第35話
王宮に近い貴族街の一角にある生花店『プフランツェ』の一室にて。
店長代理のバラバノフが、店の経営者で最高責任者でもあるフライタークから呼び出しを受けていた。
「最近、生花部門の売上が著しく低下しているようですね。店長代理として、何か言い訳はありますか?」
フライタークの口調は丁寧だが、その言葉には言いしれぬ怒りが込められていた。綺麗な顔も相俟って、強面のバラバノフより遥かに迫力がある。
「申し訳ありません……! ……恐らく、王女殿下の婚約式の装花を請け負った店に……その、顧客が流れたから……だと思われます」
「王女の婚約式は諸外国からも注目されていた行事なのはご存知でしたよね? そんな大口の受注をどうして他の店に奪われたのです?」
「そ、それが……っ! 王女殿下のたっての希望で、その店が指名されまして……! その……っ!」
バラバノフが辿々しく説明する。しかしどう説明しても、フライタークの怒りは収まらない。
「そんな事はわかってます。聞けば女主人が経営するかなり小さい店だそうですが。……そんな店にこの私の店が負けた、と?」
フライタークの言葉には、”どうしてその店を潰さなかったのか?”という意味が込められている、とバラバノフは理解する。
「その店に圧力を掛けようと試みはしたのですが……っ! 花を自分で生産しているらしく、流通ルートを断てなかった上、店がある区画一帯の警備が強化されており、手を打つことが出来ず……」
「ならば他にやりようがあったのでは? 貴方はちゃんと頭を使って考えたのですか? その女主人を懐柔するとか、いくらでも方法はあったでしょう?」
「そ、それは……っ!」
「職務怠慢ですね。せっかく製菓部門の売上が好調だと言うのに……。生花部門がこのザマだとは」
フライタークがため息交じりに呟いた。
その様子を見たバラバノフは恐怖に震え上がり、必死にフライタークに懇願する。
「も、申し訳ありません!! もう一度チャンスを下さい!! あの店を! 『ブルーメ』を必ず潰してみせます!!」
バラバノフの必死な様子に、フライタークはもう一度ため息をついた。
「頭を使えと言っているでしょう? いま評判の店を潰してどうするんです? それよりもそんな評価が高い店ならば、我が商会に吸収した方が得策ではありませんか?」
「……な、なるほど! さすがはフライターク様! 仰るとおりです!」
バラバノフはこれ以上失望されないために、必死にフライタークを持ち上げる。その姿はかなり無様であったが、バラバノフは形振り構っていられなかった。
それほどフライタークは恐ろしい存在なのだ。
「……まぁ、その前に。我々の面子を潰した落とし前として、一度痛い目を見て貰いましょうか」
そう言うフライタークの顔は、いつも浮かべている穏やかな表情ではなく、見る者をゾッとさせるような、残虐さを滲ませていたのだった。
* * * * * *
日はまだ高いけれど、花が完売したこともあり、早々にお店を閉めた私は市場へと買い物に出かけた。
今日は何を食べようかと考えていると、道の先に酔っぱらいらしき人たちがたむろしているのが見えた。
(うわ……ちょっと怖そうだなぁ……)
酔っ払いたちは通行人を睨みつけ、何か怒鳴りつけている。
そんな様子に、人々はその道を避けるように歩いていく。
(私も違う道から行こう。ちょっと遠回りだけど、仕方ないよね)
そう決めた私が横道に入ると、後ろから声を掛けられた。
「よう、ねぇちゃんよぉ。なんで俺らを避けるんだぁ?」
「ずいぶん冷てぇじゃねぇかよぉ。お詫びに俺らと遊んでくれよぉ」
私に声を掛けてきたのは避けたはずの酔っぱらいたちで、何故か私を追いかけてきたらしく、いつの間にか私は五人の酔っ払いたちに取り囲まれていた。
「いや、今急いでますから! 道を開けてください!」
顔が赤いし、ろれつが回っていないから、酔っ払いだと思っていたけれど、それにしては動きが速い気がする。
それにこれだけ酔っ払っていると、普通ならアルコールの匂いがしそうなのに、そんな匂いが全く無い。
「ふへへ。ねぇちゃん、花屋やってんだろ? 随分儲かってんだってなぁ?」
「アレアレ! 噂の白い花! アレ、俺にもくれよぉ! すっげー高く売れるんだろ?」
私は酔っ払いたちの台詞にピンときた。
どうやらこの人達の目的は初めから私だったらしい。
「いえ、あの花は王家が特別に用意した花です。そう簡単に手に入るものじゃありません」
「うるせぇっ!! だったら王家に掛け合って持ってこいやっ!! ねぇちゃん、王女のお気に入りなんだろぉがっ!!」
酔っ払いたちはどう見ても貧民街の住人のような身なりなのに、何故か私の事情に精通している。
(……もしかして、何処かの貴族の回し者……?)
