第39話
──フライタークは小さな商会の跡取りとして生まれた。
小さい頃から魔法に興味を持っていた彼は勉学に励み、王国の人間なら誰もが憧れる魔術師団に入団する。
しかし入団して間もなく、フライタークの父が他界したため、跡取りである彼は商会を継ぐために退団を余儀なくされてしまう。
仕方なく父親の残した商会を継いだフライタークであったが、意外なことに彼には商才があった。
そして魔術師団に勤めていた時の人脈を利用し、貴族相手に商売の手を更に広げていったのだ。
それを機に、小さかった商会はたちまち王国でも有数の大商会へと成長する。
王都の貴族街に高級生花店の「プフランツェ」を開店させたのもこの時期であった。
そんなある日、彼は商会の取引のために訪れた小国で、とある物と出会う。
それは、その小国に住む少数民族が持つ秘薬で、病や怪我の痛みで苦しむ者の痛みを和らげてくれる効果があるという。
フライタークはその秘薬の効能に注目した。
痛みを和らげるために服用を繰り返すと、極度の依存性を引き起こすのだ。
秘薬を飲んだ者は強烈な快楽に溺れ、精神依存を形成し秘薬が手放せなくなってしまう。
しかも服用をやめた時の禁断症状が酷いため、肉体的に秘薬を欲する身体依存を引き起こす。
この秘薬を量産し、貴族たちに売れば、巨万の富を得られる──と、フライタークは思い付いたのである。
秘薬の原料は、モーンという花になる実から出る液体だという。
フライタークは大金を払って秘薬のレシピを手に入れた後、「プフランツェ」で販売する花を育てるという名目で自国に種子を持ち帰る。
そして農場を作り、そこでモーンの栽培を開始したのだ。
フライタークは秘薬の量産に成功すると、まず手始めに貧民街でその効果を試すことにした。
秘薬の効果は絶大で、一度その味を知った者は、秘薬を手に入れようと躍起になった。それこそ他人の生命を奪ってまで、秘薬を手に入れようとするほどに。
その様子を皮肉って、フライタークは秘薬を生命の水──”アクア・ヴィテ”と名付けた。
しかし、”アクア・ヴィテ”が完成しても、フライタークの欲望は止まらない。
彼は社交界に”アクア・ヴィテ”を広めるために、貴族の令嬢たちに目をつけたのだ。
その一環として考えられたのが、モーンを使った菓子、モーンクーヘンだ。
通常、製菓や食用に使われるモーンは熱処理され、身体に害を与えることはない。しかしフライタークはモーンマッセに手を加えた”アクア・ヴィテ”を練り込むという方法を思い付く。
元々、原材料が同じモーンを使っていることもあり、”アクア・ヴィテ”を混ぜたモーンマッセを使ったモーンクーヘンの味に不自然さはない。
そうして、モーンクーヘンは令嬢たちに人気となり、じわじわと貴族たちに”アクア・ヴィテ”は浸透していったのだ。
”アクア・ヴィテ”を手にしたフライタークは、貴族たちを手懐けるようになるまで、そう時間はかからないだろうと思っていた。
だが、その予想は意外なところで裏切られることになる。
何故なら、商会が運営する「プフランツェ」の売上が急に悪化したからだ。
その原因を調べた結果、フライタークは「ブルーメ」という小さい生花店が一因だと知る。
国の一大行事である王女の婚約式の仕事を、場末の花屋に奪われたことがプライドが高いフライタークの怒りを買ったのだ。
しかし、フライタークは「ブルーメ」を調査する内に、店主であるアンネリーエの仕事の数々を知ることになる。
いずれも素晴らしい仕上がりで、名店と言われる「プフランツェ」の経営者の目からしても、アンネリーエの腕は認めざるを得なかった。
そんなアンネリーエを──「ブルーメ」を、フライタークが手に入れたいと思うようになるのは、もはや時間の問題であったのだ。
フライタークは一先ずアンネリーエに”アクア・ヴィテ”の中毒患者たちを差し向けた。
貧民の彼らは”アクア・ヴィテ”欲しさに何でも言うことを聞く便利な駒だ。
これを機会にアンネリーエを追い込んで、店の経営に支障をきたすように仕向ければ、その隙に付け込み、彼女を店ごと取り込めるだろう、とフライタークは考えたのだ。
それからフライタークは、タイミング良く店から出てきたアンネリーエを襲わせた。
その様子を離れたところで見物しようと思っていたフライタークは、アンネリーエを守る魔法を見て驚愕する。
五つの属性の強力な魔法が、次々と貧民たちを攻撃したのだ。
魔法師団に在籍していた頃でさえ、そんな攻撃魔法を見る機会はなかった。恐らく高名な魔法師がアンネリーエを守っているのだろう。
それからしばらくすると、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが駆けつけ、貧民たちを拘束していく。
アンネリーエはたまたま近くにいたのらしい騎士団員に保護され、店に戻っていった。
