第23話

 昨日はジルさんとクラテールの寄植えを一緒に作ったり、美味しいお菓子を堪能したりと、とても充実した休日を過ごすことが出来た。


 ジルさんは作った寄植えをとても嬉しそうに持って帰り、大事に育てると言ってくれた。

 騎士団長という要職のジルさんはとても忙しいだろうから、元気に育ったクラテールがジルさんを癒やしてくれたら良いな、と思う。


 私はいつも通り朝早くに起きて、温室の花畑のお手入れをする。


<我が生命の源よ 清らかなる水となりて 我が手に集い給え アクア=クリエイト>


 水魔法の呪文を唱え、花畑全体に水を撒く。私の魔力が水へと変化し、光を反射しながら花へと降り注ぐ。


 魔力と光を受けた水が花を潤す光景は、何度見ても幻想的でとても綺麗だ。


(この光景をフィーネちゃんに見せてあげたらすごく喜んでくれるだろうけど……)


 ジルさんとヘルムフリートさんからは、私の魔法をむやみに人に見せないようにと言われている。

 <浄化>と<治癒>の効果があることも他言無用だから、この温室をフィーネちゃんに見せてあげられないのがすごく残念だ。


 私はお店で売る分の花の下処理をして、開店準備を進める。

 バケツに入った花を棚に並べる時、花の高さと色の配置にいつも気を使っている。ただ並べるだけではダメなのだ。

 花の配置次第で結構売上が違ってくるので、たかが配置と侮ってはいけない。


 最近は有り難いことにお客さんが増え、花の収穫が間に合わなくなってきた。だからお店を早めに閉める事が多く、せっかく買いに来てくれても断わらないといけないので、すごく申し訳なくなる。


(うーん、かと言って花畑はこれ以上広く出来ないし……予約制にするにしても管理が大変だしな)


 一番良いのは花畑の拡張だけれど、流石にそんなスペースはないし、お祖父ちゃんが施してくれている土魔法の術式を下手に触るのも嫌だ。


(しばらくは現状維持にするしか無いか……)


 私がそろそろお店の掃除を始めようとした時、ドアベルが鳴ったと思ったら、可愛い天使のような女の子がお店に飛び込んできた。


「アンさーーーーん!! やりましたわーーーーっ!!」


「わわっ?! フィーネちゃん!!」


 満面の笑顔を浮かべて私に抱きついたのはフィーネちゃんで、その嬉しそうな顔を見て、きっとご両親の許可が降りたのだろうと思う。


「お父様もお母様もお手伝いしても良いって許可を下さいましたわ!!」


「すごい! 本当に説得したんだ! 大変だったんじゃないの?」


 家訓からして、意外と許可をくれるのではないかと思っていたけれど、たった一日で許可されるとは。


「それが、お兄様だけではなくてお姉様たちも協力してくださいましたの!!」


「えっ?! お姉さんたちが?!」


「はいっ! お姉様方はアンさんの花束を知っていますから!」


 ヴェルナーさんが今までお姉さん方に花束をプレゼントしていたことで、私のセンスや仕事ぶりを見たお姉さん方が、私を高く評価してくれたのだそうだ。

 そのことが許可を取る後押しになったのだと、フィーネちゃんが教えてくれた。


「そうなんだ……えへへ、嬉しいな」


 自分の仕事が認められているのだと、そう思うと嬉しくて笑みが溢れてしまう。


「お姉様方がまたアンさんの花束を部屋に飾りたいと言っておりますの! お母様もとても興味を持ってますのよ! わたくしもアンさんのように素敵な花束を作れるようになりたいですわ!! 一生懸命頑張りますのでこれからどうかよろしくお願いいたしますわ!!」


 フィーネちゃんが物凄い気迫で言い募る。めちゃくちゃやる気で溢れている。


「ふふ、こちらこそよろしくね。じゃあ、早速手伝ってくれる?」


「はいっ!!」


 物凄く良い返事のフィーネちゃんに、真剣にこの仕事に携わりたいのだという気持ちが伝わってくる。

 ならば、私も本気で、それこそ後継者を育てるつもりでフィーネちゃんに接しようと思う。


「じゃあ、服が汚れないようにエプロンを付けてくれる?」


「はいっ!」


 私はフィーネちゃんに、昔私が使っていたエプロンを貸してあげる。


「わぁ! ぴったりですわ! これ、アンさんが使っていたエプロンですの?」


「うん。お古で申し訳ないけど、今はそれで我慢してね」


「とんでもありませんわ! わたくし、このエプロン好きですわ!」


(うぅ……! フィーネちゃんが良い子過ぎる……っ!!)


 フィーネちゃんが身に着けるには物凄く地味なエプロンだけど、フィーネちゃんの可愛さを全く損ねていないので良しとする。


(よしっ!! 今度フィーネちゃんに似合うエプロンをプレゼントしよう!!)


 流石に仕事用でフリフリなエプロンはダメだろうけど、せめて可愛い色合いのものを用意してあげたい。

 そして、仕事に慣れてきたらフィーネちゃん専用の枝切りバサミをプレゼントしてあげよう、と密かに思う。


「じゃあ、フィーネちゃんにはお掃除から始めてもらいます!」


「はいっ! どんとこいですわっ!!」


 フィーネちゃんがぐっと拳を握って気合を入れる。そんな姿もまた愛らしい。


 私はほんわかしそうになるのを堪え、仕事モードに切り替える。まずは仕事ができる環境づくりからだ。


「掃除道具はここにあるので、ゴミやホコリを綺麗にして、気持ち良いお店づくりを心掛けましょう!」


「はいっ!!」


 私とフィーネちゃんは手分けしてお店の掃除に取り掛かる。毎日掃除はしているけれど、どうしても葉っぱや花がらのゴミが出てしまう。

 だけど今日はフィーネちゃんが手伝ってくれているので、あっという間に掃除を終えることが出来た。


「じゃあ、次は作業台の整理と資材の確認です!」


「はいっ!!」


 花束を作る時に必要なものを取りやすいように用意したり、花を包むための資材や紐などが足りているか確認する。


 私はフィーネちゃんに道具の説明をしながら、何処に何を置いているか、置き場所は決まっているので、使った後は必ず元の場所に置くように、と教える。

 当たり前のことばかりだけれど、取り敢えずと思って適当に置くと、後で探し回る羽目になってしまうから、注意しなければならない。


「じゃあ、次は水揚げしていた花の下処理をします!」


「ついにお花ですね!」


 深水につけて水揚げしていた花を、バケツから取り出して作業台に置く。そして茎の下をハサミで斜めにカットしていく。

 本当は茎のカットもフィーネちゃんにお願いしようと思ったけれど、怪我をさせるわけには行かないので、もうちょっと慣れてからやって貰うことにする。


「フィーネちゃんには不要な葉っぱを取って貰います。手が荒れるから手袋を忘れないようにね」


「はいっ!!」


 個人的に葉の処理をしやすいと思っているクリュザンテーメを使って、私はフィーネちゃんにお手本を見せる。

 葉は三分の一ぐらいを残して、後は全部取ってしまう。そうしないとバケツの水に葉が浸かってしまい、葉は腐るし水は汚くなるしでエライことになるのだ。


「茎をしっかり持って、反対の手で親指と人差指で輪を作るように茎を挟んだら、指の腹で扱くようにこうして──」


 私は力を加減しながら、手で葉っぱをザッと一気に取り除く。


「わぁ……! すごいですわ! 一瞬で葉っぱが取れましたわ!」


 フィーネちゃんが私の手捌きに驚いている。確かに一瞬で葉っぱが無くなるのは見ていて気持ちいいと私も思う。


「力加減に気をつけてやってみて。一気に葉を取ろうとしなくていいからね。それと傷んでる葉っぱがあればそれも取ってくれる?」


「は、はいっ! やってみます!」


 フィーネちゃんが緊張しながら葉っぱを取っている。真剣に取り組む姿がとても可愛い。


 そうして、フィーネちゃんにお店を手伝って貰っていると、仕事を終えたのだろう、ヴェルナーさんがお店に顔を出してくれた。


「アンちゃんお疲れ様。妹が無理を言ってごめんね。フィーネはどう? 迷惑かけてない?」


「お兄様! お帰りなさいませ。わたくし、迷惑など掛けておりませんわ! 一生懸命頑張りましたわ!」


「ごめんごめん! フィーネはがんばり屋さんだもんな。えらいえらい」


「もー! 子供扱いはやめてくださいまし!」


 ヴェルナーさんとフィーネちゃんのじゃれ合う様子にほっこりとする。一日の疲れが洗われるよう……!


「ふふ、フィーネちゃん、とっても頑張ってくれましたよ。お陰様で仕事も楽でしたし」


 私の言葉にフィーネちゃんが胸を張り、ヴェルナーさんに威張っている。


「そうか、フィーネは偉いなぁ。アンちゃん有難う。うちの両親もすごく感謝しているんだ。良かったらまた家に招待させて欲しいんだけど、どうかな?」


「えっ?! 私がですか?!」


「それは素敵ですわ! お姉様たちもアンさんにお会いしたいと申しておりましたし! 是非お越しください! ねっ?!」


「え……あ、うん」


 私はフィーネちゃんの期待する目と押しの強さに、思わず肯定の返事をしてしまう。


「わぁ! 嬉しいです! お姉様たちも喜びますわ!」


 もちろん、私は貴族のお屋敷に行ったことなんて無いので、作法なんて全くわからない。

 だけどフィーネちゃんとヴェルナーさんのご家族だし、多少の粗相は大目に見てくれるだろうと、覚悟を決めることにした。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


ちゃんとお仕事のお話になっているはず……!(願望)


次回からお話が動くと言いながら動きませんでした。_(┐「ε:)_(通常運転)

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