第3章 事件はどこに

 こうして、無事(?)メンバーは出揃った。そして、横川小学校6年2組の五人は難事件を解決するべく颯爽と町へ繰り出していく――とはならなかった。


 彼らが探偵団として活動するには二つの問題があった。一つ目は、リーダー―透によると、江戸川乱歩の小説に出てくる「本家」に則れば「団長」―をどうするかという点であった。とにもかくにも、仮にも「団」を名乗るのであればリーダー格が必要だと誰かが言い出し、まずはそれを決めようということになったのだが……誰もやりたがらない、というのが現実だった。


「ねえ、やっぱり透がやってよ、今朝もさっきもビシッと名推理を決めてくれたんだし」「嫌だよ、こういうのは大吾みたいに普段からバスケとかで指示し慣れてる方が向いてるよ」「何でだよ、言い出しっぺは華なんだからお前がやるべきじゃないのか」「えー、あたしがリーダーだと決まるものも決まらなくなるかもしれないから……あ、そうだ、あえてギャップ萌えを狙ってみるってのはどう? 優なら皆をうまい具合にまとめられるかもしれないし」「ギャップ萌えって何? さすがにそんなことまで引き受けたくないんだけど」「ここは一番頭のいい翼に任せたら?」「どうして私がそんな面倒なことまでしなければならない。断る」「じゃあ翼は誰がいいと思うんだよ」「言い出したのは森と弓長なんだろう。ならばお前たちのどちらかがやるべきだ」「だったらやっぱり華だよ。全部華が言い始めたことなんだから」「だーかーらー、あたしには無理だって……」


 こんな押し問答が十分以上も続いた後、「今決めなくていいんじゃないか」という意見が誰からともなく出たため、リーダーについては一旦保留となった。そこで、とりあえず何か探偵らしいことをしようということになったのだが、ここに来て二つ目の問題が起こった。今になって透がやりたくないと言い出したのだ。これに一番慌てたのは華であった。


「ちょっと待ってよ、何でそんなことになっちゃうわけ?」と、あたふたしながら幼なじみを必死に引き留めようとするが、既に透の目からは先程の名推理を披露したときの光は失われていた。再び普段通りの推理小説以外に興味を示さない少年に逆戻りした透は自分を椅子に押さえつけんばかりにして止めようとする華に対し、面倒くさげに答える。


「だから、僕はあんまりやりたくないんだって。それよりも本を読んでる方がいいんだよ。今朝は華のせいで1ページも読めなかったからさっさと帰りたいのに……。昨日の晩から『本陣殺人事件』を読み始めたけど、まだ10ページも読んでないんだから。それが終わったら今度は『牧師館の殺人』も読まなきゃ……」


「あんた、名探偵になりたいんじゃないのっ!」とうとう我慢できずに華の怒りが爆発する。理由としては、口先だけで「名探偵になりたい」とばかり言っていて自分では何一つ動こうとしない透に対してのイライラが頂点に達したのが半分、10年近くに及ぶこの幼なじみとの付き合いの中でもダントツに短い時間で「殺人」という単語を連発されて(今朝の『D坂の殺人事件』と合わせたら三度目である)段々気分が悪くなってきたのがもう半分、といった所である。だが、今は一つ目の理由の方が重要であった。華は透の肩を揺さぶりながら再度同じセリフを繰り返した。


「『名探偵になりたい』って本気で思うんだったらちょっとは行動しなさいっ! 本だけ読んでりゃ名探偵になれるってわけじゃないのよ! 大体あんたはいつもいつも本ばっかり読んでちっとも人の話をまともに聞きやしないんだから……」


「いや、だから僕は……」


「口答えするなっ! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行くわよっ」


「行くってどこに……」


「はいはい、そこまで」その場を収めたのは、やはりと言うべきか優であった。いつもと変わらない笑顔を浮かべ、二人の間に割って入るようにしながら、


「とりあえず落ち着いて、華。透も、本を読みたいのは分かるけど、本当に名探偵になりたいんだったらも必要なんじゃないかな。さっきみたいに透には推理力があるみたいだからさ、一旦読書は置いといて、まずは周りに探偵団僕らがが役に立てそうな『事件』がないか見て回ろうと思うんだけど、どうかな?」