そんな一連の流れに、益々アンネリーエを手に入れたいと思うようになったフライタークは、急いで配下に魔道具を準備させると、警備の裏をかいてアンネリーエを連れ去ることに成功する。
そして商会の執務室で、アンネリーエに最後のチャンスを与えたのだが──。
「──お断りします」
恐ろしい麻薬を見せつけても、アンネリーエは気丈にフライタークの提案を断った。彼女の美しい瞳が、確固たる意志を持ち、真っ直ぐにフライタークを射抜く。
そんなアンネリーエを見て、どうしても手に入らないこの綺麗な人間を、自分の手で汚し尽くしたい──そんな欲望が芽生えていくのを、フライタークは自覚する。
そして逆上したフライタークは衝動が赴くままに、アンネリーエに高濃度の”アクア・ヴィテ”を飲ませてしまう。
一度”アクア・ヴィテ”を摂取してしまえば、アンネリーエは自分の思うままになるだろう。
治療薬も存在せず、禁断症状に苦しむアンネリーエが頼れる人間は、もはや自分しかいないのだ。
しかし、フライタークは欲しい物を手に入れた喜びに気を取られ、商会に殴り込んできた人物たちに気付いていなかった。
”ドゴォオオン!!”という爆音とともに、重厚な扉が吹き飛んだ。
「────アン……っ!!」
その声と衝撃に驚いたフライタークが振り向くと、いつか見た、騎士団の団長で英雄のジギスヴァルト・リーデルシュタインがその場に立っていることに気付く。
アンネリーエを見たジギスヴァルトの、怒気が爆発的に膨れ上がる。
「……な、何故貴方がっ?! どうしてここに──がはっ!!」
フライタークは、一瞬何が起こったのかわからなかった。
気が付けば吹き飛ばされ机に激突していたのだ。
「……っ、ごふっ!! ……ぐ、ぐぁあ……っ」
轟音とともに大切な書類が舞い上がり、高級品で揃えた調度品が無残に破壊される。
破壊されたのは調度品だけでなく、フライタークの身体もまた、内蔵がひっくり返るような衝撃を受け、肋骨が数本折られるほどの怪我を負ってしまう。
魔法に精通し、ある程度の戦闘経験を持っているフライタークだったが、防御魔法を発動させる間もなくジギスヴァルトに倒されてしまったのだ。
「く、くそ……っ!!」
フライタークは懐に忍ばせていた魔道具を発動させようと、血に染まった手を動かした、瞬間──。
「ぎゃあああああっ!!」
氷の刃がフライタークの手を突き破り、床にその手を縫い付けた。
強烈な痛みに襲われたフライタークが絶叫する。
しかし、その絶叫はフライタークの折れた骨と傷ついた内臓を刺激し、更に激痛を与えることになってしまう。
「あらら。あっという間にこの有様かー。相変わらず怖いなぁ」
聞き覚えがある声に視線を動かせば、そこにはかつての自分の上司であるヘルムフリートがいた。
「……っ?! アンさん!! これは……っ?!」
ヘルムフリートがアンネリーエに駆け寄るが、彼女はぐったりとしていて意識がない。
一先ずヘルムフリートは、アンネリーエの状態がこれ以上悪くならないように、固定の魔法をかけて応急処置を施した。
「……っ、だ、団、長……っ!!」
フライタークは、助かりたい一心で、ヘルムフリートに懇願する。
ジギスヴァルトの魔力が部屋の気温を下げ、フライタークの身体をじわじわと凍らせているのだ。
「た、助け……っ!!」
「え? 無理無理。こんなにキレたジギスヴァルトを、俺が止められる訳無いでしょ。それに……アンさんは俺の恩人だ。そんな人をこんな目に合わせたお前を、この俺が助ける訳無いだろう?」
「……っ、そ……そん、な……っぐわぁあああっ!!」
ヘルムフリートに断られたフライタークに絶望する時間すら与えるつもりがないのだろう、ジギスヴァルトがフライタークの足に氷の刃を何本も突き刺した。
「ああ、でも助ける気はないけど、今最優先すべきはアンさんだからね。ジギスヴァルト、その辺で止めてくれる? 早くアンさんを診て貰わないと、彼女の状態がヤバい」
ヘルムフリートの言葉に、怒りで我を忘れていたジギスヴァルトの目が正気に戻る。
「アンは俺が連れて行く!! お前はコイツを見張っていろ!!」
我に返ったジギスヴァルトはアンネリーエを抱き上げると、ヘルムフリートにフライタークを任せて商会を飛び出していく。
(くそ……っ!! アン……っ!! 死なないでくれ……っ!!)
ジギスヴァルトは祈りながら、王宮へと向かう。
そこには王国最高の知識と技術を持つ王宮医師がいるはずだ。
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
あと一話で完結……だと……?!(゚A゚;)ゴクリ
本日最終話を更新予定です。
最終話もどうぞよろしくお願いします!(*´艸`*)
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