第31話

 ヘルムフリートさんが机の上に置いた箱の中には、魔石が埋め込まれ、花の装飾が施されている、銀で作られたらしい丸い玉が入っていた。


「うわぁ……! すごく綺麗ですね! とても魔道具には見えないです!」


 インテリアとして飾っても遜色がない綺麗な作りに、私は思わず感動してしまう。


「喜んで貰えて良かったよ。この魔道具を店に置いて欲しいんだ。明確な悪意を持つ者が近づくと、結界が発動する術式を組み込んでいてね。それと同時に騎士団に連絡が行くようになっているから、ジギスヴァルトが到着するまで待っていてくれるかな」


 防犯の魔道具と聞いていたので、てっきり音がなるぐらいかな、と思っていたら予想以上の効果があって驚いた。


「何だか凄い魔道具ですね……! わかりました! 有難うございます!」


「出来るだけ早く向かうが、念の為俺が到着するまで家の中の安全な場所に隠れていて欲しい」


「は、はいっ!!」


 騎士団の建物がある王宮からこのお店まで、馬車で30分ほどかかってしまうので、近くの衛兵団にも協力して貰うことになっているらしい。

 

「直接衛兵団に連絡が行くように出来ればいいのだが、その場合アンのことを説明しなければならないからな。アンの魔法のことが外部に漏れる可能性は出来るだけ無くしたい」


 魔道具から連絡が行くと、すぐに騎士団から衛兵団へ出動を要請するのだとジルさんが説明してくれた。

 取り次ぎが発生する分、少しだけ出動が遅れるけれど、それぐらいの時間差なら対して問題にはならないと思う。


「そう簡単に壊せないように強固な術式を組んでおいたから、大丈夫だとは思うけど、絶対油断しちゃダメだからね?」


「気をつけます!」


 物語の中でも、油断したヒロインが勝手な行動をして余計周りに迷惑をかけてしまう……なんて王道の展開があるけれど、自分は絶対そんな事をしないと心に誓う。

 それにジルさんが来てくれるのだと思うと、嬉しくていつまでも待てそうだし。


 防犯について注意をされた後、ジルさんたちとしばらく談笑していると婚約式の話題になった。


「フロレンティーナがアンさんの装花をすごく楽しみにしているよ。なんか要望を出したって言っていたけど、大丈夫かな?」


「はい、ご希望のイメージを教えていただけたので助かりました!」


「なら良いけど、装花の件はアンさんの思う通りにしていいからね。予算は十分確保してるから、必要なものがあれば遠慮なく言ってね」


「あ、有難うございます……。あの、でも、思う通りとは……」


「言葉通りだよ。花材や資材の選定も全ておまかせするよ。アンさんの持ちうる全ての知識と技術で、婚約式を飾り付けて欲しいんだ」


 ヘルムフリートさんはそう言うと、私ににっこりと笑い掛けてくれた。


「……っ、はい……っ! ご期待に添えるよう頑張ります!!」


「楽しみにしているよ」


 ヘルムフリートさんの優しい瞳に、私への信頼と期待の気持ちが込められているのを感じる。

 ならばヘルムフリートさんの信頼に答えるために、そして王女殿下との記念すべき日のために、私は自重せず全力で挑むと決意する。


「俺も楽しみにしているが、くれぐれも身体には気をつけて欲しい。夜も更けてきたし、我々はそろそろお暇させて貰う」


 ジルさんがそう言って立ち上がったので、私もお見送りしようと席を立った。


「…………」


 立ち上がった私をジルさんがじっと見つめるので、どうしたんだろう、と不思議に思っていると、真顔だったジルさんの表情がふわっと綻んで笑顔になる。


 ジルさんの微笑みに、ぶわっと舞い散る花々の幻影を視るけれど、段々幻影の威力がパワーアップしているのは気のせい……じゃ無さそうだ。

 今までは幻影だけだったのに、花々を舞い上げる爽やかな風まで感じるではないか。


「髪飾り、よく似合っている」


「ぶふぉっ!」


 笑顔とともにそんな事を言われたせいで、乙女が出してはいけない変な声が漏れてしまった。

 今日、お姉様方からジルさんの話を聞いたこともあり、すっかり油断していたのだ。


 ──まさか、そんな綺麗な笑顔を見られるとは思わなかったから。


 変な声を出してしまった恥ずかしさと、似合っていると褒められた恥ずかしさが混ざりあい、頭の中と感情がごちゃごちゃになった私は、ただ赤面するしか無かった。


「……ごほん。僕の存在忘れてない? 防御魔法の術式は僕が刻印したんだけど?」


 こっ恥ずかしい空気を払拭するように、ヘルムフリートさんが話題を変えてくれた。この場にヘルムフリートさんがいてくれて本当に良かったと思う。


「あ! まだお礼を言ってませんでしたね! すみません! ヘルムフリートさんが凄い術式を組んでくれたと聞きました! 本当に有難うございます!」


 術式を施してくれたのはヘルムフリートさんなのに、すっかりお礼を言うのを失念してしまった。これは反省せざるを得ない。


「ははは。大丈夫だよ。でも本当に似合ってる。あの時はジギスヴァルトに頼まれた通り術式を盛り込んだけれど……。こうして見ると、その髪飾りにエゲツない効果があるなんて誰も思わないだろうね」