 と、皆を見回す。それを受けて、


「うん、いいんじゃねぇか。ここでうだうだ話してたって埒が明かねーんだし、いっぺん何か事件がないか探してみるのもありだと思うぜ」


「同感だな。本ばかり読みふけっているのも何も考えず闇雲に動き回るのもどちらも時間の無駄だ。何かしらの目的を持って動いた方が多少は効率的だ」


 と、大吾と翼がそれぞれ同意する。


「だってさ。二人はどう?」


 と優に聞かれて、さすがの透も、


「分かったよ。そこまで言うんだったら……」


 と、渋々重い腰を上げざるを得なかった。


「よーし、じゃあ決まった! 早速事件を探しに行くぞっ」


 と大吾が意気揚々と声を上げ、先陣を切って教室を出て行く。ただ一人、華が


「あたしも同じことを言ってたんだけどぉ……」


 と、不満げな声を発した。



 しかし、彼らはまたしても壁にぶつかった。教室を出たところで時間は既に放課後、大半の児童が下校してしまっており、廊下にも他の教室にも人影は全くと言っていいほど見えず、事件のネタになりそうな情報をもたらしてくれる人物はいそうにもなかった。それでも諦めずに校舎内を探して回ろうとしたはいいものの、5分もしない内にたまたま出くわした先生から


「さっさと帰れ」


 と、話をする間もなくせき立てられるように校門から出されてしまった。仕方なく五人は校門を出て帰るともなく駅の方へと向かう。透の家は駅とは反対方向にあるのだが、今さら帰るとは言えなかった。


「何なのよ、もう。顔見るなり帰れ帰れって」「ちぇっ、とんだ無駄足だぜ」


 にべもなく追い返されて華と大吾は不満タラタラだが、一方で優はそれほど気にはしていないらしい。


「うーん、予想はしてたけどやっぱり遅すぎたか。まあ、そう都合良く事件に出会えるわけないよね」


 と、特に怒ったり悔しがっている様子はない。


「何よ優、あんた上手くいかないかもって最初から思ってたんなら先に言いなさいよ、これじゃあたしたち無駄に学校中歩き回って先生に怒られただけじゃない」と怒る華を優は「まあまあ」と変わらず笑顔で押しとどめ、


「そりゃ速攻で見つかるなんて思ってないよ。現実の探偵や刑事さんもこうやって地道に情報を集めて回ってるんだから。でも、手っ取り早くネタになりそうなのを見つけたいなら、あそこはどう?」


 と言って踏切を渡ってすぐの所に見えてきた建物を指さす。それを見て大吾がああ、と納得した声を出した。


「交番か」


 その交番は駅の学校に近い側、すなわち上り線の改札のすぐ隣に位置していた。改札のすぐそばからは商店街のアーケードが線路と垂直に伸びており、平日の夕方らしく買い物客や帰宅途中らしき学生の一団がある者は一人で店頭を見て回り、ある者は談笑しながら自転車を押していた。他にも、透たちと同じくらいの小学生らしき姿もちらほら見える。都会の人間からすれば意外な光景に見えるかもしれないが、一番近いショッピングモールやゲームセンターですら電車や車を使わなければならないほど遠くにあるここ横川町の住人にとっては、この商店街とその付近が主な買い物や遊びの場なのであった。


 今も、交番の前には一人の制服警官が立って道行く人、特に子供たちににこやかな笑顔で挨拶をしていた。年齢は五十歳前後、制帽の下からわずかに見える髪には所々白い物が混じっているが、よく日焼けした肌、服を着ていても一目で分かる引き締まった身体からは、まさに「町のお巡りさん」という印象を受ける。その警察官を見て優は「いたいた、よかった」と満足そうに頷くと、


「とりあえず、あの人に聞いて見ようよ。何か面白そうな話を知ってるかもよ」

 と言ってすたすたと交番の方へ歩いて行く。その背中に向かって翼が「待て」と声をかけた。


「初対面の小学生に事件はないかなんて聞かれて素直に教える警察官がどこにいる。胡散臭がられて終わりだぞ。前野、お前ならそのくらいは分かっているだろうに、どうしてそんな馬鹿なことをする?」


 身も蓋もない言い方だが、翼の指摘は当然だ。しかし、それに対して優はかぶりを振った。


「大丈夫だよ。実は僕、あのお巡りさんのことよく知ってるんだ。前に上の姉ちゃんが帰ってくるなり『財布がないー』って騒いだことがあってさ……」優によれば、財布が届いていないか家族でこの交番に確認に行ったとき、応対してくれたのがあの警察官なのだという。優には高校生と中学生の姉がおり、「上の姉ちゃん」とは高校生の姉の方を指すのだが、警察官はパニック状態の姉の話を親身になって聞いてくれたらしい。


「結局、財布は姉ちゃんが学校に置き忘れたことが次の日に分かって……その日の内に交番に誤りに行ったんだけど、そのときもお巡りさんは笑って『盗られたんじゃなくて良かった』って言ってくれたんだ。そういう所のある人だから、多分話くらいは聞いてくれると思うんだ」そう言って優はためらいなく警察官に近づくと、「すいませーん、水島みずしまさーん」と声をかけた。


「ん? ああ、前野さん家の息子さんか。どうしたんだい、また何か落としたのかな?」水島と呼ばれた警察官は優に気付くと、優しげな眼差しで声をかけた。なるほど確かに近くで話してみれば、屈強そうな見た目とは裏腹に穏やかな目をしているし、話し方にも嫌みとか蔑みといったものは見られない。この人ならどんな話でも笑ったりせずに最後まで真剣に耳を傾けてくれそうだ。


「違いますよ。実は……」優は苦笑しながら先程までのことについて話した。思った通り、水島さんは途中口を挟まずに最後まで話を聞いた後、感心したような顔をした。


「なるほどねえ、探偵団か。探偵団というと、あれかい、『名探偵コナン』に出てくる……」


「違いますっ!」大声で訂正したのはそれまでずっと黙りこくっていた透だった。そのままの勢いで


「少年探偵団の歴史は『コナン』よりもっと古いです。元々は江戸川乱歩の『怪人二十面相』の中で明智小五郎が行方不明の中、羽柴はしば壮二そうじ君の提案で小林こばやし少年を団長として結成されて……」


「黙って透、もう止めて、恥ずかしいから」嬉々として話し続ける透を華が無理矢理口を塞いで黙らせる。その横では大吾が「また始まった」と言わんばかりのあきれ顔をしていた。翼はと言えば、我関せずといった様子でそっぽを向いていた。


「ははは、それは失礼。不勉強だったね」それにもかかわらず、水島さんは笑って謝罪の言葉を口にした。普通なら、小説のうんちくなどに不勉強も何もないが、このように子供の話でも馬鹿にすることなく真剣に聞いてくれるという点で他の大人とは違っている。透も華も、この警察官にますます好感を持った。水島さんもそんな二人の期待に応えるようにしばらく考えていたが、やがて、


