第4章 お化け騒動

 探偵団は交番裏手の広場に場所を移して下級生たちからさらに詳しい話を聞くことにした。二年生だという彼らの話によると、学校に来なくなった彼らの同級生である少年が「お化け」を目撃したのは十日ほど前の晩だったという。

 その晩、学校から歩いて十分の距離に住んでいるというその少年は夕食を済ませた後、二階の自室に上がって明日の学校の準備をしていた。その時、窓の向こうに、青白い「何か」が向かいの空き家の中で動いているのが見えたのだという。

「青白い? じゃあそれって『お化け』って言うより……」優の言葉に、先程から四人の中心になって話しているリーダー格の男の子――名前は黄川きかわ春樹はるきだと先ほど教えてもらった――が「うん」と頷く。

「最初に兄ちゃんに話したときにも言われた。それは『おにび』だって。それに、誰かが火遊びしてたとかじゃないみたいだよ。だって友達が見た鬼火は、生きているみたいにフワフワ動き回ってたんだってさ」そう言って締めくくると同時に春樹が少し身震いして見えたのは、透の気のせいだろうか。

「鬼火……」その言葉をかみしめるように優が小さく呟く。その横では翼が「やはりな」と得心したような顔をしている。

「『お化け』の正体が鬼火だったとしたら納得がいく。鬼火の正体についてなら科学の発達した現代ではいくらでも説明がつくからな。死体に含まれるリンやメタンが発行しているという説が有名だが、その他にも放電によるプラズマ現象だとする説も……」

「違うんだって」しかし、春樹は首を振ってそれを否定した。

「違う?」年下に自分の考えを否定されたのが気にくわなかったのか、翼が不満げに眉根をよせる。「違うとはどういうことだ。まさか鬼火の他にも怪奇現象が起こったなどと言うのではないだろうな」と、挑みかかるように尋ねる。

 まさか、そんなことはないだろう――透はそう高をくくっていた。他の面々も同じだったはずだ。だが――予想に反して春樹は頷いた。

「ええっ? 鬼火以外にもお化けが出たって言うの?」華が素っ頓狂な声を出す。

「そうだよ」春樹はこともなげに再度頷く。「そもそも鬼火だけなんだったら最初から『お化け』じゃなくて『鬼火』って言うじゃん。お姉さんたち、『探偵』なのにそんなことも分かんないの?」

 先ほどからの対応で透たちに見切りをつけたのか、はたまたナメても構わない相手だと判断したのか、交番の前で話しかけてきたときと比べて態度がかなり尊大になっている。もちろん、こんな態度を取られて華が黙っているわけがない。

「何よ、黙って聞いてたら好き放題に言って! 上級生に向かってなんて態度取るのよっ!」と、それこそ下級生に対するものではない剣幕でくってかかるのを大吾が慌てて止めに入る。

「おい、落ち着け華、そりゃこんな反応されたってしゃあねえだろ。実際に俺たち何もできてねえんだから。こういうときは優しく聞く方が上手くいくんだよ」と暴れ馬よろしくいきり立つ華を何とかなだめると、「で、他には何があったって言うんだよ? そら、吐いちまえ、楽になるぜ?」と、こちらはこちらでとても優しいとは言えない顔と声音で二年生の四人に詰め寄る。明らかに刑事ドラマの取調室で演じられるシーンを意識しているのが見え見えである(というか、これでは犯人扱いだ)。下級生たちも、呆れを通り越してむしろシラけた表情をしている。先ほどから信頼度が下がり続けているのは疑う余地もない。

「え、えっとね」もはや他の面々には任せておけないと感じたのか、優が何とか引き留めようと二人と二年生の間に入り込み、必死で笑顔を取り繕う。

「鬼火だけじゃないって、他には何があったのかな? もう馬鹿にしたりしないから、もっと詳しく教えてくれないかな?」と、拝むようにして尋ねる。

 すると、そんな優の態度にほだされたのか、「あのね」とそれまでほとんど発言していなかった片方の女の子がおずおずと口を開いた。他の三人より頭一つ分背の高い――それでも六年生の透たちに比べれば十分小柄な女の子だ。優はその女の子に目線を合わせるようにしながら「君、名前は?」と問う。

千夏ちなつ小金井こがねい千夏」と女の子は名乗ると、さらなるお化け騒動について思わず耳を疑うような事実を語り出した。

「実はね、私も見たの、お化け。しかも、友達が言ったような鬼火じゃなくて、ぼんやりした人影が動いてるのを」

「ええっ!」翼以外の四人の声が重なる。だとしたら話は全く変わってくる。

「ねえ、そ、それってどこで? あなたが人影を見たのって、その友達が鬼火を見たのと同じ場所なの?」華が勢い込んで千夏に尋ねる。その圧に少女は少し気圧されながらも、記憶を一つ一つ辿るようにしながら教えてくれた。

「ええとね、先月の終わりくらいに。その日、お父さんが帰る頃にすごい雨が降ってて……お父さん、傘を忘れて仕事に行っちゃったからお母さんと一緒に駅まで迎えに行ったの。それで家の近くまで来たときには結構暗くなってて、お父さんが何度も足下に気を付けろって言ってくれたから覚えてる。それから友達が鬼火を見たって言ってた場所の近くまで来たときにね……」

