第25話
──どうしてこうなった。
「あら、アンちゃんってばすっごく肌が綺麗なのね!」
「まぁ〜、本当ね。どのブランドの化粧水を使っているの?」
「今まで化粧したことがないってホント? これはいじり甲斐があるわ〜!」
「私のドレスが着れそうね! ……あら? ウエストが余る……ですって?!」
「アンさんはスタイルが良いのですね! ステキですわ!」
私は今ヴェルナーさんのお姉様方とフィーネちゃんにめちゃくちゃイジられている。イジると言っても意地悪の方ではなく、手を加える方のイジるだ。
何故私がヴェルナーさんのお姉様方にイジられているのかというと、王宮から行政官の代理という人がお店に来て、依頼したいことがありその件について話し合いたい、と言われたからだ。
そうしてお店を臨時休業にし、馬車に乗せられた私が連れて来られた場所はディーステル伯爵のタウンハウスで。
そのディーステル伯爵邸に着いた途端、フィーネちゃんとそのお姉様方に拉致られたのである。
そこで私は初めて知った。ディーステル伯爵家がヴェルナーさんとフィーネちゃんの家だということを。
(まさかヴェルナーさんが伯爵家のご子息だったとは……! ジルさんといい、私の周りに高位貴族が増えてきたような気がするよ……)
そして着の身着のままやって来た私を見たディーステル家のお姉様方が、何故か私をドレスアップしてくれているのだ。
「──完成よ! すっごく良い出来!!」
「うわぁ!! アンさんとてもお綺麗ですわ!!」
「あらあら〜素敵じゃない〜? 舞踏会に連れて行ったらダンスの申込みが殺到するわよ〜?」
「えっ?! ダ、ダンス?!」
「あら、ダンス踊れないの? 練習する? ヴェルナーに付き合わせようか?」
「いやいやいや!! 大丈夫です!! そんな機会ありませんから!!」
「そう? でもこれから機会が増えるかもしれないわよ?」
お姉様方に手を加えられ、ドレスアップが完了した私はその出来栄えに驚いた。
いつも地味な服と髪の毛だった私が、今や何処かの貴族令嬢のように変身していたのだ。
そんな私を見たお姉様方から不穏な言葉が飛び出して、私はめちゃくちゃ焦ってしまう。
(舞踏会とかダンスとか平民の私には無縁なのに! なんて恐ろしいことを!!)
「それにしても本当に綺麗だわ。ヴェルナーが見たら驚くでしょうね。ウフフ」
「きっと惚れ直すでしょうね。見惚れちゃうんじゃないかしら?」
「えっ?! ええっ!!」
お姉様方が褒めてくれるのはすっごく嬉しいけれど、ヴェルナーさんが見惚れるとかは無いと思う。だってこんな美女たちに囲まれて育ってきたような人なのだから、さぞや目が肥えているだろうし。
私が内心焦っていると、扉をノックする音がした。やって来たのは伯爵家の執事さんで、食事の準備が整ったという。
「我が主人がアンネリーエ様をお待ちしております」
「は、はいっ!」
私は緊張しながらお姉さんたちと一緒にダイニングルームへと向かう。
お貴族様のお屋敷に初めて来たけれど、どこもかしこも何もかもが豪華で、飾られている絵画に彫刻、それぞれに価値があり、一点だけでも私のお店より高そうだった。
「あらあら、アンちゃんてばキョロキョロしちゃって。そんなに珍しい?」
「はいっ! どれもこれもすごく素晴らしくて……! 圧倒されてしまいます!」
「ふふ、これらの美術品はお父様が集めているの。見どころがある若手の芸術家を支援しているし、芸術が好きなのよね」
「ほぇ〜〜〜。凄いですね……!」
まるで美術館のような廊下を歩き、伯爵が待つダイニングルームに到着する。
ダイニングルームの扉が開かれると、一際豪華で大きなシャンデリアが目に飛び込んできた。
シャンデリアの光が照らすダイニングルームには、カトラリーがセッティングされている大きく長いテーブルがあり、そのテーブルの先にこの屋敷の主で、ヴェルナーさんやフィーネちゃんたちの父親であるディーステル伯爵が座っていた。
ディーステル伯爵は私の姿を認めると、席を立ち笑顔で挨拶してくれた。
「初めまして。ヨハネス・ディーステルです。この度は無理な招待に応じていただき有難うございます」
まさか貴族であるディーステル伯爵からお礼を言われるとは思わなかった。
お貴族様は偉そうだという認識が吹っ飛ぶ程の腰の低さに驚いてしまう。
「いっ、いえっ!! こちらこそお招きいただき有難うございます!! アンネリーエと申します!!」
「アンネリーエさんには我が家の子供達がとてもお世話になっているとお聞きしています。末っ子のフィーネの件では無理を聞いていただき感謝しております」
「あっ、こちらこそフィーネちゃ……フィーネさんにはとても助けられています!! 許可をいただき有難うございます!!」
お貴族様とどのように会話すれば良いのかわからず、しどろもどろになりながらも何とか受け答えをする。
「今日はアンネリーエさんにお願いがあり、こうしてお招きさせていただきました。詳しい内容は食事をしながらお話させていただいても?」
「は、はい……っ! よろしくお願いします!!」
「はは、そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。どうぞ肩の力を抜いて下さい」
カチコチの私をディーステル伯爵が気遣ってくれる。ヴェルナーさんやフィーネちゃんたちの父親だけあって、結構フランクな性格なのかもしれない。
そんなディーステル伯爵は、美男美女の子供を持つ人だけあって、綺麗に歳をとった物腰の柔らかい中年の美丈夫だった。
昔はさぞやオモテになっただろうお顔をしている。
(よく見ればヴェルナーさんと似ているかも。ヴェルナーさんはお父さん似なのかな?)
