第2章 四人の仲間たち

「どうして、こんなことに……」

 その日の放課後。透は目の前の光景を見つめて、誰にも聞こえないような声で小さくうめいた。正直なところ、今にも逃げ出したい気分だ。まさか華がこんな手段を取るとはさすがに思ってもいなかった。だが、後悔してももう遅い。

(華のやつ)

「あたしに任せて」と言って華が取った手段、それはクラスメートたちに「一緒に探偵をやろう」と片っ端から声をかけていく、というものだった。おかげで、噂はあっという間に広まった。何しろ華ときたら、休み時間が来る度に近くのクラスメートを捕まえては、

「ねえねえ、あたしと透と一緒に『探偵』やってみない?」

「え、探偵って何するのかって? うーん、分かんないけどとにかくやってみましょうよ!」

「ちょっと、何で無視すんのよ! 一回話を聞きなさいって、おーい!」

という風に誰彼構わず声をかけて回ったのだから。ついには他のクラスにまで飛び出していこうとしたので、慌てて止めなければならなかった。

 おかげでこっちも散々恥ずかしい思いをするはめになった。透には今まで全くそのような自覚はなかったのだが、どうやら自分は普段から推理小説ばかり読み、探偵の話しかしないという点で、学年中から少し、いや、かなり変わったヤツであると思われているらしい。透は一日中自分に好奇の目線が向いているような気がして落ち着かず、おかげで全く集中することができなかった。もちろん授業にではなく、今読みかけの推理小説についてである。

 そもそも、このように急で雑なやり方で「探偵仲間」が集まるはずもない。まあ二、三日もすれば華も諦めるか飽きるかして止めてくれるだろう。そう思って透も高をくくっていたのだが――。

 結論から言えば、その予想は見事に外れた。意外なことに、3人のクラスメートがこの話に興味を持って乗ってきたのだ。透からすれば信じ難いことだったのだが、華はと言えば得意満面、鬼の首を取ったように、

「ほーら、だから言ったじゃない。やってみれば集まるもんなのよ」

と、ニコニコしている。

 まさか、こんなに早く、そして、たった3人とはいえ、これだけの人数が探偵団に興味を示すとは思ってもいなかった。それでも、透はまだ他人事のように思っていた。放課後、華に捕まるまでは。

「ちょっと、どこ行くのよ」その日の授業を終え、件の小説の続きを読むため(今朝もウサギの世話を手伝わされなければあと10分は読めていたはずである)一刻も早く帰ろうとした透のランドセルを華が後ろからガッシとつかみ、引き留める。

「え、どこって」今日はさっさと帰れるとばかり思っていただけに面食らう透、そこに華の指先がビシッと突きつけられる。

「せっかく仲間が集まったのよ? だったら今から最初の集会をやるに決まってるじゃない」「え、いや、僕はやるなんて一言も」「いいから来なさいって! あんたがいなきゃ始まるもんも始まんないでしょ!」そう言って華は透を強引に教室の中に連れ戻し、かくして透は「最初の集会」に参加させられるのだった……。

 そして、場面は冒頭に戻る。

「どうして、こんなことに……」透は沈み込むように深く椅子に腰掛け、今日何度目になるか分からない嘆きを漏らす。すると、そんな声をかき消すような豪快な笑い声が教室内に響いた。

「何だ透、何辛気くさい顔してため息なんかついちゃってるんだよ。せっかくこうやって俺たちが集まってやったんだ、もうちょっと嬉しそうな顔しろよ」

「そんなこと言ったって、大吾だいご」思わず透は声の主に向かって言い返す。「僕が言い始めたんじゃないんだ。全部華がいきなり言い出して勝手に始めたことなんだよ。僕だって被害者なんだ。大体……」

「ちょっと、何その言い方! こっちはあんたのためにやってあげたのよ! それなのに『勝手に』とか『僕だって被害者』とか何なのよその言い様は!」間髪を入れず、華が聞き捨てならないとばかりにくってかかったため、透の愚痴はそこで終了となった。透はなおも何か言おうとしたが、華の大声に気圧されてその後は言葉が続かなかった。そんな二人を見て少年は先程より一段と大きな笑い声をあげた。