「み、見たのね、ゆ、幽霊っ! と、友達が鬼火を見たのと同じ場所でっ!」華がその言葉を途中で遮る。千夏との距離を一気に詰め、今にもつかみかからんばかりだ。それに対して千夏は怯えたように後ずさると、小さく首を横に振り、華の間違いを訂正した。

「ううん、鬼火とは別の場所……だけど、そのすぐ近くだと思う。多分鬼火の家の隣か、そのもう一つ隣だったと思う」

 随分と曖昧な答えだ、透はぼんやりとそう思った。華も同様の感想を抱いたらしく、さらに一歩踏み込んで質問を重ねる。

「はっきりしないわね、正確な場所は分かんないの?」

「待て、その前にこいつが見た人影とやらの詳細を聞くのが先だろう」そこに割って入ったのは翼だった。

「もしかしたら例の鬼火がそうではなくても、その幽霊は誰かがいたずら目的で空き家に忍び込んでいたのかもしれん。もしくは、その家は解体されることが決まって業者か作業員が中を見て回っていただけとも考えられる。いずれにせよ、外から空き家の中に不審な人影が見えたからといって、なんでもかんでもオカルトに結びつける姿勢は間違っている」

「出たわよ、翼の『間違っている』が。でも、翼の言うことも分かるのよねえ。どう、千夏、その人影って格好はどんな感じだったの? 何かこう、一目で『幽霊だー』って思うような服でもしてたの? 例えば白装束とか」華の矢継ぎ早の問いに、千夏は戸惑ったように目を白黒させる。

「……し、しろしょうぞく、って……?」

 どうやら、「白装束」の意味が分からないらしい。そこに優が助け船を出す。

「白装束っていうのは、まあ真っ白な着物みたいな服のことだよ。お葬式とかで亡くなった人に着せてる服、見たことないかな? ほら、幽霊の絵でもそんな格好をしてるのが多いと思うんだけど」

 と、具体的な説明を受けて千夏もようやく「白装束」がどのようなものか理解したらしい。納得したような顔をして、「うん」と頷いた。

「すぐ目をそらしちゃったから一瞬しか見えてないけど、そんな格好してたと思う。白い着物みたいな服着て、あと、おでこにも白い布を巻いてた気がする」

「おいおい、マジかよ」大吾が呆れたように呟く。「そんな服装してたら、幽霊のテンプレじゃねえか」

「全くだね」優も同意する。「これじゃまるで、『幽霊です』って自分から言って回ってるようなものだよ」

「っていうことは」華が続く。「誰か人間が幽霊のふりしてるってこと? 何のために?」

「さあな。だが、空き家で偽の幽霊騒ぎなど起こして何になる。ただの愉快犯にしては手が込み過ぎている気もするが」翼も少し興味が湧いてきたのか、珍しく考える様子を見せる。

「ねえ」その時、春樹以外のもう一人の男の子が突如声を出した。まだ五月だというのに全身真っ黒に日焼けした、いかにもスポーツ少年といった風貌の少年だ。「ちょっと聞いていい?」

「うん? どうした? 他に気付いたことでもあんのか?」大吾が身を乗り出す。それに対して、男の子は首を振った。

「違うよ。さっきからお兄さんたちすごく盛り上がってるけどさ、そのお兄さんだけ、何も言ってないじゃん」と不満げな様子で、透を指さす。

「そうよ」四人組の内残る一人、少し太めの女の子も同意した。「お兄さんだけずっと黙りこくってるし、私たちの話に何も反応してくれてないし、何考えてるか分かんない。なんか怖いよ、この人」そう言って透に不審げな目を向けている。

「――え?」場違いなほど間の抜けた声が透の口から漏れた。状況がよく飲み込めないらしく、うろたえがちに周囲を見回す。一同の視線が自分に集中しているのを見て、ようやく今話題になったのが自分だと自覚したらしい。「僕?」しかし、自分を指さしてそう尋ねる姿は、自身に非があるとは微塵も思っていない様子だった。

「そうだよ。」先ほどの日焼けした男の子がさらに追い打ちをかける。「さっきその小さいお兄さん」と優を指さし、「交番の前でこのお兄さんに質問してたよね。それに『名探偵』だって。でも、お兄さん全然真面目に答えてくれなかったし、今だって黙ってるけど何か考えてるわけでもないじゃん。ねえ、このお兄さんホントに『名探偵』なの?」と一番近くにいた華に問いかけてくる。

「え? ええと、ああ、うん、そうねえ……」問い詰められた華は最前までの勢いは一転、しきりに目を泳がせている。必死に平静を装おうとしているが、かなり焦っているのは誰の目にも明らかだった。

 その時、リーダー格の春樹がずいと前に進み出た。

めなよ、秋彦あきひこ美冬みふゆも。この人たちに頼るのはもう止めようよ」

「でも、春樹」

「もういいって。このお兄さんたちに話したって、何も解決しないじゃん。この人たち、自分で『名探偵』だなんて言ってるだけで、ホントは全然事件を解決する力なんてないんだ。ニセモノなんだよ」

