大泉五月との対談

 大泉五月は、プリズムのドラマーだ。

 木崎紅葉と宮川春子がどちらも女性であるのに対し、彼・大泉五月はプリズムにおける唯一の男性だった。

 プリズム時代は寡黙なキャラで通し、宮川春子の人気だけが突出していたのもあってか、彼のメディア露出はあまり多くない。演奏中の映像だけは沢山残っているのに、言葉を発している場面が極端に少ない。

 彼女――宮川春子の追悼番組でも彼がコメントを残している場面は見受けられない。しかし先の木崎紅葉の話から考えると、彼と宮川春子の仲が悪かったわけでもないはずだ。

 そう言えば、先の木崎紅葉は話の中で彼のことを『口下手』だと話していた。あまりに話せないので寡黙なクールキャラで通すことになった――と。

 私は山手線のとある駅近くにある喫茶店の前で彼と待ち合わせをしている。約束の時間は二時。私は四十二分前に現地入りし、彼のWe-Pediaページを見る……情報は殆ど、ないに等しい。本人に聞く方が早いだろう。私は今から本人に会うのだから。

 彼は約束の時間から二分過ぎた辺りで待ち合わせ場所に来た。

 彼らしき人物――浅黒い肌をした、ほっそりとした青年が私に声をかける。

「すいません。少し遅れてしまったようです」

「大泉さんでよいのでしょうか?」

「あ、はい。そうです。僕です……お待たせして申し訳ない」

「いや、おおよそ時間ぴったりです」

「それは良かった」

 言って彼は笑う。裏のない、屈託のないその表情に私は、彼自身に備わっているのであろう素朴な人柄を垣間見た。

「店、入りましょう。お腹もすきましたし」

 彼はそう言って店の扉を開く。扉のベルが鳴り、店員が近付いてくる。

「久々なんですよね、ここ来るの。量出るから有り難い」

 彼は言いながら注文について考える。私は珈琲を頼み、彼はサンドイッチを注文した。

その一連の流れの後に、彼は言う。

「あの。クレハにはもう会いましたか?」

「木崎さんですか。会いましたよ」

「元気でしたかね」

「はい、元気でした。何か特別病んでいるような印象も見受けられませんでした」

「――そう、でしたか」

「何か心配事が?」

「いえ、その。ほら……ハルコちゃん、死んじゃったじゃないですか」

「はい、確かに」

「それを引きずってるんじゃないかなと思っていたんです」

「そうだったんですね」

 私は話そのものを一度切り、言う。

「改めまして。記者の奥村剛男というものです。こちら、名刺になります」

「ああ! これはどうもご丁寧に。僕、名刺のやり取りとか普段あんまりしないので意識の中にありませんでした。すいません」

「いえいえ。まあ言ってしまえば、儀礼的なものです。こういう身分だから怪しむ必要はないぞ、という意味合いで行っているのです」

「いやいや、奥村さんは全然怪しくないですよ! 見ただけで分かります。僕なんかよりよっぽどしっかりしてそうだし、話し方もなんか丁寧だし」

「そうですか?」

「そうですよ! 僕はもう音楽以外はからっきしだから」

「しかし――何か、イメージと違いますね」

「あ。僕ですか?」

「はい。というのも……私が調べた範囲では、大泉さんは寡黙な方だという情報が出てきていたので」

「あ、それは本当ですよ。今も僕、しゃべる方は全然駄目です」

 店員がサンドイッチと珈琲を持ってくる。彼はサンドイッチを手に取りながら話を続ける。

「なんか、人が見ていないところというか。こうやって喫茶店とかご飯屋で話をする時にはいいんですけどね。会議とか、ましてライブとか! ああいう公の場所でしゃべるとなると、言葉が出てこなくなるんです。今はこうやってもう喋り倒してますけれど、それもこう、話せないことの裏返しというか」

「なるほど」

 彼はサンドイッチを頬張って、美味しそうにそれを食べる。空腹というのはどうやら本当らしい。

「会談は食事の後にしましょうか?」

 私が質問すると、彼は答える。

「あ、いや。構いません。少しずつ食べるので。あまり行儀は良くないですけど、僕もハルコちゃんの話、したいですから」

 そう言った直後、彼は水をぐいと飲む。

「正直、僕もショックでした。ハルコちゃん、本当に良い子だったのに……なんであの子が『27クラブ』なんだろうって何度も思いました」

 次に彼は『27クラブ』の代表的な人物の名前を指折り数えだす。

「カート・コバーン、ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックス、ブライアン・ジョーンズにチャーリー・パーカー……は、違うか」

