな声を上げる。どうやら、調査の進展の無さは逆に華の負けん気を一層刺激してしまったらしい。後ろの席や廊下にいた何人かの同級生がビクッとすくみ上がったのが見えた。
透たちは暗澹とした気持ちで顔を見合わせた。助けを請うように周囲に目を向けても、誰もが関わりを避けるように視線をそらしてくる。まるで無人島に自分たちだけ取り残されたような気分だった。
「お化けの正体を暴く」とは言ったものの、華に確かなプランがあるわけではなかった。ただ、いつも通りの思いつきで口走ったに過ぎない。
それでも、華の中にはまだ事態を楽観的に捉えている節があった。学校中しらみつぶしに当たっていけば、誰か一人くらいはお化け騒動について知っている人に行き会うだろう、そう考えていた。だが、そこに優が待ったをかけた。
「華、さっきのやり方を見ててちょっと思ったんだけど、ああやって威圧的な態度で接するから駄目なんだと思うよ。もっとお化け騒動の内容とか場所を具体的に伝えれば、皆考えてくれるんじゃないかな。もしかしたら、誰か一人くらいはお化けのことを知ってる人がいるかもしれないよ」
そこで、昼休みからは優を中心として聞き込みを再開したところ、早くも成果が上がった。二番目に話を聞いた五年生の女子から「同級生にお化けを見たという子がいる」という情報を聞き出すことができたのである。その児童に話を聞くため、すぐに教室へと向かったのだが、そこでまた問題が起きた。
「あーっ、あんた!」教室から出てきた男子の顔を見た途端、華が目を剥いて素っ頓狂な声を上げ、真っ向から彼をにらみつける。一方、お化けの目撃者であるという気弱そうな眼鏡をかけた男子も、華の顔を一目見るや、その口から「ヒッ」と短い叫びを漏らす。彼は、中休みに華が声をかけるも、ほとんど話も聞かずにそそくさとその場を去って行った児童の一人だった。そのまま怯えた表情で教室の中に駆け込もうとする態度が余計に華の逆鱗に触れた。
「何よあんた、さっきはお化けなんてしらないとか言ってたくせに、今さらノコノコ出てくるなんてどういう神経してんのよっ!」
「おいよせ華っ、落ち着けったら」
男の子に怒りの言葉をぶつけながら猪のように突進していく華を、大吾が必死でなだめながら背後から羽交い締めにする。それでも華の怒りは収まらなかった。
「あんたが答えてくれなかったからあたしたち学校中を散々歩き回る羽目になったのよ! 先輩に無駄足踏ませといて今度は顔見るなりこそこそ逃げ出すなんてどういうつもりっ!」
と、「無駄足」の部分を強調し、鬼の形相でなおもまくしたてる。あまりの剣幕に周囲の教室から五年生たちが何事かと顔を覗かせる。それでも怒れる六年生に近づく勇気は誰もないらしく、皆が遠巻きに眺めるだけに留まった。男の子もこれ以上逃げても火に油を注ぐだけだと観念したらしい。震える声で、
「し、仕方なかったんだよ……あ、あのときはお化けの話を友達にしてたことなんて忘れてたし、それに」
と、そこで言葉を切ると、ごくりと唾を飲み込んで、
「い、言われたんだ、お、お化けに、話は誰にもするなって!」
と、耳を疑うような一言を発した。
「なっ……!」あまりの衝撃に、華も一瞬絶句する。大吾も驚いたらしく、華を抑える腕の力が一瞬緩んだ。その隙を逃さず、華は大吾の腕の中から飛び出すと、男の子に詰め寄った。
「ねえ、どういうこと! お化けに言われたって、何!? それってもしかして、お化けに脅されたっていうこと!?」
華に壁際まで追い詰められながらも、男の子は声を出さずにカクカクと頷く。
「さ、最初は僕も、皆に話してまわってたんだ。でも、お父さんもお母さんも、大人は皆信じてくれなかったから、友達の何人かにだけ話したんだよ。それなのに先週、一人で家にいたら急に電話がかかってきて……出たら『これ以上お化けの話をするな。もし話したら命の保証はないぞ』って、男の人の声が……」そこまで言うと、今になって恐怖がぶり返してきたのか、ぶるりと身震いする。
「明らかに脅しにきているな」翼が腕を組む。「そこまで来れば、立派な犯罪だ」
「ねえ、ところで」優が口を挟む。「君が『お化け』から電話を受けたとき、どこからかかってきたかは分かる? 電話番号とかは?」
その問いに対して、男の子は力なく首を振る。
「覚えてない。その後僕、怖くなってお母さんが買い物から帰ってくるまで部屋に閉じこもってたし、あれから何日も経ってるから、多分履歴も残ってない」
「その電話、急にかかってきたんだよね? その日か前の日にも、誰かにお化けの話はした?」
「うん。前の日にも、友達と二丁目のコンビニに行ったときに話したよ」