「うーん、残念だけど、うちでも役に立てることはないかなあ。事件、ねえ……」


 と、心から申し訳なさそうに言った。


「ホントに? 怪盗から予告状があったとか、百人殺した凶悪犯が街に逃げ込んだとか、そういう話はないの、おじさん!」それでも諦めきれないのか、勢い込んで聞く華に、


「馬鹿を言うな、弓長。そんな大量殺人鬼がこの小さな街に潜んでいたら、学校はとっくに休みになって街中パトカーが走り回っているだろう」


 と、翼がもっともなツッコミを入れる。


「そうだよ、華……それと、初対面の人にいきなり『おじさん』は失礼すぎるよ……」


 優も心配そうに指摘するが、当の水島さんは


「構わないよ、実際いい年のおじさんなんだから」とそれすらも気にしていない様子。ともかく、警察の方でも探偵団の力になれることはないらしい。


「何よ、結局お巡りさんに聞いたって何も出てこないじゃない。もうどうすればいいのよ~」度重なる無駄足に、華はすっかり諦めモードに突入していた。


「仕方ないよ、これもダメ元だったんだもの。すみません水島さん、ありがとうございました」と優が言って交番を辞そうとした時、


「あるよ、『事件』」出し抜けに背後で声がした。皆が振り向くと、そこには男の子と女の子が二人ずつ立っていた。ランドセルは背負っていないが、見たところ四人とも1,2年生のようだ。どうやら声を発したのは右から二番目の男の子らしい。身長は他の三人と大して変わらず、身につけているものもTシャツに半ズボンと至って普通の服装だが、身にまとう雰囲気からすると、この子が四人のリーダー格のようだ。男の子が年相応のあどけない口調で続ける。


「お兄さんたち、『たんてい』なんでしょ? だったら僕たちの友達を助けてよ。友達が……」


「来たあああぁぁぁ! これよこれ! こういうのこそを事件って言うのよっ! で、何、何? どんな事件を解決して欲しいの?」待ってましたとばかりに華が男の子に詰め寄る。いきなり6年生に詰め寄られて子供たちは一様に怯えた表情を見せる。慌てて大吾が華を低学年から引き離す。


「止めろ華、こいつらビビってるだろ。今から言おうとしてくれてるんだから、落ち着いて話を聞いてやれよ。で、何が起こったんだ?」


「うん」華から解放されてほっとした様子で男の子は話を続ける。


「何日か前に、友達が『お化け』を見たって言うんだ。それでその友達、怖がって学校に来なくなっちゃったんだよ。他にも見たって子が何人かいて、それでお巡りさんにお化けを退治してもらおうとしたんだけど……」


「馬鹿なことを言うな。お化けなど非科学的なものは存在しない。お前たちは小学生にもなってまだそんなものを信じているのか」案の定と言うべきか、真っ先に否定の声を上げたのは翼だった。さすがにひどいと思ったのか、優がたしなめる。


「翼、この子たちまだ1年生か2年生だよ。まだこの歳だったらお化けとかそういうのを信じててもおかしくないよ。まずは話を聞いてから判断してあげなよ。ところで」と優は先ほどから黙っている『名探偵』に視線を向け、


「透はどう思う? お化けに関係するトリックとかに覚えはない? でっちとか嘘とかじゃなくても見間違えとかでさ」と問う。だが、当の透はそこまで乗り気ではないらしい。


「うーん、聞いたことないよ。やっぱり翼の言うとおりお化けなんていないんじゃな

いかな」


 と、ほとんど考えてないような顔で即答する。


「ちょっと、透、もう少し真剣に考えてあげなさいよ! 翼もそうまともに話も聞かないうちから否定して、この子たち困ってるじゃない」華が思わず二人にくってかかる。一方、低学年たちは「探偵」たちのあまりにも冷たい反応に落胆したのか、その顔には失望の色がありありと浮かんでいた。


「何だよ、結局大人と言ってること一緒じゃんか」「コナン君みたいな名探偵なんて、本当はいないんだ」などと言いながらきびすを返して去ろうとしたところを華が


「待って!」と引き留めようとする。そのまま四人の前に回り込むと、


「ね、ね、ちょっと待ってってば、もう少しだけでいいから話を聞かせてよ。大丈夫、あたしたちなら多分、ううん、絶対に解決してあげるからさ、え、何で言いきれるのかって? そりゃまあ、勘よ勘!」とかなり強引に縋る。それでもなお迷惑そうな子供たちだったが、そこに優が名前の通り優しく声をかける。


「華、あ、このお姉ちゃんの名前なんだけど、華もこう言ってるわけだから、ちょっとだけでも話を聞かせてくれないかな? もしかしたら、僕らでも話を聞いたら何か分かるかもしれないからさ」


 その言葉で、四人の児童はようやく渋々といった様子でお化け騒動のいきさつを話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る