お母さんのお顔も拝見してみたいけど、どうやらこの場にはいらっしゃらないようだった。
「アンさんはこちらにお座り下さい!」
フィーネちゃんに声を掛けられ席に向かうと、給仕の人が椅子を引いてくれた。
椅子に座ると目の前に豪華な花瓶に生けられた花があり、思わず「あっ!」と声が出た。
「はは、アンネリーエさんにいただいた花を早速飾らせていただきました。流石王女殿下やローエンシュタイン侯爵がお気に召されている生花ですね。話には聞いていましたが、こんなに色が鮮やかな花は初めて見ましたよ」
「あ、有難うございます……っ! お気に召していただけて嬉しいです!」
ディーステル伯爵邸に呼ばれた時、私はお店の花を手土産に持って行ったのだ。臨時休業にしたのでお花が余ったら勿体ないし、という貧乏性から出た行為だったけれど、喜んで貰えたのなら生産者としてとても嬉しい。
更に嬉しいのは、フロレンティーナ王女様やヘルムフリートさんが私の花を絶賛してくれていると教えて貰えたことだ。
ディーステル伯爵と話している間に、次々と料理が運ばれてきた。
どれもこれも見たことがない料理ばかりで、盛り付けからして洗練されている。これは絶対美味しいに違いない、と一目でわかった。
「さあ、冷めない内にどうぞお召し上がり下さい」
目の前に置かれた料理に釘付けになりながらも、たくさん並べられたナイフやフォークに、どう使えば良いのか全くわからず戸惑ってしまう。
「アンさん、カトラリーは外側から使うのですわ」
私が困っていることに気付いてくれたフィーネちゃんが、小声でカトラリーの使い方を教えてくれた。
(こんなに小さくて可愛いのに気遣いができるなんて……! フィーネちゃん有難う!!)
私はフィーネちゃんは本当に良い子だな、と感心しながら心の中で感謝する。
出された料理をよく味わいながら、家で同じ味を再現できないかな……と私が考えていると、ディーステル伯爵が本題を切り出してきた。
「お忙しい中、アンネリーエさんをお呼びしたのはお願いしたいことが有るからなのです」
「っ!? は、はいっ、どのようなご用件でしょうか……?」
一体何を言われるのかと、緊張しながらお伺いしてみれば、まさかの返答が。
「王女殿下とローエンシュタイン侯爵の婚約式の花を、アンネリーエさんのお店にお願いしたいのです」
「えっ?! 私の店にですか?! そんな大事な式典の花を?!」
「はい。王女殿下とローエンシュタイン侯爵たっての希望でもあるのですよ」
「え、お二人の……?」
驚いている私に伯爵様が教えてくれたことによると、王女様やヘルムフリートさんが、私の花を使いたいのだとかなり強い要望を議会に出したのだという。
懐疑的だった大臣たちが賛成したのも、フィリベルトさんが太鼓判を押してくれたからだそうだ。
「えっ?! フィリベルトさんって大臣なのですか?!」
「おや。ご存じなかったのですね。フィリベルト殿は国務大臣のお一人ですよ。実直な人柄で人望もある立派な方なのです」
「そんな方だとは知りませんでした……お店の常連さんの知り合いだとしか……」
「はは、フィリベルト殿は権力をひけらかすような方じゃありませんしね」
フィリベルトさんは気さくで愛妻家、というイメージしかなかった。人は見かけによらないんだなぁ。
そんな雑談を交えながら、婚約式の花について伯爵様と色々話し合う。
「……というわけで、如何でしょう? この話を受けて貰えませんか?」
伯爵様の言葉に、そんな大役が務まるのかどうか一瞬悩んだけれど、王女殿下とヘルムフリートさんの輝かしい門出を私の花が彩ることが出来るなら、それはとても光栄なことだと思う。
「──はい、わかりました! そのお話、喜んでお受け致します!」
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ
随分久しぶりの更新になってしまいすみません!(ノ∀`)アチャー
次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ
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