「ひぃっ?! い、一体どの様な効果が……っ?!」


「……む。悪事を働かなければ問題ないだろう? ヘルムフリートは余計なことを言うな」


 ヘルムフリートさんがエゲツないと言うほどの術式と聞いて、血の気が引いてしまった私を気にしたのか、ジルさんがヘルムフリートさんを戒める。


「確かに、悪さをしなければ良いだけの話だよね。アンさん、ごめんね。さっきの話は忘れてくれる? だからその髪留めは出来るだけ外さないでね」


「あ、はい! そうします!」


 身に付けているだけなら、とても可愛い髪留めだ。どんな効果があるかはわからないけれど、私を守るためにジルさんたちが贈ってくれた物なのだから、ただただ大切にしようと思う。





 * * * * * *





 あっという間に日は過ぎて、明日にはヘルムフリートさんと王女殿下の婚約式が行われる。


 夜もすっかり更けていき、王宮の敷地内にある神殿は人気がなく、月明かりに照らされて荘厳な雰囲気を醸し出している。


 どうして夜遅い時間に私が神殿にいるのかと言うと、会場装花のために徹夜で作業するためだ。


 殿下たちの婚約式は午前中に行われるので、間に合うように準備するためには夜に動くしか無いのだ。


「エマさん、ヒルデさん。どうぞよろしくお願いします」


「はい。何でもお申し付け下さい」


「お任せ下さい!」


 さすがに私一人では手が回らないかもしれないので、行政官からお手伝いしてくれる人を派遣して貰えるようにお願いした。

 来てくれたのはエマさんとヒルデさんという名の、私より少し年上の女性たちだ。

 二人とも生花店勤務の経験者で、以前『プフランツェ』で働いたことがあるらしい。


 ちなみに花材や資材はすでに運んで貰っているので、後は花を飾り付けていけば良いように準備は終わらせている。


「では早速ですが、打ち合わせした通りに網を設置して貰えますか?」


「「わかりました!」」


 予めエマさんとヒルデさんにどう装花するのか説明していた私は、二人に花を挿すのに使う網の準備をお願いした。


 網といってもたくさん種類があるけど、今回用意したのは六角の網目状になっており、中にワイヤーが入っている物で、形を自由に変えることが出来る網だ。この網を丸めて花瓶に入れれば花留めになるので、花を活ける時に大活躍のアイテムだ。

 手伝ってくれるお二人もよく使っていたのだろう、慣れた手付きで手際よく網を設置していく。


 網の設置が終われば次は土台作りだ。

 私はまず、設置した網を隠すように、土台となる葉物をどんどん網に挿していった。そうすることで花を挿した時、花が抜け落ちにくくなるのだ。


「アンさんのお店の花、すごく色が綺麗で元気ですよね」


「本当よね。こんな鮮やかな花は見たことがないわ」


 持ってきた花の処理をしてくれている二人が、私の花たちを見て感嘆のため息を漏らしている。

 超人気店『プフランツェ』で働いていた人に自分が育てた花を褒められてとても嬉しい。


「本当ですか? 有難うございます! 『プフランツェ』で扱っている花はどんな感じなんですか?」


 ちなみにわいわいとお喋りしているけれど、そこは職人。皆んなの手は休まずずっと動き続けている。


「そうですねぇ。正直、この花たちを見たら全然色が違いますね」


「そうそう! 色はもっとくすんでいましたよ。それが当たり前だと思ってましたけど、アンさんのお花はすごく鮮やかな色なので驚いちゃいました」


「こうして見てみると他のお店の花も彩度が低いというか……濁ってる感じがしますね」


 エマさんとヒルデさんが私の花たちを絶賛してくれる。どうやら『プフランツェ』だけでなく、他の生花店の花も同じ様な色なのだそうだ。


(へぇ……そうなんだ。輸入するお花だからかなぁ……?)


 お客さんにもよく花の色を褒めて貰っているけど、それは比喩か何かだと思っていた。

 だけど私は二人の話を聞いて、本当に花の色が違っていたのだと気が付いた。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


生花装飾は準備が大変。_(┐「ε:)_


次回もどうぞよろしくお願いします!(*´艸`*)

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