第14話


 ヘルムフリートさん曰く、私が育てたマイグレックヒェンには何故か毒がないらしい。

 その理由を考えた私は、この温室に謎を紐解く鍵があると推理する。


「なるほど。確かに植物の成長を促進する術式が組まれているね。珍しい組み方の上、簡略化されていて更に効率化まで……うーん、これはすごいな。だけど生体情報を書き換えるような記述は無いね」


 …………私の推理は見事にハズレた。


「……やはり、アンが『緑の手』を持っているからか?」


「うーん、それはあくまでも例えだと思うけど……でも、検証する価値はあるかもしれないね」


 ジルさんとヘルムフリートさんが私を見て目を光らせる。二人とも好奇心が旺盛なところがそっくりだ。さすが幼馴染なだけはある。


「アンさん、毒が無い原因を究明したいんだけど、協力して貰えないかな?」


「仕事の後で疲れているだろうが頼む」


 マイグレックヒェンの件は私にとってもすごく気になることだから、二人の申し出を断る理由がないのでもちろん承諾する。


「私でお役に立てるなら、ぜひ協力させて下さい」


「すまない、感謝する」


「助かるよ! 有難う!」


 二人から笑顔でお礼を言われ、それだけでもう報われたような気持ちになってしまう。美形の笑顔はプライスレスなのだ。


「例のご両親から送られた球根ってまだ残ってる?」


「あ、はい。あまり数は多くありませんけど。ちょっとお待ち下さいね」


 私は手袋をすると花の種や球根などを保管している棚から、マイグレックヒェンの球根を入れている籠を取り出した。


 ジルさんは球根を興味深そうに眺めている。


「どれどれ……」


 ヘルムフリートさんが球根に触れる寸前、指と球根の間に魔法陣が出現し”バチッ!!”と何かを弾く音がした。


「ひえっ?!」


 以前ヘルムフリートさんが言っていた身体防御の術式が発動したのだろう。意外と大きな音がして、思わず変な声が出てしまう。


「大丈夫か?」


「うん、平気。……やっぱり球根の状態だと毒があるみたいだね」


 慌てた私と違って、ジルさんとヘルムフリートさんはとても冷静で、予想通りといった感じだ。


「アンがこの球根を植える手順を見せて欲しい。お願いできないだろうか」


「えっ?! あ、はい! 大丈夫ですよ」


 何も特別な事はしていないけど手掛かりになるのならと、私は植木鉢を用意して鉢植えの準備を始めた。


 鉢に底石を敷き詰め、作って寝かせておいた水はけの良い土を半分ほど入れ、マイグレックヒェンの球根を植える。

 隙間を埋めるように土を鉢の八分目まで入れると、たっぷり水を与えるために魔法を詠唱した。


<我が生命の源よ 清らかなる水となりて 我が手に集い給え アクア=クリエイト>


 私が呪文を唱え、手のひらに魔力を集めると、キラキラと光る魔力が水になり、マイグレックヒェンを植えた鉢に降り注ぐ。


「えっと、こんな感じでいつも植えていますけど……あの……?」


 作業が終わったので声を掛けてみたけれど、二人の視線は何故か私の手に固定されたままだ。


「今の魔法は……?」


「え? 普通の水魔法ですけど?」


 ヘルムフリートさんが信じられないという顔をして聞いてきた。

 私が使ったのは、ただ魔力で水を作るだけの魔法で、水属性の人なら誰でも使える初級の魔法だ。

 魔法に精通しているヘルムフリートさんが知らないはずはないのだけれど、と不思議に思う。


「いや、今のは俺が知る初級魔法とは違っていたのだが」


「はい?」


 ジルさんも今の魔法が不思議だったらしく、私とマイグレックヒェンを植えた鉢を見ては首を傾げている。


「ちょっと失礼」


 ヘルムフリートさんはそう言うと、植えたばかりのマイグレックヒェンの球根を素手で取り出した。

 さっきとは違い、防御魔法が発動しない様子にヘルムフリートさんは確信したように言った。


「……やっぱりアンさんが使っている魔法が球根の毒を解毒したのは間違いなさそうだね」


「アンは誰に魔法を教わったんだ?」


「祖父からです。両親の代わりに花の育て方や魔法を私に教えてくれました」