コンビニ。華の中で何かが閃いた。
「分かったぁ! そのコンビニに行けば何かがあるわ! 多分、ううん、絶対に! 皆、今日の放課後行くわよっ!」
そう高らかに宣言すると、男の子に礼を言うのも忘れてスキップするように廊下を駆け出していった。他の四人が慌てて後を追う。
「おい、待てよ華」前を行く華の背中に追いつきながら大吾が問いを発する。「そりゃ確かにそのコンビニに行けば何か分かるかもしれないけどよ、何でそんなに自信持って言い切れるんだ? ていうか、他に聞き込みはしなくていいのかよ?」
すると、華はくるりと振り返り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。そして、いかにも重大な秘密を打ち明けるように告げた。
「直感よ。あたしの直感がそう言ってるの。今日、二丁目のコンビニに行けば何かある、ってね」
だからこれ以上の聞き込みの必要もなし、と華は得意げに続ける。どうやら、大吾から呆れたような視線を向けられているのにも気付いていないらしい。昼休みの終了5分前を告げるチャイムがひどく間抜けなものに聞こえた。
時刻は午後4時半、昨日、初めてお化け騒動について聞いたときとほぼ同じ時刻になろうとしていた。
五月のこの時期、日はまだ高い。道行く人々の顔も心なしか明るく見える。それにもかかわらず、華の中には不満がくすぶっていた。
「……何でよ、もう。何もないじゃない」
せっかく、自分の直感を信じてこのコンビニに来たのだ。とはいえ、さすがに何の権限も持たない小学生が店の防犯カメラを見たりすることはできないし、何も買わずに店内をうろついているだけなのも怪しまれる。そこで、探偵団は二人と三人に別れて店の中と外から何か手がかりがないか「捜査」してみようということになった。現在は、透と優が店内を見て回り、残る三人で店の入り口や駐車場でそれとなく何か手がかりがないか見張っていた。そうした「捜査」を交代に30分近く続けているというのに、怪しい人物どころか、手がかりの一つも見つけることができない。しかし、他のメンバーにとっては驚く程のことでもないらしい。
「そりゃそうだろ、華。いくら何でも、一週間前にコンビニにいた奴が今日もいる保証なんてねえんだから」大吾がため息交じりにぼやけば、
「当然の結果だな。第一、直感を頼りに動く時点で論理的に間違っている」
と、翼も容赦なくダメ出しを入れてくる。
こうした仲間たちからの冷たい反応も、華にとっては不満だった。しかし、今一番華をイライラさせているのは、コンビニでの捜査が何の進展も見られないことでも、自分の直感が信用されていないことでもなかった。その一番のイライラは、今、優と何やら話しながらコンビニから出てきたところだった。その表情からは何を考えているのか全く読み取れず、優に何やら話しかけられても生返事しか返していないことがはっきりと分かる。ついに我慢の限界が来た華は、そこがコンビニの店先であることも忘れて「彼」に歩み寄った。
「透ぅ! 何なのよあんた、さっきから! やる気あんの!?」
「え?」
「え? じゃないでしょ! あんただけなのよ、何も自分で考えたりしてないのはっ! 大体機能だって、あんたがそんなだから、あの生意気な二年たちに……!」
「落ち着いて華、ここコンビニの前だから……」
「優は引っ込んでて! どう思ってんのよ透、あんたはいつもそうやって……」
「おいどけ。邪魔だ、ガキ共」突然、頭上から降ってきた低い声が華の言葉を遮った。三人はハッとして声のした方を見る。
スマホを片手に持った男が店の入り口に立ってこちらを睨み付けるように見下ろしていた。年齢は30歳前後、おそらく多くの人々がまだ仕事中であろうこの時間帯にコンビニに来ていることも不自然であったが、何よりも気になったのはその目つきだった。こちらに向けられたその目はどこか危険な光を帯びている。一度機嫌を損ねれば最後、犯罪も躊躇わず行いそうに見えた。
(何、この人の目)
怖い。華は瞬間的にそう感じた。
「ご、ごめんなさい。ほら透……あっ」優が慌てて透の腕を引っ張り道を空けようとしたが、腕を引っ張られた透がバランスをくずし、男にぶつかった。男が着ていた革ジャンのポケットから、何かがバラバラと落ちる。
「うわっ、す、すみません!」三人は慌てて地面に落ちたものを拾い上げる。男は大きな舌打ちをしながら差し出されたものをひったくると、「ウロチョロしてんじゃねえよ、ガキが」と吐き捨て、スマホを耳に当てながらその場を去る。通話の相手がすぐに出たらしく、そこから数歩も行かないうちにしゃべり出した。