「ハハッ、そりゃあ華に感謝しなきゃなぁ、透。それでも俺は嬉しいぞ、何せ普段から何も考えてないようなお前が『探偵』か何か知らんが何かを始める気になってくれて。それにしても面白そうだから俺も参加しに来てやったってわけよ、なあ、ゆう

「うん」その言葉と共に、大吾の後ろ(正確には右横)からひょっこりともう一人の少年が顔を覗かせた。優もいたのか、と透は今さらながらに思う。が、よくよく考えてみれば、この二人はしょっちゅう一緒にいるのだから当然と言えば当然かもしれない。確か、この二人も自分と華と同じように幼なじみだったはずだ。

 最初に声をかけた方の少年は上条かみじょう大吾、体格は縦にも横にもクラスどころか学年で一番大きい。その周囲より頭一つ分と少し飛び出た上背、「がっちりした」という表現がよく似合う肩幅は、幼少期からやっている柔道と昨年から始めたバスケットボールによって培われたものだ。いかにも典型的なスポーツ少年といった外見に違わず、中身もなかなか暑苦しい。今の会話もそうだが、透は大吾と話していると時々親戚のおじさんと話しているような気持ちになる。

 もう一人の少年は前野まえの優。上背のある大吾とは対照的に小柄な体格で、身長は透どころか女子である華よりも低い。さすがに彼より背の低い女子もいるにはいるが、それでも五年生、いや四年生の一部にすら抜かれかねない低さである。

 前にも述べたとおり、この二人は幼なじみにして自他共に認める親友であり、正反対な体格とは裏腹によくつるんでいる。それにしても、華の突然の思いつきに対してこの二人が反応した、というのが透にとっては驚きだった。透の印象では(と言っても、透自身普段から家族やクラスメートなど周囲に対して格別注意を払っているわけではないのだが)、大吾がスポーツに興味を持つことはあっても、探偵に興味があるようにはとても思えなかった。優に至っては、何をもって参加したのかすら判然としない。優は普段から何かを断るイメージがないから、今回も大吾に誘われて「うん、いいよ」と一も二もなくやって来たのだろうか。そんなことを考えていると、まるで透の心を読んだかのように優が自分たちが参加した理由を教えてくれた。

「実は、この前たまたまこの本を図書館で見つけてさ、読んでみたら結構面白かったんだよ」そう言って取り出した本の表紙を透が見てみると、そこに書かれていたタイトルは『まだらの紐』。言わずと知れた、シャーロック・ホームズの活躍する探偵小説の一つだ。途端に透の表情は明るくなる。今朝、華に『D坂の殺人事件』を勧めたときと全く一緒だ。

「『まだらの紐』っ! いやぁ、これ、と言うよりホームズに優が興味を持ってくれるなんて! そうなんだよ、初めてこの話を読んだときは震えたなぁ、こんな斬新で個性的なトリックを思いつくなんて、っていう風に」

「透もそう思ったんだ」興奮気味にまくし立てる透を前に、優は普段と変わりない笑顔を見せる。一見、ただ相づちを打っているだけのように見えるが、その笑顔にはどこかしら人を安心させるものがある。そういった「調和」を重んじる姿勢があったからこそ、全くタイプの違う大吾ともこれまでうまくやってくることができたのかもしれない。

「確かに、僕もこのトリックを見たときは驚くより先に感動すらしちゃったよ。タイトルの『まだらの紐』もしっくり来るよね。被害者が残した『紐』っていう言葉が指すのがまさか『あれ』だったなんて……」

「馬鹿馬鹿しい」突如、放たれた声が優の言葉を遮った。その場の空気が一瞬にして凍り付く。透、華、大吾、優の視線が一斉に声のした方へと向けられる。

 声を発したのは、今まで一言も発言していなかった「五人目」だった。たった今透と優の「『まだらの紐』トーク」を一蹴したのと同様、切れ味の鋭い刃物のような目線が眼鏡の奥から向けられる。

「ど、どういうことだよ、つばさ」答える透の声は知らず知らずの内に裏返っていた。当然と言えば当然である。今さら言うまでもないが、透はこれまで何度も推理小説愛をさらけ出し、その度にほとんどの相手から微妙な反応を返されてきた。しかし、そのほとんどは華のようにスルーされるのが大半であり、今回のように面と向かって切り捨てられることは今まで一度もなかったからだ。今、透は怒りとも驚きともつかない感情でパニック寸前だった。それでも、やっとのことで次の言葉を絞り出し、なんとか反論しようと試みる。「いきなり口を開いたと思ったら、何が馬鹿馬鹿しいんだ? 僕らはただ『まだらの紐』のトリックが面白いって話をしてただけで……」

「だからそれが馬鹿馬鹿しいと言っている」先刻と同様、相手は透の言葉を途中で遮った。のみならず、今度は重ねて反論してくる。

「『まだらの紐』なら私も読んだ。お前たちはあれで斬新だ何だと盛り上がっているようだが、私に言わせればあんな荒唐無稽で非現実的な話などない。いいか、そもそも蛇は音に反応などしない」

「……ええええええぇぇっっ!!!」透と優の絶叫が教室内にこだました。いや、厳密にはそこまで大きな叫びを発したのは透一人で、優の方は「ええっ!」程度だったのだが。ともかく、あまりの大声に華は思わず耳に指をつっこみ、大吾は「うるせえなあ」と顔をしかめる。

 しかし、当の透はそれどころではなかった。相手の話が相当なショックだったのか、真っ青な顔で唇はワナワナと震えている。

「そ……そんな……蛇が音を聞くことができないなんて……じゃ、じゃあ、あのトリックは……?」

「実現不可能だ」翼と呼ばれた相手はぴしゃりと結論を述べる。さらに追い打ちをかけるように、

「音が聞こえないというのも厳密には正しくない。実際には、蛇には人間などが持つ外耳がないだけだ。だが、内耳はあるからそこでごく低い音なら聞くことができる。それも『聞く』のでなく『感じ取る』という方が正しいがな。いずれにしろ、あの小説に出てきたような芸当を蛇に仕込むことなどできない。だから馬鹿馬鹿しいと言ったんだ。森、分かったか」

と、とどめの一撃を見舞った。その言葉が引き金となったのか、透は電池の切れたように椅子に座り込むと、ガックリとうなだれた。一方、華は今の会話の内容と現在の状況が理解できないらしく、戸惑いがちに声をかける。

「え、えっと……どういうこと? 透は何をそんなに落ち込んでるの? ていうか、今の話が何も分かんないんだけど。透と優は紐の話をしてたんじゃなかったの? それがどうしていきなり蛇になるの? ねぇ……」

「弓長、聞いていて分からなかったのか?」翼は華にどこか呆れたような一瞥をくれる。だが、『まだらの紐』についてそれ以上説明してくれる気はないらしい。もう一度透に一瞥をくれると、止めの言葉を投げかけた。

「全くもって呆れるな。こんな基本的な生物学の知識も持っていないとは。仮にも探偵を名乗るのであれば、ただ紙の上を追いかけてばかりいないで、少しはそこに書かれていることが真実かどうか考えてみろ」

 そこには透を馬鹿にしたりあざ笑ったりするような意図は微塵も感じられない。むしろ、透のあまりのショックの受けっぷり(と無知っぷり)を憐れんでいる節さえあった。しかし、今の透には何も聞こえていないらしい。燃え尽きたボクサーのように腰掛け、何かブツブツ呟いている。その様子を見て大吾が苦笑した。

「全く、翼はいつも現実的で『正しくない』ことには容赦ねえな。相変わらずクソが付くくらい真面目なだぜ」

「何とでも言え」その言葉に特段気を悪くした風もなく、は答える。肩で切りそろえられた黒髪、縁なし眼鏡から覗く瞳は理知的なだけでなく、ある種の冷たさすら感じさせる。

 彼女の名前は青木あおき翼。淡々とした話し方と名前のせいで男子のような印象を持たれがちだが、見てのとおりれっきとした女子である。父親はどこかの大学で理学部の教授、母親は化粧品メーカーの研究員、さらに高校生の兄は科学部の部長をしているという、根っからの理系一家である。もちろん、翼自身もその例に漏れず、普段から科学や生物に関するあらゆる本を読んでおり、理科のテストは常に満点、知識面では中学生どころか先生にも負けないと言われるほどである。しかし、一方でその豊富すぎる知識故に周囲と折り合いが合わず、学校では浮きがちなのも事実であった。何しろ、誰かの話に間違いがあればそれを指摘して「正しくない」の一言でバッサリと切ってのけ、自分の話に周りがついて行けないとなれば、「物を知らない」と冷たく言い放つ始末であった。特に、四年生の時に学校の科学クラブを見学に行き、

「レベルが低いにも程がある。この程度で満足する連中とはやってられない」

と早々に立ち去ったのは有名な話だ。以降、顧問でもある理科の教師は彼女のことを避けているともっぱらの噂だ。そんな科学少女は、言いたいことを言って興味をなくしたのか、帰り支度を始めた。

「全く、少しは暇つぶしになるかと思って付き合ってやろうとしたが、とんだ期待外れだったな。他の低レベルな連中と何も変わらん。所詮は素人の集まりだったな」

 そう言い捨てて翼が教室を出ようとしたとき、

「……待ってよ」低いつぶやき声がその背中に呼びかけた。華、大吾、優は一斉に声のした方に目を向ける。

 声を発したのはもちろん透であった。ムクリと起き上がるやいなや、足を引きずるようにして翼に近づいていく。猫背に青ざめた顔でありながら、目だけが虚ろな中にも異様な光を帯びている様はまるでゾンビのようであった。

「何を待つんだ」そんな透を意にも介さず、翼は振り返ってそれだけ言うと再び背を向ける。その後ろ姿は、これ以上話すことは何もないと言わんばかりの空気を放っていた。しかし、今度は透も負けてはいなかった。

「探偵に必要なのは知識だけじゃない。確かに知識も大切かもしれない。でも、探偵に一番求められるのは――推理だ」

「何をふざけたことを」意に介した風もなく、翼は言い返す。「寝言を言うのも大概にしろ。最も必要なのは知識だ。お前の言う推理も結局のところは知識がなくてはできまい。それとも何か、お前は知識がなくとも何かしらを推理できるとでも言うのか」

「できるさ。例えば――」そう、こともなげに透が言った瞬間だった。

 一瞬にして教室内の空気が変わった。透の言葉に呆れるような雰囲気が広がったのではない。文字通り、その場の空気が今までとは完全に違ったものに置き換わっていったのだ。今朝にも感じた感触に、思わず華は呟いていた。

「まただ……」

「何がまたなんだ?」

 しかし、その言葉の意味するところは伝わらなかったらしい。真横の大吾が怪訝そうな目を向けてきた。無効では優も何を言っているのかわからないという顔をしている。

「気付かないの? だって今……」言いかけて華は口をつぐんだ。まさか、そんなことが。だが、そうとしか考えられない。おそらく、この空気は自分にしか感じ取ることができないのだ。そう思った直後。

 空気が元に戻った。張り詰めていた空気が緩んだというものではない。先ほどまで透を中心に教室を覆っていた異様な空気は普段から慣れ親しんだそれに戻っていた。ハッとして華は幼なじみを見やる。その音を立てんばかりの勢いに、大吾と優がギョッとした表情を浮かべたのが視界の隅に入った。しかし、今はそんなことに構っていられなかった。

「例えば――」透が再び口を開いた。「――今日の昼休み、図書室の書庫でシャーロック・ホームズの全集を取ろうとしていたこととか」

 一瞬の沈黙。しかし、その一瞬だけ、眼鏡の奥で翼の目が見開かれたように感じられ、すぐに元の無表情に戻った。だが、その次に発された声には、わずかながら動揺が混じっているように華には感じられた。

「……なぜ分かった?」努めて平静を装っている風でもない、普段通りの声音。しかし、その声はどこか震えているようでもあった。「あのとき、書庫には私以外誰もいなかった。それだというのに、どうしてお前はそれを言い当てた? まさか、本当に今のわずかな時間で推理したとでも言うのか?」

おお、というざわめきが誰の口からともなく漏れた。今の発言によって翼は透の推理が的中したことを認めたも同然であった。

「まあね」それに対して透はそっけなく答える。そして、誰に促されるまでもなく今の推理に至った根拠を述べ始めた。

「まず気になったのは、服に付いた赤茶色の跡だよ」そう言って白いトレーナーの右腕の部分に残る赤茶色の『L』を逆さまにしたような跡を指し示す。どうやら、翼もこの跡には気付かなかったらしい。