 特別魔法の適性が高い子供なら魔法学校に通って魔法師や魔導師を目指すけれど、普通の子供は親に教えて貰うことがほとんどだ。

 私の場合も特別魔力が高い訳では無かったので、初級の魔法をお祖父ちゃんから教わっただけだった。


「アンの祖父は名のある魔導師だったのか?」


「え、いや、どうなんでしょう……? 私が物心ついた頃にはここで花を育てていましたので、詳しくは両親に聞かないとわからないですね」


 お祖父ちゃんはいつも笑顔を浮かべていて、とても穏やかな人だった。そんなお祖父ちゃんに魔導師というイメージは全く無い。


「あ、でも祖父は元々別の国に住んでいたらしいです。この国で祖母に出逢って永住したと聞いたことがあります」


 もしかして術式が珍しいのも、国の違いが原因かもしれない。言葉が違うように魔法も国によって違うのだろう。


「いや、国は関係無いと思うよ。魔法はこの世界の理を規準にして体系化されているんだ。だからこの世界の人間である限り、国が違っても魔法がもたらす効果は変わらないはずなんだよ」


 ……私の予想は尽くハズレていく。何だか事態は私の理解できる範囲を超えてきたようだ。


「僕も魔法を使ってみるから、よく見ておいてね。<我が生命の源よ 清らかなる水となりて 我が手に集い給え アクア=クリエイト>」


 私と同じ初級の魔法の呪文を唱えたヘルムフリートさんの手のひらから、魔法陣が浮かび上がると、そこから水でできた球体が現れた。


「これが普通の魔法だよ。アンさんの魔法との違いはわかる?」


「……えっと、私の魔法は魔法陣が無かったと思います」


 私の魔法だと魔力がキラキラと光って水になっていたけれど、ヘルムフリートさんの魔法の場合、魔法陣から出た水の球がだんだん大きくなっていた。


 普段、他の人の魔法を見る機会なんて無かったから気が付かなかったけれど、ヘルムフリートさんの魔法が一般的なのであれば、私の魔法は確かに普通じゃないとわかる。


(一体どうなってるの……?! お祖父ちゃんは何も言ってなかったよね……?)


 私の魔法を見たお祖父ちゃんからも両親からも、何かを言われたことはない。だから魔法はこういうものだと思っていたのに。


「通常では魔法陣に書かれた術式で水を生成しているが、アンの魔法は魔力を水に変換してるのだな」


「そんな魔法は聞いたことがないよ。まあ、それは後で調べるとして、今はアンさんが作った水が何故毒を無くすのか、だね」


 ヘルムフリートさんはそう言うと、鞄の中からガラス容器と箱のようなものを取り出した。


「そういう訳でこの容器の中に毒あり球根と解毒した球根を入れていいかな?」


 ヘルムフリートさんが出した箱のようなものは、魔力や成分などを調べる魔道具なのだそうだ。

 光の魔法の応用で物質に光を当てて走査し、対象物の情報を調べることが出来るらしい。


「それはもちろん構いませんが……こんな魔道具があるんですね。初めて見ました!」


「ヘルムフリートが作った魔道具なんだ。高度な技術を使っているから、まだ世には出ていないらしい」


「高度な技術……! すごいです……!」


 さすが魔術師団団長様だ。この若さで団長になったのだから、さぞや優秀なんだろうな、とは思っていたけれど、こんな魔道具が作れるなんてもう稀代の天才なのではないだろうか。


「そんなに褒められると照れるなぁ。……あ、結果が出たね。どれどれ?」


 ヘルムフリートさんが魔道具の上部に現れた文字を読んでいる。ジルさんも結果が気になるのか、魔道具を覗き込んでいるので、私も後ろから覗いてみたけれど、何が書かれているのかさっぱりわからなかった。


「……これは…………!」


「うーん、まさか……ねぇ……」


 解析結果を見た二人が黙り込んでしまった。一体どんな結果が出たのか気になるけれど、考えている人の邪魔はいけないと思い、説明してくれるのを待つことにする。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!(*´艸`*)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る