「い、いやいや、ね、ちょっと、待ってってば、ね、落ち着いて、こ、この子が名探偵じゃないなんて、ぜ、全然そんなことないんだからっ! だから、ほら、一回落ち着こ、ね、ほら!」華はなおも食い下がろうとしたが、先ほどよりもさらに激しく動揺している。顔に「図星」と書いてあるのがありありと見て取れた。「落ち着け」と言っているがその割には彼女の方が落ち着いておらず、視線は頼りなく宙を彷徨い、語尾も明らかに震えていた。

「えっと、ちょっといいかな?」このまま華に話し続けさせていればボロが出るのも時間の問題だと思ったのか、再び優が前に出てきて話し出す。と思えば、

「今聞いてて思ったんだけど、君たち秋彦と美冬って言うの?」

 と、今までと全く関係のない話題を持ち出す。どういうつもりなのか、透が優の真意を測りかねていると、意外にも二人はその話に食いついてきた。

「うん、そうだよ。俺、仮屋かりや秋彦って言うんだ」日焼けした男の子がフルネームを名乗ると、

「私、箕面みのお美冬」小太りの女の子も後に続く。それを聞いて優は頷くと、次は残る二人に視線を移して問いを続ける。

「で、君が……」

「小金井千夏」

「うん、確かそうだったよね。で、君が春樹君。名字は黄川だったっけ?」

「うん」と春樹は頷く。心なしか、先ほどと比べて幾分態度が和らいだように見える。他の三人にも同じ変化が見られた。

「へえ」と優は興味深そうな様子を見せる。「ってことは、もしかして……」

「そうだよ。名前の漢字見てみる?」と言うやいなや、二年生たちは一斉にランドセルを開き、次々にノートや教科書を取り出す。その表紙や裏表紙に書かれた名前を探偵団はのぞき込んだ。途端、皆の口から感心したような息が漏れる。

「へえっ、こんなことあるのねぇ」「面白いじゃねえか」「前野、よく気付いたな」華、大吾、翼が口々にそう感想を述べる中、「すごいっ、これすごすぎるよっ」と一際弾んだ声を響かせたのは透だった。これまでとは打って変わり、驚きと興奮に目を輝かせている。その姿は、さながら幼い子供が初めて目にしたおもちゃに心を奪われて見入る様に似ていた。

「気付いた? 僕たち四人の同じとこ」春樹が得意げな表情をして胸を反らせる。気付いてもらえたことがよほど嬉しかったのか、先ほどまで透たちに抱いていた不信感は幾分か和らいだようだ。

「気付いた気付いた! これってすごい奇跡じゃない?」透もまだ興奮冷めやらぬといった様子で答える。「いやあ、こんな偶然ってあるんだねぇ。本当にすごいよ。まさか四人の名前を合わせると『黄金仮面』になるなんて。こんなとこで『黄金仮面』って言葉を聞くことができるなんて……」と続けかけたところで、透は周りに流れる妙な空気にようやく気付いた。誰もが冷たい目で自分を見ている。どうしてだろう。自分は何かおかしいことを口走ったのだろうか。戸惑いのあまり透が固まっていると、春樹が先ほどまでと同じ、いや、それ以上に冷たい声音で話しかけてきた。

「さっきから何言ってんの、お兄さん? 僕たちが言いたいのって、そんなことじゃないんだけど」

「えっ? で、でも」思わず声が裏返る。透は四人の名前を順に指さして言った。

「何言ってんのって、ほら、黄川の『黄』、小金井の『金』、仮屋の『仮』、箕面の『面』を合わせたら『黄金仮面』になるじゃないか! 江戸川乱歩の有名な小説だよ! 皆そのことを話してたんじゃないの?」同意を求めるように皆を見回すが、帰ってきたのはより一層の沈黙だった。電車の発車する音、商店街を行き交う人々の賑わいがどこか遠く聞こえる。やがて華が心底呆れたと言わんばかりの声を出した。

「あんた、本気で言ってんの? この子たちの名前から思いつくのが『黄金仮面』? 何それ、違うわよ。シンプルに考えて分かんない? この子たち、皆名前にが入ってるじゃない!」

「え?」透は面食らって四人の名前をもう一度見つめる。ややあって「……ああ」と放心したような息が漏れる。「そうか、季節か。確かに、人によってはそういう見方もできるかも……」

「『人によっては』って、そんな見方すんのはあんただけでしょーが!」思わず華が声を荒らげる。全てを推理小説に結びつける幼なじみにほとほと呆れ果てたといった様子だ。

「だって、そうとしか思えなかったんだから……」と、透も戸惑いがちに口ごもる。その姿に華がもう一言言おうとしたとき、二人に誰かが「おい」と声をかける。見ると、翼が横目で何かを指さしながら警告してきた。

「止めなくてもいいのか。あいつらが帰ってしまうぞ」

「あいつら?」首をかしげながら翼の指す方に視線を向けた二人が見たものは、今度こそ一言も発さずに帰って行く二年生四人組の姿であった……。

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