第10話
ジルさんから貰った袋の中はテーゲベックで、5種類ほどのお菓子が入っていた。見た目も可愛いから甘いのかと思ったけれど、意外と甘さは控えめで、子供用と言うよりは大人向けの味わいだった。
今日はお店がお休みなので、自家製クロイターティを淹れながら、ジルさんに貰ったお菓子を食べてゆっくり寛ぐ。
(あ〜〜……至福〜〜! 美味しいお菓子に美味しいお茶!! 生きているって素晴らしい!)
美味しいお菓子を食べながらダラダラと休日を満喫したいけれど、お店はお休みでも花畑や鉢植えの世話は欠かせないので、お茶とお菓子で英気を養った私は温室へ向かうことにする。
(アネモーネ達球根トリオはどうかなー?)
私は先日、商業ギルドで購入した球根達を花畑の一角に植えてみた。
球根類は植えればすぐ発芽する訳ではなく、屋外で植えた場合、一度冬を越して春になり地温が上がると芽が出てくるのだ。
だけど、この温室の花畑なら季節関係なく、球根を植えてから一週間ほどで発芽する。
普通は発芽しても葉が生えてくるのは二ヶ月後で、蕾がつくのは更に一ヶ月後だけれど、何故かここの温室で育つ花は大抵十日前後で開花まで進む。
私が球根トリオを植えた区画を覗いてみると、案の定アネモーネやトゥルペとヒュアツィントが蕾を付けていた。
(よく考えたらいくら何でも開花までが早すぎるよね……。うーん、もしかしてお祖父ちゃんが土属性だったからかな……?)
私は温室を作ったお祖父ちゃんが土属性の魔力を持っていた事を思い出す。
土属性は植物の成長を促す属性だ。土に魔力を流すと、魔力を糧に植物がどんどん育ってくれるのでとにかく収穫が早い。農家をするなら必須の属性と言えるかもしれない。
水属性の私は植物の成長を促せるほどの事が出来ないので、恐らくお祖父ちゃんが花畑に魔道具か何かを仕込んでいるのだろう。
私はお父さんに会う機会があれば、温室のことについて聞こうと思いながら花のお手入れを続ける。
マイグレックヒェンの鉢を見ると、植木鉢いっぱいに葉が伸びていて沢山の花が咲いてくれそうだった。
(ちょっと張り切りすぎたかな……。植木鉢から溢れそう)
あまりに可愛かったので、これでもかと球根を植えてしまった。正直やりすぎた感が半端ない。
私はマイグレックヒェンが咲いたら鉢を分けて、ジルさんにプレゼントしようと考えている。あれだけマイグレックヒェンを気に入っていたのだから、きっと喜んでくれるだろう。
「……ふう。そろそろ買い物に行こうかな」
温室に咲く花の手入れを終わらせた私は、食料や生活必需品を買いに行くために温室を後にする。
季節は冬に入り、だいぶ肌寒くなってきた。
私はお気に入りの厚手のコートを羽織り、お店の裏口から出て露天が立ち並ぶ一角へと足を進める。
新鮮な卵やチーズ、野菜を数種類とデザート用にりんごを購入し、今日は何を作ろうかな、と献立を考えながら歩いていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「アン!」
「あ! ジルさん! こんにちは!」
私を呼んだのはジルさんで、馬車の窓から私を見付けてくれたらしく、私のすぐ横に馬車が停止する。
馬車は大きくてとても立派な作りをしていて、この馬車がいつもジルさんが使っている馬車ではないことに気付く。
(あの扉の紋章は……どこかの貴族様の……?)
