第26話

「──はい、わかりました! そのお話、喜んでお受け致します!」


 ディーステル伯爵から、王女様とヘルムフリートさんの婚約式に使う花を、私のお店に任せたいと打診された。


 私は思わぬ大抜擢に、一瞬怖気づいてしまったけれど、王女様とヘルムフリートさんが私の花を使いたいと言ってくれた気持ちがとても嬉しかったことと、お二人のためになるのなら、と思い、その打診を受けることにした。


「それは良かった! 断られるのではないかとヒヤヒヤしましたよ」


 ディーステル伯爵が安堵の笑みを浮かべた。その笑顔を見て、ヴェルナーさんにとても良く似ているな、と思う。


 打診を受けたものの、式典で使用する花の種類や量、人員の手配など、決めなければいけないことが山盛りで、今後も伯爵様と打ち合わせをする必要があるので、これからすごく忙しくなりそうだ。


「わぁ……! すごいです! じゃあ、これからもアンさんがここへ来て下さるのですか?」


 静かに話を聞いていたフィネーちゃんが、とても嬉しそうに聞いてきた。


「えっと、多分そうなるのかな……?」


 ご多忙な伯爵様に私のお店まで来て貰う訳にはいかないので、打ち合わせをするなら私が足を運んだ方が良いだろう。

 ……お店にお貴族様をお迎えするようなスペースなんて無いし。

 

 ちなみにジルさんとヘルムフリートさんも高位すぎる貴族だけど、あの二人は別枠だ。


「はは、今回は仕事の話で来て貰いましたが、いつでも遊びに来てくれて構いませんよ」


 伯爵様が私にそう言うと、お姉様方も伯爵様の言葉に同意してくれる。


「そうよ! またいつでも遊びに来て頂戴! アンさんともっとお話してみたいわ!」


「今度お店の方にお邪魔してもいいかしら?」


「私もアンさんのお店に行ってみたい! フィーネばっかりずるい!」


「ウフフ、アンさんのお店はとても居心地がいいのですわ! アンさんの手作りプレッツヒェンもすごく美味しく……あっ!」


 フィーネちゃんが”しまった!”という表情をして口を押さえる。

 そんなフィーネちゃんをお姉様方が放っておくはずがなく、尋問されたフィーネちゃんは呆気なく自白した。


「なんですってっ?! そんなに美味しいお菓子を隠していたですって?!」


「ヴェルナーも共犯なのね……ふふふ、あの子ったら、いい度胸じゃない」


「独り占め……この場合は二人占め?は良くないわよねぇ」


「これはお仕置きね〜」


 お姉様方の表情が怖い。フィーネちゃんも恐怖でガタガタと震えてしまっている。


「あ、あのっ! もしよろしければ、皆さんにもお作りします……!」


 私はフィーネちゃんやヴェルナーさんがお仕置きされないために、プレッツヒェンをお姉様方に捧げることにした。


「え、本当?! 何だか催促したみたいで悪いわぁ!」


「まぁ……! アンさんってばなんて優しいのかしら!」


「本当に作ってくれるの?」


「はいっ! お口に合うかわかりませんけど……!」


「フィーネたちが内緒にするぐらい美味しんだから大丈夫よ〜〜。うふふ〜。楽しみ〜〜!」


 作るのはそう手間じゃないし、ドレスを借りたお礼とお化粧をして貰ったお礼も兼ねられるので、私にとっても助かる提案だと思う。


「では、次回お伺いした時にお持ちしますね!」


 お姉様方と約束していると、扉の向こうからバタバタと足音が聞こえてきた。


「アンちゃんが来てるって本当?!」


 扉を開けて慌てて入ってきたのはヴェルナーさんで、仕事を終えて帰宅したばかりのようだった。


「あ、ヴェルナーさんお邪魔しています。お仕事お疲れ様でした」


「……っ?!」


 ヴェルナーさんは声を掛けた私を目にとめると、驚いた表情を浮かべたまま固まってしまった。


「あ、あれ……?」


 いつもと違う私に驚いたらしいヴェルナーさんの顔が、段々赤くなっていく。


「ヴェルナー、落ち着け。お客様の前だぞ」


「うふふっ! ほら、言った通りでしょう?」


「本当ね! ドレス姿のアンさんに見惚れてるわ!」


「まあ! 予想通りね!」


「あらあら、真っ赤になっちゃって〜〜。初心ね〜〜!」


 伯爵様やお姉様方からからかわれたヴェルナーさんがはっと我に返る。


「う、うるさい! こんなに綺麗なアンちゃんに見惚れないわけ無いだろっ!」


「き、綺麗……っ?!」


 予想外のストレートなヴェルナーさんの物言いに、私まで顔が赤くなってしまう。


「……うん、とっても綺麗だよ」


「ふぇっ?!」


 眩しいものを見るかのように、目を細めてそう言うヴェルナーさんに、私の顔が更に真っ赤になってしまう。

 しかも変な声も出てしまってめちゃくちゃ恥ずかしい。


 っていうか、こういう場合、普通だったら違う言葉で誤魔化すとかしそうなものなのに、ヴェルナーさんは全然平気そうだ。

 もしかして普段からお姉様方に鍛えられているのかもしれない。


「……あ、有難うございます……っ」


 取り敢えず褒めて貰ったお礼をヴェルナーさんに伝えたけれど、私とヴェルナーさんを見るご家族の視線がとても生温い……ような気がする。


「アンさん、もしお時間がありましたらテラスでお茶をしませんか?」


 私の居た堪れない気持ちを察したのか、フィーネちゃんが提案してくれる。


(もうフィーネちゃんってばなんて良い子なの……っ!!)