「服に付いた跡は、多分赤錆だよね。この学校の校舎、結構古いからちょっとこすっただけで服に錆が付く場所ってあちこちにあるんだ。でも、そんな風に逆向きの『L』みたいな形が残るような場所は図書室の書庫しか思いつかない。あの書庫、家にないミステリーを借りるのに僕も昔からよく使ってたんだ。その時によく服が錆まみれになて母さんに怒られてたから、よく覚えてるよ。そして、今日は木曜日。図書室が書庫も合わせて開けられるのは昼休みしかない」

「なるほど、それで昼休みと図書室か」大吾が一応は納得したという風にうなずいた。

「でも、それだけでどうしてホームズだって分かるんだ? 書庫なら本なんて数え切れないほどあるだろうし、翼だったら科学とかの本を読むほうがしっくり来るんだけどよ」

「もちろん、僕も最初はそう思ったよ」透は一旦はそれに同意した後で、

「でも、その右手の絆創膏を見たときにあれっと思ったんだ」そう言って翼の右手の甲に貼られた絆創膏を指し示した。

「手に貼られた絆創膏って、剥がれやすいよね。しかも、縁があまり黒ずんでないってことは貼られてからそれほど時間が経ってないってこと。だとしたら、怪我をしたのも昼休みってことになる。じゃあその怪我とは何か? 書庫で手の甲を怪我するような場所はどこか? そう考えたときにピンと来たんだよ。図書室で手の甲を怪我する場所、そこはしかないって」

「……ちょっと待ったぁ!」そのとき、慌てて華が止めに入る。

「た、確かに今の推理は納得できるわよ。でも、今の推理だとおかしいんじゃないの? 何て言うんだっけ、その、前と後で話がかみ合わない、えーと……」

「……矛盾?」おずおずと優が尋ねる。

「そうそれ! 矛盾よっ! 怪我がささくれだって言うのは変じゃない? だって透の最初の推理だと、翼の服に付いた跡は……」

「そう、鉄の本棚に触ったから」透は鷹揚にうなずいて華の疑問に答えた。

「だとしたら、一つ不自然な所があるよね。? 普通、その二つは同時に起こるものじゃない。でも、一ヶ所だけそれらが同時に起こる場所がある。それは……」一旦言葉を区切った後、透はその場所を告げた。

さ」

 ああ、というようなため息が皆の間から漏れた。そうか。それがあったか。

「あの書庫に一ヶ所だけあるんだよね、本を置くスペースがなくなって上のスペースに木でできた本棚を急ごしらえで作った場所が。そして、翼はさっき『まだらの紐』について『自分も読んだ』って言ってたよね? だとしたら読んだのはどこか? そう考えたときに思い出したんだよ。ってことをね」そう言って透は「推理」を締めくくった。

 しばらくは、誰も口をきかなかった。正真正銘の沈黙が教室の中に満ちていた。やがて、翼がふう、と息をついた。

「……驚いたな。この一瞬でそこまで推理するとは。どうやら認めざるをえないようだな、お前の言うとおり探偵に最も必要なのは推理だと」

 特に驚いたようには見えなかったが、ともかく翼が透の推理力を認めたのは事実らしかった。

「じゃあ……」

「仕方あるまい。乗りかかった船だ、私も一緒にやってやろう。お前が『推理』するのに私の『知識』があっても損はないだろうからな」

「やったあぁっっ!!!」誰よりも大きな声を上げたのは華だった。ものすごい勢いで近づくと、翼の両手をギュッと握った。

「良かったぁ、翼がやるって言ってくれて! もう、翼が帰っちゃったら女子があたし一人だけになっちゃうもん。さすがにっていうのもちょっとねえ……」

 紅一点だ、と翼の訂正する声も今の華には聞こえていないらしい。大喜びでピョンピョン跳びはねている。そんな場を収めたのは、優の穏やかな声だった。

「さあ、メンバーも決まったことだし、早速始めようか、第一回会議」

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