第27話

 ヴェルナーさんに馬車で送って貰った後、私は花の手入れをしながら今日のことを振り返る。


(またお邪魔したいなぁ……)


 まさかお貴族様のお屋敷が、あんなに居心地がいい場所だなんて思わなかった。もっと厳格で息が詰まりそうな場所なのだろう、と偏見を持っていた自分が恥ずかしい。


 ディーステル伯爵家で過ごした時間は短かったけれど、お姉様方とフィーネちゃんたちとのお喋りはとても楽しくて。

 だけど家に戻った瞬間、私は現実に引き戻されてしまう。


 ──明かりが消えた、小さいお店を、とても寂しく感じたのだ。


 私の両親は別の国で元気に暮らしているから、天涯孤独というわけではないけれど、ずっと私は一人で暮らしている。そんな私が先程まで家族団らんの中にいたのだから、その反動が孤独感として現れてもおかしくはない。


(ま、これからしばらく忙しくなるだろうから、そんな寂しさなんてすぐに忘れちゃうだろうけど)


 未だに実感はないけれど、大役を任されたのだから精一杯頑張ろうと、心の中で気合を入れる。


(まずは会場の下見をして、何処にどれぐらいの花を飾るのか確認して、必要な花の数を割り出さないとね……)


 生花装飾の範囲によってはここの花畑では足りないかもしれない。その場合は別ルートで花を手配しなければならない。


 伯爵に相談しなければいけないことをメモしなければ、考えることが多すぎて忘れてしまいそうだ。


 そうして伯爵の顔を思い浮かべると、先程馬車の中でヴェルナーさんに言われた言葉が、頭の中で自動再生される。


『──俺はお店で働いている時のアンちゃんの笑顔が、一番綺麗だと思うよ』


(あわわ……! ダメダメ! 今は思い出しちゃダメーー!!)


 さっきから一生懸命考えないようにしているのに、何故か自動再生されてしまう。きっと伯爵とヴェルナーさんがよく似ているのが原因なのだと思う。


 ──あの後、ヴェルナーさんとどんな会話をしたのか覚えていない。


 ヴェルナーさんの言葉に、私は余程衝撃を受けたのだろう。

 まさかドレスアップした私より、普段の私の方が良いなんて、言って貰えるとは思わなかったから。


 ちょっと前まではヴェルナーさんのことを、彼女がたくさんいる軽い男の人だと思っていたけれど、それは誤解で本当はとても優しい人だと今ならわかる。


 これからヴェルナーさんと会う機会が増えそうだし、ジルさんやヘルムフリートさんたちみたいに、もっとヴェルナーさんとも仲良くなれたら良いな、と思う。





 * * * * * *





 アレリード王国の王都バルリングの、王宮に近い貴族街の一角に『プフランツェ』という、大きな生花店があった。


 その店は外国から取り寄せた珍しい花や、多種多様な花を集めた品揃えで、貴族はもとより富裕層や高級店からも注文がある大店だ。

 更に最近では、王宮で開催される行事で使われる花の主な発注先となっていて、最早王都一の──いや、王国一の生花店と巷では評判であった。





「何だとっ?! 受注出来なかっただとっ?!」


「は、はい、行政官の補佐から聞いた話では、別の生花店に発注が決まったと……」


 生花店『プフランツェ』の建物にある部屋の一室で、従業員から聞かされた話に、店長代理の男──バラバノフが驚愕の声を上げる。


「どういうことだっ?! よりにも寄って王女殿下と侯爵の婚約式だというのに……!!」


「そ、それが王女殿下と侯爵たっての希望で、発注先を直接指名されたとか……」


 フロレンティーナとヘルムフリートの話は、今や王国民の誰もが知る逸話となっており、国民全員が二人の動向を見守っている。

 そんな二人の婚約式ともなれば、国外からも注目の的になるのは必然で、その式の装飾を担当した場合、『プフランツェ』の名声は一気に高まるはずであった。


「この重要な仕事を他の店に取られるわけにはいかん!! その指名された店はわかっているのか?!」


「……いえ、それはまだ……」


「チッ!! その店の名前を調べろ!! わかり次第すぐ報告するんだ!!」


「は、はいっ!!」


 バラバノフから命令を受けた従業員が慌てて部屋から出ていった。きっとすぐに情報を入手して戻ってくるだろう。


「くそっ……! どこの店かわかったら流通ルートを遮断してやる……!」


 バラバノフは完全に逆上していた。そして受注した店に圧力を掛けて、辞退させようと企んだのだ。

 それだけ、今回の婚約式は大きなビジネスチャンスなのだ。この絶好の機会を逃がすわけにはいかない、とバラバノフは考えた。


 この国で売られている花の殆どが輸入に頼っている。それはアレリード王国の近くに魔物の住む大森林があるため、農作物を生産出来る農地が不足しているからだ。

 だからその店の生花の輸入ルートを断ち切れば、たちまち立ち行かなくなり、店を畳むしかなくなるだろう。


 それからしばらくして、婚約式を担当する店が判明した。


「店の名前は『ブルーメ』と言いまして、年若い女店主が営む小さい店で、王都の外れにあるとのことです」


「うーむ……。どうしてそんな店が選ばれたんだ? 全く理解できん」


 バラバノフは不思議に思いながらも、そんな小さい店なら少しの圧力ですぐに潰れるだろうと考えていたが、その予想は見事に外れることとなる。

 何故なら、その小さい生花店『ブルーメ』は、どこからも花を仕入れていなかったからだ。


「な、なぜ……! この店は一体どこから花を……っ?」


「それが、どうやら店の裏で花を生産しているらしい、と報告が」


「何っ?!」


 バラバノフは部下からの返答に驚いた。

 いくら小さい店舗とは言え、店を運営するならばある程度の品種が必要となる。しかし王都郊外とは言え、そんな場所に花を生産できるような広い土地があるとは聞いたことがない。

 生花店の店長代理を務めるバラバノフが、その情報を知らないはずないのだ。


「種や球根などは商業ギルドから購入しているようですが、ギルドに圧力を掛ける訳にもいきませんし」


「くそ……っ!」


 商業ギルドは公平性を重んじる。大きな商会がギルドに圧力を掛けようとして、返り討ちに合ったことが過去にあったという。

 それに『プフランツェ』も商業ギルドを利用しているので、関係を悪化させるのは得策ではないのだ。


「その花を生産している場所を調べることは出来るか?」


「……それが、何故かあの区画一帯、警備が強化されているようで……怪しい行動をとるとすぐ衛兵がやってくるそうです」


「どういうことだ……? これは偶然か……?」


 バラバノフは腕を組んで考える。このタイミングで警備が強化されていることと、例の店が式典の花を受注したことに関係があるのか、と。


「警備が強化されたのは最近か?」


「いえ、二ヶ月ぐらい前からのようです」


「……ふむ。なら気のせいか……」


 一瞬、例の店を守るために警備が強化されたのかと思ったバラバノフであったが、どうやらそれは違うらしい。


 しかし警備が強化されている以上、下手に例の店に手を出したり調査するのはやめておいた方がいいだろう。捕まった者から自分たちのことがバレたらかなりヤバい。目をつけられて細かく捜査されては困るのだ。


 業腹だが、今回の受注は諦めるしか無いとバラバノフは判断した。


「全く……運が良い店だ」


 バラバノフはそう呟くと、上司──店長にどう説明するべきか頭を悩ませるのだった。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


怪しい人の登場です!(言い方)

アンちゃん強運の持ち主でした!ε-(´∀`*)ホッ


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る