白石良美とのファースト・コンタクト
メールボックスを確認する。木崎紅葉からの新着メールが届いている。どうやらプリズムの元プロデューサー、阿久津光輝と連絡がついたらしい。直接の連絡先を知ることはできないようだが、木崎紅葉が間に入って日程調整をするとのこと。
私は木崎紅葉に対し、複数の日程を提示するメールを書く傍ら、SNS上で宮川春子の情報を求めると発言する。
<2020年に亡くなられたアーティスト・宮川春子さんの評伝を書くために情報を集めております。場合により謝礼あり>
無論、この程度で情報が集まってくるようであれば苦労はない。結局のところ地道な聞き取りだけが確実な情報を齎すのだということぐらい私にも理解できる。
そう思いながら私は、インターネット上に流布する彼女・宮川春子に関する人々の反応を集める。大抵はSNSやブログ等で彼女の名前を検索して、そうしたテキストを収集している。その中に一つ、面白いものがあった。
宮川春子が死んで、ほっとした
2020年7月3日に宮川春子は死んだ。激烈な、苛烈な生であったように思う。
彼女は美しかった。私は彼女がテレビに映りインターネットで画像が流れるたびに、敗北感を味わった。あのような美少女が、完璧な偶像が世間に流通し、それから目を背けることができないとは、現代はなんと不幸な時代だろう。
嫌味じゃないか。あれだけ美しくて完璧な偶像を持ち合わせていた彼女が、その偶像を抱いて27クラブなどという美的な、私達一般大衆には立ち入ることも許されない場所まで辿り着いてしまった。
けれど……私は安心している。彼女は27クラブに入った。それは私のような矮小な一般人には立ち入ることを許されない空間なのであろうが、そこに彼女が入ったことで、少なくとも今生きている。息をしている私が、ただ息をしている。生きているというだけで私は宮川春子に勝つことができる。
彼女は完璧だった。彼女は美しかった。けれど死んだ。私は生きている。私は彼女が、宮川春子が嫌いだった。でももう、彼女は死んだ。だから私は、宮川春子が死んでほっとしている。あの嫌味な、つるりとした、欠損何一つない完璧な美少女が、アーティストが死んだ。世界にとっては損失であろうが、私にとっては人生と、生の勝利なのだ。
誰が書いたかも分からない。けれども、この文章を書いた何者かは、きっと教養のある人物なのだろう。そうでなければこのような、詩的な文章は書くことができないだろうと私は考えた。
SNS上のアカウントに、知らない誰かからのメッセージが届いている。
<ハルコ様の名誉を傷付けようとするあなたを絶対に許しません。私は大悪党であるあなたに対し、何らかの手段を行使する可能性があります>
剣呑な言い回しだ、と思った。
発言主のアカウント名は『日本国憲法@固ツイ見て』であり、そのプロフィールにはこのように記述がなされている。
「
同担拒否。同担じゃなくても春子様の話してるやつ無理です。ただの推し活アカなので気にしないでください。
これはガチ恋じゃなくて、狂信。
20↑/宮川春子/プリズム春子様単推し/障害者手帳2級/星の陰影/27回目のReffRain/グレイトフル・マシンガン・ガール/27世紀のアイドル/朝霞の行進曲/これはきっとPrologue.
」
位置情報にはこのようになっている。
◎春子様のライブ会場のどこか
そして、アカウントは以下の発言が固定となっている。
「
日本国憲法第零条
すべて国民は、推し活行為を尊重される。国民は春子様の享有を妨げられる。
この憲法が国民に保障する推し活権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
」
イカれた人間だ。私は率直にそう感じ取った。私はこの人物の殺害予告じみた文言を無視し、作業を開始した。
後に私が執筆する宮川春子の評伝『星の陰影』に多大な影響を与え、交流を深めることになるこの人物。ハンドルネーム・日本国憲法こと白石良美との出会いはこのようなものであった。
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