ヘルムフリートさんやジルさんが手を回してくれたからしばらくは大丈夫だったけど、マイグレックヒェンが手に入らないことに痺れを切らした何処ぞの貴族が強行突破に出たのかもしれない。
「お断りします! 無理なものは無理ですからっ!!」
「なんだとぉっ?! 俺らがお願いしてやってるのによぉ! いい度胸じゃねぇかっ?!」
私はこんな時なのに、どこの世界の酔っぱらいやチンピラも似たような台詞を言うんだな、と暢気に思う。
「おらっ!! さっさと金だせやゴラァアっ!!」
怒り狂った酔っぱらいの一人が、私に向かって手を伸ばしてくる。
「……っ?!」
私に酔っ払いの手が触れる直前、”ドドォン!! バチバチバチィッ!!”という轟音が周りに響き渡った。
恐る恐る目を開けてみると、私に触れようとした酔っ払いの身体が、ところどころ焼き焦げ煙を上げている。まるで雷に打たれたかのようだ。
「お、おいっ!! 一人やられたぞっ!!」
「うわぁっ?! な、何だこの女っ?!」
ヘルムフリートさんが施した術式は雷属性の攻撃魔法だったらしい。
「ま、魔法を使いやがったのかっ?! ただの花屋じゃねぇのかよっ!!」
「怯むなっ!! 一斉にかかれっ!!」
酔っ払いたちが同時に私に襲いかかってくる。私は避けようとするけれど、囲まれていたせいで逃げ道が見つからない。
「オラァッ!! 大人しくし……っ?! ぎゃぁあああっ!!!」
私の髪の毛を掴もうとした酔っ払いの腕が、髪留めに付与された炎属性の魔法で燃え上がる。
「な、今度は火の魔法……っっ!! ぐわぁああああっ!!」
燃え上がる炎に驚いていた酔っ払いは、氷で出来た棘に身体を串刺しにされている。
そして他の酔っぱらいも、風の魔法で切り刻まれ、石の礫に全身強打され、次々と倒れていった。
「……っ!! アンちゃんっ!!」
──あまりのことに驚いて、放心状態だった私の名前を誰かが呼ぶ声がする。
「……あ、あれ……? ヴェルナー、さん……?」
気がつけば目の前にはヴェルナーさんがいて、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「良かった……っ! アンちゃんが無事で……!」
ものすごく心配してくれたのだろう、我に返った私を見たヴェルナーさんが安堵のため息を漏らす。
「……あ、すみません……! なんだか驚いてしまって……」
「多分魔力酔いだろうね。強力な魔法の余波を間近で受けて、身体がびっくりしたんだと思う」
確かに、ヘルムフリートさんが施してくれたという魔法はどれも強力だった。
しかも様々な属性の魔法が発動したこともあり、普通であれば気絶するほどの魔力を一斉に浴びたことで、一瞬放心状態になってしまったらしい。
「とにかく一旦お店に戻ろう。歩けなかったら俺が運んであげるよ」
「……っ?! い、いえっ! 大丈夫ですっ! 歩けますっ!」
ぼんやりとしていた私は、ヴェルナーさんの言葉に正気に戻る。
「はは、残念」
ヴェルナーさんはそう言うけれど、運んで貰うなんてとんでもない。街の人に見られたらあっという間に噂になってしまう。
「大丈夫ですかっ?!」
ヴェルナーさんと話していると、通報を受けたのだろう、衛兵さんたちがやって来た。そして倒れている酔っぱらいたちの惨状を見て顔が青くなっている。
ヴェルナーさんが衛兵さんたちに指示を出し、酔っぱらいたちは衛兵さんたちに拘束され運ばれていった。
命に別状は無さそうなので、これから拘留所で手当を受けた後、尋問を受けるのだろう。
私は彼らに指示した黒幕の正体がわかればいいな、と思う。
一波乱あったものの、お店に戻った私はヴェルナーさんにさっき起こった出来事を説明した。そして私を守ってくれた髪留めのことも。
「ええっ?! 団長と師団長が?! アンちゃんにその髪留めをっ?!」
ヴェルナーさんはジルさんとヘルムフリートさんがこの店の常連だと知り、何故かショックを受けている。
「うわ〜〜! 知らなかった……っ!! マジか……団長が……っ」
「すみません……てっきりご存知だと思っていました」
「……いや、アンちゃんは何も悪くないよ……。ああ、でもそっか〜〜! そう言うことか〜〜!! 気づけよ俺……っ!!」
何やら考えていたヴェルナーさんが、何かに気付いたのか、更に思い悩んでいると……。
「アンっ!! 無事かっ?!」
店のドアベルが鳴ったと思ったら、ジルさんが慌てた様子で店に飛び込んできた。
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
……修羅場?(ちょ)
ちなみに悪巧みしている人間とガラが悪い人間を出すと筆が進む不思議。
あと4,5話で完結する予定です。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!
次回もどうぞよろしくお願いします!(*´艸`*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます