第24話

 アレリード王国の王都バルリングの中心、王宮にある会議室で、国王や大臣たちが出席する定例会議が行われていた。


「──と言うことで、今後は一刻も早く販売経路を解明し、首謀者の割り出しに尽力しなければなりません」


「うむ。これ以上被害者を出さないためにも、組織の全容を調査し、関係者を一人残らず捕縛せねばなるまいな」


「まずは売人の取締りから始めては? 例の麻薬を売れないようにするのが先決ではないでしょうか」


「末端の売人を取り締まっても仕方がないでしょう。そんな事をすれば我々が麻薬組織に介入しようとしていることに気付かれてしまいます」


「それに最近は貴族の中毒者が増えていると聞きます。一般国民とは違う販売経路を持っているということは、複数の販売経路を持つ可能性も考慮しなければなりません」


「貴族と交流のある者が組織に関与しているということですね。もしくは何処ぞの貴族が首謀者の可能性も……」


「……うーむ。それは憶測が過ぎるのでは?」


「しかし! 実際、”アクア・ヴィテ”の中毒症状と思われる症状の貴族が増えているのです! 中には年若い令嬢も含まれている状況ですよ!」


「深窓の令嬢と評判のアメルン家のご令嬢ですな。殆ど屋敷の外に出ない令嬢がどうして、と不思議がられていると聞いております」


「うーむ。一体どういうカラクリなのか……」


 多数ある議題の中で、今一番大臣たちの頭を悩ませているのが”アクア・ヴィテ”──<生命の水>と呼ばれる麻薬の一件だ。


 ここ最近、”アクア・ヴィテ”を使用したらしき人間が精神錯乱に陥ったり、幻覚作用で自殺や殺人を犯す事件が急増しているのだ。


 貧民街から始まり、急激に広まった麻薬”アクア・ヴィテ”は、徐々に王国を侵食し、ついに王都までその魔の手を伸ばしていた。


「とにかく、麻薬組織についての情報収集が最優先だ。そして各市街地の見回りを強めるように衛兵団に指示を出せ。最悪、騎士団と冒険者ギルドに協力を要請するように」


「かしこまりました。そのように関係各位にお伝えします」


 国王が指示を出し、宰相が了承する。そして国王は会議室を見渡すと、暗い雰囲気を払拭するかのように明るい声で言った。


「暗い話はここまでだ。次は明るい話題に移ろうではないか。我が娘フロレンティーナの婚約式についてだ」


 国王の言葉に、出席していた大臣や文官たちの緊張が解れたのだろう、先程とは打って変わって、会議室は和やかな雰囲気へと変わって行った。


「王女殿下の容態もすっかり良くなられたそうで……安心いたしました」


「不治の病と言われた病気の特効薬を、ローエンシュタイン卿が完成させたそうですな」


「素晴らしい功績です。さすが天才と称される魔術師団長ですね」


「して、婚約式の準備はどれぐらい進んでいるのですかな? 国民も首を長くして待っておりますよ」


 フロレンティーナとヘルムフリートの婚姻は、国民全員が待ち望む明るい話題となっている。

 死を待つばかりの不治の病に罹った王女を、恋人の魔術師が愛の奇跡で救ったという話が王国中に広まり、国民たちから絶大な人気を博したため、物語となって今後絵本や演劇となる予定となっていた。……本人たちの意思とは関係なく。