馬車のドアに飾られた紋章を眺めていると、そのドアが開いてジルさんが降りてきた。
私はドアが開くと同時に花が舞い散る幻影を見る。
ただ馬車から降りてきただけなのに、ジルさんの振る舞いはとても優雅でまるで王子様みたいだった。
馬車がすごく立派だったから、その相乗効果もあったのかもしれない。
「アンは買い物帰りか? 今からアンの店に向かおうとしていたのだが……」
「あ、はい。えっと、今日はお店がお休みなので、今のうちに必要なものを買っておこうと思いまして」
「む。今日は休業日だったのか」
「そうですけど、花束が必要でしたか? でしたらお得意さんですし、店に戻ったらお作りしますよ」
お店は閉まっているけど、花だったら花畑に沢山咲いているので問題ない。
「ただ下処理をしないといけないので、ちょっとお待たせしてしまいますけど」
「いや、今日は花束ではなくてだな……」
もしお急ぎだったら申し訳ないな、と思っていたけれど、今日は別件で来たらしい。
「……取り敢えず重いだろう? 店まで送らせてくれないか?」
ジルさんが自然な動作で私の荷物を持ち、手を差し出してくれる。正直重かったので有り難いけれど、立派な馬車に乗るのは気が引けてしまう。
「え……でも……」
こんな立派な馬車に私が乗って良いのかな、と逡巡していると、馬車の中からジルさんとは違う男の人の声がした。
「初めまして。僕はジギスヴァルトの友人のヘルムフリート・ローエンシュタインです。もし遠慮してるなら気にせず乗ってくれたら嬉しいんだけど」
ヘルムフリートと名乗るジルさんの友人は綺麗な顔をしていて、とても優しそうな人だった。
私がちらっとジルさんを見ると、ちょっと悲しそうな……垂れている耳の幻覚が見えたので、思わずジルさんの手を取ってしまう。
「あ! えっと、では遠慮なく! よろしくお願いします!」
私が馬車に乗ると、ジルさんは嬉しそうに微笑んでくれた。
そんな私達を見たヘルムフリートさんはとても楽しそうにしている。
「えっと、アンさん、でいいのかな?」
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私はアンネリーエと申します。周りの人達にはアンと呼ばれているので、よろしければそうお呼び下さい」
ヘルムフリートさんがこの馬車の持ち主だとすれば、ヘルムフリートさんは貴族……! と思った私は失礼のないように言葉を正す。
「ははは。嫌だなぁ。そんなに畏まらなくてもいいよ。普通にヘルムフリートって呼んでよ」
「いえ、そういう訳には……」
「こいつに気を使う必要はない。本人も言っているし呼び捨てで構わない」
「え? え? えっと、じゃあヘルムフリートさ……んで?」
流石に呼び捨ては出来ないので、せめてさん付けにさせて貰う。二人にはそれで納得いただこう。
何とか挨拶を済ませた私は、改めて見た馬車に戦慄した。
ベルベットの生地に金糸で刺繍が施された内装には本革がふんだんに使われている。そして椅子はふかふかで座り心地が良く、お尻が全く痛くない。更に革に刺繍を施した折りたたみ式階段が付いていて、馬車まるごと繊細な工芸品のようだった。
(お貴族様ってすごい! でも汚しちゃったらどうしよう!)
「あの、この素晴らしい馬車はヘルムフリートさ……んの馬車ですか?」
「いいや? ジギスヴァルトの家の馬車だよ」
「は?! え? ジルさんの……?」
てっきりこの馬車はヘルムフリートさんの持ち物だと思いこんでいた私はすごく驚いた。
「アン、この馬車が気に入ったのか? ならこの馬車をアンに贈ろう。……いや、中古は駄目だな。うむ。アンに似合う新しい馬車を作らせよう」
「はい? え、いや、冗談ですよね……?」
ジルさんも冗談を言うんだなー。っていうか冗談のスケールが違うなーと思っていた私に、ジルさんは真顔で否定した。
「冗談ではない。アンの好みを教えてくれれば、その通りに作らせよう」
「え」
相変わらず真顔で言い切るジルさんに、一体どうすれば……と思っていたら、ヘルムフリートさんが助け舟を出してくれた。
「ジギスヴァルト、アンさんが困ってるじゃないか。っていうか、普通は馬車を貰っても迷惑になると思うけど」
「……む。そうか……迷惑か……」
「あ! いえ、迷惑というか、便利だと思うんですけど、置き場所がありませんし、馬の世話とか出来ませんので……。でもお気持ちはすごく嬉しいです!」
ジルさんがすごく残念そうに呟くので思わず自分でもよくわからないフォローをしてしまう。
「俺はアンにお礼がしたいのだが……」
「もうお礼はいただきましたよ! テーゲベック美味しかったです!」
「あれじゃあまだ足りない」
「いやいやいや! もう十分ですから!」
「……ごめんね、アンさん。こいつ、思いついたらすぐ実行しようとするんだよ。ジギスヴァルトもアンさんを困らせたら駄目だってば」
「……む」
気心が知れているのだろう、二人のやり取りに思わず笑みが溢れてしまう。
私はいつも冷静沈着だと思っていたジルさんの意外な一面を知って、もっとジルさんのことを知りたいな、と思った。
* * * * * *
お読みいただきありがとうございました!(*´艸`*)
❀名前解説❀
テーゲベック→お茶菓子(みたいな?)
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