第28話

 ディーステル伯爵家にお邪魔してから三日後に、婚約式が行われる会場の下見をさせて貰った。

 会場は王宮内にある神殿で、王族の冠婚葬祭はここで行われる決まりなのだそうだ。


 白い大理石で建てられた神殿は静謐で、ステンドグラスから溢れる光が神殿内に神々しい雰囲気を醸し出している。


「花を装飾する場所は正面の祭壇と、その祭壇の左右に一つづつ、通路に沿って各ベンチにも装花が必要ですね」


「な、なるほどです!」


 ディーステル伯爵様の補佐官というフランクさんが、装花が必要な箇所を私に説明してくれる。

 ちなみに伯爵様は会議でお会いすることが出来なかった。伯爵様も私を案内できず、とても残念そうだったとフランクさんが楽しそうに教えてくれた。


「王女殿下からは可愛く甘い雰囲気でお願いしたい、と伺っています。以前作られた花束に似た感じで……だそうですが、大丈夫ですか?」


 可愛くて甘い雰囲気の花束と言えば、以前お客さんにも甘い甘いと言われた花を揃えた日のことだろうか。


「……はい、大丈夫です!」


 あの日の花はローゼにフィングストローゼ、レースラインやヴィッケ……お店でも定番の花たちだ。

 今から準備をすれば問題なく用意できるだろう。


(装花する場所がそう多くなくて良かった……!)


 婚約式の花は何とかなりそうだと、一安心した私にフランクさんがとんでもないことを言い出した。


「あ、婚約式を終えた半年後に婚儀を行う予定でして、その時は会場中を装花することになるかと」


「……は?! 今回だけじゃないんですか?!」


「はい。婚約式の出来次第ではありますが、余程のことがない限りは引き続き婚儀の装花もお願いすることになります。それに王女殿下と侯爵閣下たってのご指名ですから」


 ──私に拒否権はない、とフランクさんは言いたいのだろう。


 婚約式の装花ならギリギリ大丈夫だけれど、更に豪華絢爛となる婚儀の花は流石に無理じゃないかと思う。


 とりあえず、今は婚約式の花に集中して、婚儀の方はまだ時間があるし、ゆっくり考えることにした。






 フランクさんと打ち合わせが終わった私は、お店に戻り温室の様子を見て回った。


 今は元気に育っている花たちだけれど、生産量を増やそうとして植栽間隔を狭くすれば、根詰まりを起こし花が育たなかったり枯れてしまう場合がある。

 やはりどう考えてもこれ以上花畑を広げることは無理そうだ。


「うーん、あともう少し何かを足したいんだよねぇ……」


 花畑全てを使えば、王女様の希望通りの雰囲気の花を準備できる。


 だけど私はあと一つ、何かを加えたいな、と思う。


 王女様が希望しているとはいえ、あの時の花束そのままの花を使用すると、感動が薄れるような気がするのだ。


 私はぐるっと周りを見渡して、あるものに目を留めた。


「そうだ! この花を使えば良いんだ!」


 ──私が目に留めたのは、白いマイグレックヒェンだ。


 浄化されて毒がない白いマイグレックヒェンはとても可愛いし、花言葉も「純潔、純粋、幸福」で、まさにぴったりだと思う。

 それに「幸せを呼ぶ花」と呼ばれる通り、王女殿下の病気を治す薬にもなっているので、マイグレックヒェン以上にふさわしい花は無いんじゃないだろうか。


 マイグレックヒェンなら鉢植えで育てることが出来るから、花畑の場所を取らないし。


「そうと決まれば大量に咲かせないと!」


 善は急げというし、在庫の球根も全て放出してマイグレックヒェンを植えることにする。棚いっぱいに鉢を並べて育てれば、十分な量が確保できそうだ。


(あ、婚儀の装花にもマイグレックヒェンを使おう! 今からギルドに頼めば十分間に合いそうだし!)


 方向性が決まれば後は準備するだけなので、メンタル的にだいぶ気が楽になった。


 だけど婚約式の準備をするとなると、お店の営業のことを考える必要がある。

 しばらくの間は婚約式用の花を育てるのにいっぱいいっぱいになるので、お店で売る花を育てる余裕がなく、休業しなければならないのだ。


(前もってお客さんたちには知らせなきゃね)