 私はフィーネちゃんのために、プレッツヒェンを多めに用意しようと心に決めた。


「そうね! そこでデザートを頂きましょう!」


「そうしましょう、そうしましょう!」


 雰囲気を切り替えるかのように、お姉様方もフィーネちゃんの提案に乗ってくれた。


「あ、俺も……」


「あら、ヴェルナーは駄目よ!」


「帰ってきたばかりでしょ! 早く着替えていらっしゃい!」


「そうそう、まずは汗を流さないと!」


「汗臭い男は敬遠されるわよ〜〜!」


 一緒に来ようとしたヴェルナーさんをお姉様方が追い返してしまう。こうしてみるとやっぱりお姉様方は強いなぁ、と感心する。


 そうして伯爵様に挨拶をした私はお姉様方とテラスに移動し、素敵な庭園を眺めながらお茶とデザートを頂いた。

 てっきりヴェルナーさんのことでからかわれるかと身構えていたけれど、お姉様方は私のお店や仕事のことに興味があるらしく、色々と質問に答えている内に結構な時間になってしまった。


「あ、そろそろお暇させていただきます。明日の準備もしないといけませんので」


「あら、もうそんな時間?」


「まあ、本当だわ。引き止めてごめんなさいね」


「これからお仕事だなんて……。じゃあ、お着替えをしなくちゃね」


「帰りは弟に送らせるから〜〜安心して〜〜」


「アンさんにお泊りしていただきたかったのに……残念ですわ!」


「お泊りは流石に出来ないかな。ごめんね」


 私はしゅんとするフィーネちゃんを宥めた後、ドレスをお返しして着てきた服に着替え、メイクを落として貰った。せっかくのメイクだったけれど、服と顔が釣り合わなかったのだ。


「じゃあ、失礼します。たくさんご馳走していただき有難うございました」


 すっかりいつもの姿に戻り、伯爵家御一行様に見送られ、用意して貰った馬車に乗ろうと振り返ると、馬車の前にヴェルナーさんが立っていた。

 騎士団の制服とは違うラフな姿に、やっぱり格好良いな、と思う。


「アンちゃん、店まで送るよ」


「えっ、お疲れではないですか?」


「全然平気! それに姉ちゃんたちに邪魔されてアンちゃんと全然話せなかったし!」


「有難うございます、じゃあよろしくお願いします」


「喜んで」


 ヴェルナーさんはそう言うと、私に向かって手を差し伸べた。その所作があまりに自然だったので、私も自然とヴェルナーさんの手に自分の手を重ねていた。


 お貴族様から二回もエスコートされた平民なんて私ぐらいかもしれない。


 馬車の窓から伯爵家の人達に小さく手を振ってお別れする。フィーネちゃんやお姉様方だけでなく、伯爵様まで手を振ってくれて、とても温かいご家族だな、とほっこりする。


「うちの家族はすっかりアンちゃんが気に入ったみたいだね。良かったらまた遊びに来て欲しいな。あ、今度は俺が休みの日だったら嬉しいんだけど」


「私もとても楽しかったです! 皆さんとても良い人達で……。あ、プレッツヒェンをお作りする約束もしていますし、近い内にお伺いするかもです」


「え! 本当?! アンちゃんのプレッツヒェン楽しみだな! ……あ、確かお店が休みの日って水の日だったよね?」


「はい、そうですけど……」


「水の日は団長も休みだけど、俺もその日を休みにして貰えるようにするよ!」


「え、大丈夫なんですか?」


「うん、大丈夫大丈夫!」


 ジルさんは団長だから休日を自由に出来るだろうけど……。もしかしてヴェルナーさんも結構位が高いのかな? なんて思う。


「じゃあ、私も予定がわかり次第フィーネちゃんに伝言をお願いしますね」


「うん、楽しみにしてる!」


 ヴェルナーさんはニコニコと笑顔を浮かべてとても嬉しそうだ。そんなにプレッツヒェンを気に入って貰えるとは思わなかった。

 伯爵家で頂いたデザートはとても綺麗で美味しかったけど、たまには素朴な味のものが欲しくなる的なアレなのかもしれない。


「今日はいい日だなぁ。アンちゃんの着飾った姿も見られたし」


「あ、それは……その、お姉様方が頑張って下さったので……」


「うん、姉ちゃんたちも良い仕事してくれたなって。アンちゃん、とても綺麗だった」


 改めてヴェルナーさんに褒められた私は、またもや顔が赤くなってしまう。

 今まで自分の容姿に無頓着だったし、こうして褒められることなんてなかったので、どう反応すればいいのか未だによくわからない。


「……あ、有難うございます……っ」


「……でも──」


 思わず俯いてしまったものの、何とかお礼を言った私に、ヴェルナーさんが何かを言い掛けた。


 何だろう、と思いながら顔を上げた私の目に映ったのは、


「──俺はお店で働いている時のアンちゃんの笑顔が、一番綺麗だと思うよ」


 そう言って微笑みながらも、真剣な目をしたヴェルナーさんだった。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


ヴェルナーさんのターンです。ジルさんピンチ!


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る