「……ああ、さっきはすみません。ちょうどコンビニで買い物をしてたところでね、ええ。……はい、はい、今夜八時半にですね。分かりました。場所はいつもの所でいいんですか? ……ああ、今日はそっちですか。ええ、そこなんですがね、同じ二階でも角やどん詰まりよりあっちの方が意外と見えやすいってことに気付いたんですよ、ええ、ええ、はい……」悪態をついていた直前とは違ってやけに愛想、と言うよりも機嫌が良さそうな声で何事か話している。男は透たちには目もくれないまま、コンビニから遠ざかっていった。
「……何よあいつ、感じ悪い」男の背中が角を曲がって見えなくなると、華が不満げに呟いた。「せっかくあたしたちが拾ってあげたっていうのに、お礼の一つも言わないで。大体、あっちだって歩きスマホでもしてたんじゃないの?」
「仕方ないよ。元はと言えば、コンビニの前で立ち話してた僕たちが悪いんだし」苦笑しながらなだめる優の声も、今の華にとってはどこか気にくわない。華は男に対しする怒りのエネルギーもまとめて再度幼なじみに向き直った。
「と・に・か・く! 透、あんたがもっと何か言ってくれれば……」そこまで言ったところで、透の様子がおかしいことに気付く。「透? ……透!? どうしたの!?」
「……おかしい」まるで華の言葉が聞こえていないかのように呟く透。その表情は先ほどまでの無気力なものとは全く違っている。
「おかしいって、何がだよ? あのおっさんか?」いつの間にか翼と共に側に来ていた大吾が尋ねる。透はその問いに答える。
「あの人のポケットの中身だよ。ライターはあったのにタバコはなかった。タバコを吸わないのにライターだけ持ってるって変じゃないかな?」
「それだけか? それだけだと根拠として弱すぎるだろう」翼がチェックを入れる。
「第一、あの男が喫煙者でないとなぜ言い切れる? ただタバコをきらしていただけかもしれないだろう」
翼の指摘はもっともだ、華もそう思った。しかし、透はそれに対してかぶりを振った。
「あの人、近くでも全然タバコの匂いがしなかったよ。でもライターのオイルは多分半分以上減ってた。それに、タバコをきらしてたならここで買えるはずだろ? タバコとライターを別々のポケットに入れてるとも考えにくいし、あの人がライターを持ってるのには多分、タバコを吸う以外の目的があると思うんだ」
華は信じられないという思いで幼なじみを見つめた。この一瞬でそこまで推理するとは。やはり、スイッチが入ったときの透は尋常ではない。翼も納得したように頷く。
「分かった。しかし、その目的とは何だ? 今私たちが追っているお化け騒動と何か関係があるのか?」
そのとき、またしても華の頭の中を電流が駆け巡った。
「分かったぁ! タバコは吸わないのにライターだけ持っている男……ライターと言えば火、火と言えば鬼火! つまり、あの男こそがお化け騒動の犯人なのよっ! あたしの直感がそう言ってるわ!」
またしても直感で推理を披露する華。しかし、それに同意を示したのは意外にも透だった。
「確かに……鬼火だけじゃはっきりそうとは言えないけど、あの男、調べてみる価値はあるかもね」
「そうよ、絶対そうよ!」華はすっかり興奮している。最前までやる気の見られない幼なじみに抱いていた不満は綺麗に消え去っていた。しかし、そこで華は重要なことに気付く。
「待って。ってことは、あの男、今夜また騒ぎを起こそうとしてるんじゃないの? さっき電話で『今夜八時半』とか、『いつもの所』とか言ってたのも、その打ち合わせなんじゃ……だったら、そこを現行犯で抑えてやれば、一気に事件は解決ねっ!」
「でも、その場所ってどこなの?」優がもっともな疑問を
「さっきの電話だけだったら、手がかりはほとんどないよ。こんな曖昧な情報だけだったら警察も動いてくれないだろうし、8時半までに怪しそうな場所を全部見つけ出すなんて五人じゃ絶対に無理だし……」
「多分だけど、場所も分かるよ」何と、口を開いたのはまたしても透だった。
「ええっ!」まさかの宣言に、翼以外の三人は一斉に驚きの声を上げる。
「ほ、本当なの、透? あの話だけで本当に場所が分かっちゃうの?」うわずった声で尋ねる華に対し、透は「まだ確信はないけどね」と前置きした上で、四人を眺めわたした。
「早速なんだけど皆、昨日二年の子たちが言ってたことと、今日五年の子から聞いた話、できるだけ詳しく思い出せる?」
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