「会場の準備は装飾の手配ですね。依頼先がまだ決まっていないようです」


「装飾であればいつものように『プフランツェ』の生花を使って飾り付けるのでは?」


「その件ですが、王女殿下とローエンシュタイン侯爵から要望が出ておりまして。装飾の花は『プフランツェ』ではなく、別の店に依頼したいと」


「別の店? その店は『プフランツェ』よりも大きいのですか?」


「いえ、王都の外れにある花屋で、かなり小さい店のようですね」


「いやいや、大切な式典の花をそんな花屋に任せる訳にはいかないのでは?」


「しかし、当のご本人お二人が希望されていらっしゃいますので、流石に無視する訳にはいきませんよ」


 今まで王宮で開催された行事で使用される花は、王都にある生花店に発注していた。最近では貴族街にある『プフランツェ』が主な発注先となっている。


「しかし殿下たちは何故その店を? 品質は確かなのでしょうか?」


 王族の、しかも『王国の華』と称されるほど美しく人気がある王女の婚約式なのだ。みすぼらしい花で装飾されると国の品格を疑われてしまう。


「その点に関しては全く問題ないと、私が保証しましょう」


 難色を示す大臣たちに声を掛けたのはフィリベルトだ。

 彼はアンの店を利用したことがあり、その花の品質を高く評価している。


「確かに『ブルーメ』は店自体は小さいのですが、売られている花の色は鮮やかで、しかもかなり花持ちが良いのです。品質だけで言うなら『プフランツェ』よりも上でしょう」


「ほほう、そんなに……」


「あの『プフランツェ』よりも?」


「フィリベルト殿がそこまで仰るなら問題はありませんな」


 初めは否定的だった大臣たちも、フィリベルトが太鼓判を押すのを聞いて安心したらしく、反対する者はいなくなった。


「では、生花の方は『ブルーメ』に依頼するということで決まりですね」


「異議なし」


 そうして、会議は滞りなく終了し、国王や大臣たちは会議室から退出して行く。フィリベルトが同じように退出しようとした時、背後から声を掛けられた。


「フィリベルト殿、少しよろしいですか?」


「ああ、ディーステル殿。もしかして『ブルーメ』の件ですか?」


 フィリベルトに声を掛けたディーステルは、国王を補佐する行政官で、王家の栄典及び公式制度に関する実務を担っている。大臣の位こそ無いが、立場的には上位に格付けされている人物だ。


「はい。その『ブルーメ』は、若い女性が一人で切り盛りしている店だと小耳に挟んだのですが、本当でしょうか」


「ええ、その通りです。ディーステル殿の心配もわかりますが、私だけでなくリーデルシュタイン卿──騎士団長も懇意にしている店なのですよ」


「なんと! リーデルシュタイン卿が?!」


「はい。王女殿下とローエンシュタイン卿に留まらず、私や私の友人も『ブルーメ』はお気に入りの店ですよ。もし気になられるのなら、一度店を訪れてみては如何でしょう」


 王女たちが推薦しているとはいえ、新しい店との取引にディーステルは消極的であった。しかし、国の英雄であるリーデルシュタイン騎士団長まで認める店ならば、信用しても良いかもしれないと考える。


「……なるほど。どちらにしろ、一度は会わなければなりませんからね。でもお陰様で気が楽になりました」


 ディーステルはフィリベルトに礼を告げると、自身の執務室へと戻り、今日は帰宅すると補佐官に伝えた。


 自宅へ向かう馬車の中で、ディーステルは「そう言えば……」と思い出す。


 最近、息子が娘たちの誕生日によく花束を贈っていた。その花束を受け取った娘達は大喜びで、大切に部屋に飾っていたのだ。


 あの時見た花束は色鮮やかで、娘達の雰囲気にも良く合っていた。さぞや腕が良い職人がいる店なのだろうと感心したのを覚えている。


(念の為『ブルーメ』以外の店も調べておいた方が良いだろうな……)


 慎重な性格のディーステルは、不測の事態が起こった時のことを考え、評判が良い生花店をリストに加えることにした。


 そうして、屋敷に戻ったディーステルを末の娘が出迎えてくれたのだが──……。


「お父様! わたくしお花屋さんで働きたいんですの!! とっても可愛いお店で、店主のアンさんがとても素敵な人ですの!! それはもう素晴らしい花束を作って下さるのよ!! お兄様も応援してくださるって!! わたくしをアンさんのお店『ブルーメ』で働かせてくださいまし!!」


「え? え? な、何だって?!」


 ──溺愛していると言っても過言ではない末っ子の言葉に、ディーステルはしばらく混乱したのだった。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


ディーステルさんはヴェルナーさん家のお父さんでした。


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

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