 私はこれからしばらく忙しくなるな、と思いながら、婚約式のことを考える。


 婚約式は結婚の契りを出席者の前で誓うという神聖な儀式で、要は神様に結婚しますよ、と報告するためのものだ。

 だから規模はそう大きくないけれど、王族と高位貴族の婚約式となればその責任は重大だ。しかも今をときめくお方たちなのだ。世間からの注目度はかなり高いだろう。


 プレッシャーがとんでもないけれど、私が育てた花が良いと言ってくれた王女様やヘルムフリートさんのためにも、私は全力を尽くさねばならない。


 マイグレックヒェンを植え終えた私はお店の方へと向かう。


 今日は式場の確認のためにお店を臨時休業にしていたけれど、お店に戻ってみると誰かが扉をノックしていることに気がついた。


「どなたですか……? え、ジルさん?!」


 扉からそうっと覗いてみると、意外な人物──ジルさんが立っていて驚いた。


「すまない。休みのプレートが掛かっていたから帰ろうと思ったのだが、明かりが点いていたのでな」


「そうなんですね。あ、良ければ中にどうぞお入り下さい」


「む。良いのか? アンの顔をひと目見たかっただけなのだが」


「ふえっ?! え、あ、その、全然大丈夫ですよ! せっかくですし、どうぞどうぞ!」


 私の顔なんかで良ければいくらでもどうぞ! と思ったけれど、口に出さず、何とか平静を装った。


 私はジルさんを温室へ招くと、クロイターティの準備をする。


 クラテールにお湯を注いで蒸らしている間、そう言えば、と思ったことをジルさんに聞いてみることにした。


「あの、店の方に用事があったんですよね? 花束ですか?」


「……いや。近くに来たついでにアンにこれを渡そうと思ったのだが……」


 そう言ってジルさんがテーブルに置いたのは、手の込んだ装飾が施された、高そうな箱だった。


「……えっと、これは……?」


「開けてみてくれ。気に入って貰えると嬉しいのだが」


 ジルさんに促され、箱を取って蓋を開けてみると、そこにはマイグレックヒェンを象った髪留めが入っていた。


「……うわぁ……! すごく綺麗で可愛いです!! え、これを私に……?」


 まさかジルさんから、こんなに素敵な髪留めをプレゼントされるとは思わなかった私は、心底驚いた。


「ああ。アンに似合うと思って用意した。出来ればいつも身に付けていて欲しい。それにはヘルムフリートが施した身体防御の術式が組み込まれているんだ」


「えっ?! これ、魔道具なんですか?!」


「うむ。アンに危害を加えようとする者から守ってくれるはずだ」


 私に危害を加えそうな人って……? 誰かに恨まれるようなことをした覚えが無い、と思うけれど……。

 だけどジルさんの目が真剣だったから、きっと何か意味があるのだろう。


「有難うございます! 明日から使わせていただきますね!」


「うむ。そうしてくれると俺としても安心だ。ヘルムフリートの術式は確かだからな」


 穏やかな印象のヘルムフリートさんだけど、騎士団と共にこの国の国防の要である魔法師団の団長で、魔道具作りの天才でもある。

 そんな人が作った防御の魔道具なんて、すごい効果があるに違いない。


「……ああ、俺も聞きたかったんだが、今日はどうして休業にしていたんだ?」


「あ、それはですね。うちの店が王女殿下の婚約式の装花をすることになりまして。会場へ下見に行っていたんです」


「ああ、そうだったな。フロレンティーナとヘルムフリートが無理を言ってすまない。アンの育てる花は美しいから、彼奴等が是非にと言う気持ちがよくわかる分、反対する訳にもいかなくてな……」


 ジルさんは私の店の規模を考えて、無理な注文ではないかと心配してくれたらしい。


「いえ、とても光栄なことですし、喜んでお受けしましたから大丈夫です! 心配して貰えて嬉しいです! 有難うございます!」


 私はジルさんに満面の笑顔でお礼を言った。私の花を褒めてくれたことや、心配してくれたこと全てに対して感謝する。


「……う、うむ。そうか、なら良かった……。俺に手伝えることがあれば何でも言って欲しい」


 何故かジルさんが顔をそらして口籠る。

 何となく照れている様子に、お礼を言われ慣れていないのかな、と一瞬思ったけれど、ジルさんは英雄だし、人々から常に感謝されているだろうから、きっと私の気のせいだろう。


「ジルさんにお手伝いしていただく程のことは無いですし、大丈夫ですよ。行政官補佐の方に頼めば、資材の搬入をお手伝いしていただけるみたいですし」


「……む。そうか……」


 ジルさんも忙しいだろうから、とやんわりお断りしたけれど、ションボリとされてしまって内心で酷く焦る。

 私はこの表情にすごく弱いのだ。思わずよしよしとしてしまいそうになる。


「あ、婚約式は大丈夫そうなんですけど、婚儀の方が心配なんですよね。もっと花が必要になりそうなんですけど、植える場所が無くて……」


 無理やり話題を変えるつもりで言っただけだったのに、ジルさんから返ってきたのは意外な返事で。


「ならば、俺の屋敷の温室を使えば良い。アンの温室のような術式はないが、ヘルムフリートに頼めば大丈夫だろう」


 ジルさんのおかげで色んな心配事が一気に無くなってしまった。


 ……頼もし過ぎるんですけど!

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


畑問題無事解決(笑)

しばらくはジルさんのターンです。(*´艸`*)


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る