第38話

 ──アンネリーエがジギスヴァルトから貰ったモーンクーヘンを食べようとしていた頃。


 アレリード王国の王宮にある地下牢に、騎士団の団長であるジギスヴァルトの姿があった。


 普段は足を運ばない地下牢にジギスヴァルトがいる理由は、アンネリーエを襲った酔っ払いたちを尋問するためだ。


「団長。どうやらコイツら全員”アクア・ヴィテ”中毒みたいですよ」


「む。”アクア・ヴィテ”だと?」


「はい、間違いありません。最近増えている中毒患者と同じ症状が出ていますから」


「……うぅむ」


 ヴェルナーから受けた報告では、彼らは初めからアンネリーエを狙っていたという。

 恐らく、以前アンネリーエの店を奪おうとしたバルチュ男爵のように、彼女の店に目を付けた貴族が首謀者で、足がつかないように貧民街の住人を雇い、彼女を襲わせたのだろう──という説が、今のところ一番有力になっている。


 ──だがしかし、とジギスヴァルトは考える。


 部下の報告に間違いがないことをジギスヴァルトは理解している。

 しかし、アンネリーエが襲われた理由がわからない。

 店を奪うためにアンネリーエを襲うとは、愚策にも程があるからだ。


 それに王女とヘルムフリート、更には自分の連名で貴族たちには注意を促している。誰も自分たちを敵に回そうなどと思わないはずだ。


 ならば、貴族以外の何者かがアンネリーエを狙っている、ということになる。


(……まさかと思うが、他の国の貴族が関与している……? もしくは”アクア・ヴィテ”を売り捌いてる闇の組織の仕業か……?)


 牢の中で呻いてる中毒患者たちを一瞥し、これ以上ここにいても時間の無駄だと判断したジギスヴァルトが部下たちに命令する。


「引き続きこいつらを尋問しろ。誰に依頼されたのか必ず吐かせるんだ」


「はいっ!」


 ジギスヴァルトは考えをまとまるために、執務室へ戻ることにした。


 執務室へ向かう途中、ジギスヴァルトが持っていた魔道具が、彼に異常事態の発生を告げる。


「何っ?!」


 ジギスヴァルトが急いで魔道具を確認すると、アンの店に設置していた防犯装置が発動したことを示していた。


「まさか……っ?! アン……!!」


 アンネリーエに、再び悪意を持つ者が近づいたらしい。


 ジギスヴァルトが大急ぎで「ブルーメ」へ向かおうとすると、異常に気付いた団員たちが駆け寄ってきた。


「ヘルムフリートに大急ぎで『ブルーメ』に来いと伝えろ!! 俺は先に行く!! 急げっ!!」


「は、はいっ!!」


 命令された団員は踵を返すと、慌てて魔術師団の詰所へと走っていった。

 ジギスヴァルトも大急ぎで厩舎へ向かい、一番早い馬に騎乗すると、あっという間に駆け出していく。


(くそ……っ!! 油断した……!!)


 アンネリーエに手を出して失敗した黒幕が、こんなに早く動くと予想出来なかった悔しさに、ジギスヴァルトは歯を食いしばる。

 再び彼女を狙うにしても、もっと慎重に行動するだろうと思い込んでいたのだ。


(──アン……っ!!)


 逸る気持ちそのままに、ジギスヴァルトは最速のルートでアンネリーエの元へと向かう。


 きっとヘルムフリートが施した防御結界が、アンネリーエを守ってくれるはず──と、頭ではわかっているものの、ジギスヴァルトは嫌な予感がどうしても拭えないのだ。


 そうして、祈るような気持ちで「ブルーメ」に到着したジギスヴァルトは、結界が作動しているにも関わらず、人の気配がない店内を見て驚愕する。


「アンっ!! どこだっ?!」


 アンネリーエと、自分が到着するまで安全な場所に隠れていて欲しい、と約束していたことを思い出したジギスヴァルトは、店の奥へと足を運ぶ。

 奥にある扉を開けば、記憶どおりにキッチンがあり、テーブルの上にお茶と袋が開いたモーンクーヘンが置いてあった。

 きっと、お茶と一緒にモーンクーヘンを食べようと、アンネリーエが準備していたのだろう。


 キッチンを抜け、温室を捜してもアンネリーエの姿はない。

 ジギスヴァルトは緊張しながら、二階へ続く階段を登っていく。


「アンっ!!」


 ジギスヴァルトは家中に響くほどの大声でアンの名前を叫んだ。

 きっとどこかで身を潜めていても、自分の声を聞いたアンネリーエなら、すぐに姿を現してくれるだろうと思っていたのに、返事も人の気配も全くない。


 もう一度一階に戻ろうと思ったジギスヴァルトは、ふと、目に入った部屋のドアを開いた。


 その扉を開けたジギスヴァルトの目に映ったのは、小さい部屋に自分の好きな物を詰め込んだ、まるで隠れ家のような、とても可愛い部屋だった。


 可愛いファブリックと、小物が飾られた部屋は甘い香りがして、ジギスヴァルトはまるでアンネリーエに抱かれているような錯覚を覚えてしまう。


 だけど大切な、最愛の人は今、その姿を消してしまっている──。


 ジギスヴァルトは、自分にとって唯一無二の存在であるアンネリーエを必ず見つけ出し、一瞬でも自分から彼女を奪った黒幕を、地の果てまで追いかけ、必ず地獄に叩き込んでやる、と心に誓う。


 ジギスヴァルトが一階へ戻ると、丁度ヘルムフリートが到着したところだった。


「ヘルムフリート! アンが何処にもいない!」


「……おかしいな。この結界はとても強固なはずなのに……。もしかして認識阻害の魔道具を使用したんじゃ……?」


「何?!」


 基本的に魔道具は高額だ。しかもヘルムフリートの言う認識阻害系や、結界系の魔道具は更に高額で、一般市民には手に入れることができない。

 そんな高額のものをアンネリーエに贈ることが出来たのは、彼らが高位貴族で重職に就いているからだ。


 アンネリーエを連れ去った人物は、わざわざそんな魔道具を用意出来るほど財力があるということになる。


「でも、その魔道具は取り扱いが規制されているし、購入する場合は申請が必要だから、いくらお金があってもそんな都合良く手に入れられないはずだよ」


 結界系はともかく、認識阻害の魔道具は悪用されないように厳しく管理されている。


 規制の目を掻い潜り、無申請で魔道具を手に入れる事ができるのは、それこそ貴族ぐらいだろう。

 しかし、貴族にそんな度胸があるとは思えない。


「……その魔道具を扱っている商会を知っているか?」


 ジギスヴァルトは魔道具を取り扱っている店へ行き、その魔道具を購入した人物を聞き出そうと考えた。


「確か、『ゲデック商会』と『キッシェ商会』、それと『クライスラー商会』かな? あ、そう言えば『クライスラー商会』の会頭は元魔術師団の人間で、確か『プフランツェ』と『ニーダーエッガー』も経営している──……あ! もしかして……!」


「そいつだ! 行くぞ!!」


「え、ちょっと!」


 ヘルムフリートの声を無視し、ジギスヴァルトは店から飛び出した。


 先程の話を聞き、ジギスヴァルトはその元師団員が黒幕だと確信を持つ。

 それは、ジギスヴァルトが持つ天性の勘であった。


 それに、勘以外にも思い当たる節がある。

 アンネリーエが婚約式の装花を担当したことで「ブルーメ」の名声は高まった。しかしその裏で「プフランツェ」の顧客はかなり減少したという。


 アンネリーエが育てた花の色の鮮やかさは、婚約式に出席した誰の目にも明確で、今まで見た花との差は歴然だ。

 「ブルーメ」の花を一度でも見れば、誰もが彼女の花を欲しがるだろう。


 しかし、顧客を取られたライバル店が妬んだだけだったらまだマシだった。

 まさかアンネリーエを手に入れるために、”アクア・ヴィテ”──最悪の麻薬を使うとは──さすがのジギスヴァルトもこの時は想像すらできなかったのだ。


(アンっ!! すぐ行くからな……っ!!)


 ジギスヴァルトは限界まで馬を速く走らせ、クライスラー商会が所有する建物に到着した。

 そして馬から飛び降りると、大急ぎで中に入っていく。


「アンっ!! 何処だっ!!」


 建物の中には、商会の護衛を務めているらしき強面の男たちが大勢いた。

 護衛たちは突然現れた侵入者に向かって声を荒げる。


「何だてめぇはっ?! ここを何処だと思ってやがるっ!!」


「黙れ」


 いつも冷静沈着な”銀氷の騎士団長”の姿はそこになかった。


 彼の邪魔をする者はことごとく、指一本も触れられないまま床に沈められていく。

 ほんの一瞬で、屈強な護衛たちは全滅したのだ。


「ちょ! ジギスヴァルト……って、うわっ!! 遅かったか……!」


 慌てて追いかけてきたヘルムフリートが、目の前の惨状に絶句する。


「おい! もし推測が違ってたらどうするんだよ!!」


「俺が責任を取る。……どけっ!!」


 商会の建物を崩壊させそうな勢いでジギスヴァルトが突進していく。

 親友のそんな姿に、ヘルムフリートは「仕方がないなぁ」とボヤきながら、ジギスヴァルトに加勢する。


 この国の英雄と、その英雄と双璧をなす魔術師団団長に敵う者など、ここには誰一人いなかった。


 驚異の速さで建物の最上階まで到達したジギスヴァルトは、高級で固そうな扉を強烈な蹴りで粉砕する。


「────アン……っ!!」


 破壊した扉の向こうに、驚いた顔でこちらを見ている若い男と、その先にぐったりとしているアンネリーエの姿が目に飛び込んできた。


 真っ青な顔で、震えながら横たわるアンネリーエの尋常ではない様子に、ジギスヴァルトは怒りで目の前が真っ赤になる。


「……な、何故貴方がっ?! どうしてここに──がはっ!!」


 ここ「クライスラー商会」の会頭であるフライタークがものすごい勢いで吹き飛んだ。フライタークに喋る間を与えず、ジギスヴァルトが殴り飛ばしたのだ。


「……っ、ごふっ!! ……ぐ、ぐぁあ……っ」


 フライタークの口から出た大量の血が、床を真っ赤に染め上げる。


 ジギスヴァルトに殴られ、立派な作りの机に叩きつけられたあおりを受けた部屋の中は書類が散乱し、見るも無残な状態だ。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


お仕置きは続く…((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


本日最終話まで更新予定です。

お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします!(*´艸`*)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る