「流石。お詳しいですね」

「音楽やってる人間なら一度は夢に見ますよ。あの華麗にして闇の深い観念。世界一閉鎖的な音楽クラブ――詩的ではありますが、現代的ではないですね」

 長生きしたミュージシャンだって、山程居ますよ。彼はそう言った。

「ハルコちゃんにもそういう道はあったんじゃないかって、僕は思うんですよ。身勝手な話ですけどね。僕はソロ始めてからのハルコちゃんの曲、好きでしたから」

 言って彼は二つ目のサンドイッチに手を付け、それを食べ始める。

「話は変わりますが、木崎紅葉さんと宮川春子さんの関係が大泉さんから見てどのように映ったかをお聞かせ願えればと思います」

「はい、構いませんよ――でも、どこから話せばいいんだろう? クレハちゃんとハルコちゃんの関係ですもんね」

 彼は考え込む素振りを見せつつ、二つ目のサンドイッチを食べ終える。

まだほんの少しだけ考える――その末に彼は答えを出す。

「なんか、姉妹みたいでした」

「姉妹、ですか」

「はい。クレハちゃんがお姉さんで、ハルコちゃんが妹。あっちこっち走っていっちゃう危なっかしい活動的な妹と、それを制止する常識人のお姉さん」

「それが、僕から見たクレハちゃんとハルコちゃんの関係性です」

「なるほど……そうなるとやはり、二人の仲はとても良かったんでしょうか?」

「そりゃもう! 勿論、そうですよ」

 だから心配だったんです、と彼は言う。

「なんかこう、クレハちゃんってやれやれ系なんですよ。この小さな女の子に振り回されている自分って役柄それそのものを演じてしまう感じで」

「ハルコちゃんの居ないところで、テレビに出るハルコちゃんを見て文句を言うんですよ。『あのバカ!』って。本人に言えばいいのに、それをやったらパフォーマンスに影響が出るからやらないとか言うんですけど、実際はたんにクレハちゃんがハルコちゃんにだだ甘で優しかっただけです。結局色々文句を言いながら、いつも最後はハルコちゃんに協力するのがクレハちゃんでした」

「だから僕、ハルコちゃんが死んじゃったって聞いて……」

 そこまで言って彼は言葉に詰まる。もしかすれば彼は、涙を流しそうになったのをこらえたのかもしれない。

「だから僕。クレハちゃんがものすごく悲しんでいるんじゃないかなって。それがとても心配だったんです」

「そういうことでしたか。しかし、木崎さんと彼女の仲はとても良かったんですね」

「意外ですか?」

「はい。木崎さんは良くも悪くも冷めた感じがしていて、とても冷静だったので」

 私がそう言うと、彼は笑った。

「ああ、そうだったんですか! いや、すいません。クレハちゃんって捻くれてて、素直じゃないんですよ。表向きはそうやってハルコちゃんに執着していない風を気取るんですけれど、実際は多分そうじゃない。いつもそうでした」

「そう考えれば、彼女は。木崎さんは、努めて冷静であろうとしたのかもしれませんね」

「僕も、そうだと思います」

 彼は三つ目のサンドイッチに手を付ける。私は言った。

「大泉さんと春子さんが初めて出会った時のその印象について。お聞かせ願えますでしょうか?」

「いいですよ!」

 彼は三つ目のサンドイッチをぱくぱくと食べる。そうして三つ目が片付いてから、彼はまた話をし始める。

「そうですね――最初の頃のクレハちゃんはいかにも自信満々って感じで。それでハルコちゃんはなんかこう、むすーってしてました」

「むすっとしている?」

「はい。なんか……自分が何でここに居るのか分かんない感じというか、借りてきた猫みたいな感じだったんです」

「そんな状態でプリズムの最初のミニライブがあるもんだから、本当に大丈夫なのかなって。何せ僕もああいう場ではあがって喋れなくなっちゃうし、ハルコちゃんは借りてきた猫で、正直あの時のクレハちゃんはやる気が少し空回りしている感じでした」

「練習は完璧なんですよ。とくにハルコちゃんは、正直気持ち悪いと思うぐらい完璧に練習をしてしまう。そう――仕上げるとかじゃなくて、もう練習の時点で完璧なんですね。でも練習で完璧ってことは、本番では上手く行かないんじゃないかって、そういう心配もありましたね。実際、昔何人かそういう人を見たことがあったので……クレハちゃんもとても高いレベルで練習するんですが、やっぱりこう、仕上げに行く感じなんですよね。だからハルコちゃんとはちょっと違う」

「僕はドラム以外何もできないので、ライブパフォーマンス辺りは全部二人に任せっきりでした。それで……えー」

「どうされました?」

「僕、何の話しようとしてましたっけ?」

「ミニライブの話だったはずです」

「ああ、そうそう。ミニライブ! そうでした。その最初のライブでハルコちゃん、演奏前にアドリブ入れちゃったんですよ!」

「一回目で、ですか?」

「そうなんです。それも大成功! ド素人のはずなのに、ものすごくいいパフォーマンスをしてくれたんです。逆に僕は口下手で、何にも話せなくて」

「本当に意外なんですけれど、大泉さんはこうして話しているぶんには問題なく会話できているように思えるんですよ」

「そうですね。まあ、当時に比べればかなりマシにはなったもので。あの頃はものすごく怒られました……クレハちゃんに」

「それ以降のライブでもハルコちゃんはよくアドリブでパフォーマンスをやりました。僕が見ている限りでは、そのテのパフォーマンスを一度も外したことがない。本当にすごいことですよ」

 天才だったんだろうな、と彼は言う。

「実際、宮川春子を中心としたプリズムは、かなり売れた部類に入る音楽ユニットだったのではないでしょうか?」

「でも『暁光』出るまではだいぶしんどかったみたいですよ?」

「ああ……木崎さんも話されていましたね。プリズムの解散危機について」

「本当『暁光』が売れなかったら解散してたんじゃないかな」

「逆を言えば『暁光』が売れたから、残ったというわけですか」

「間違いなくそうですね。あれからタイアップ企画とかCM出演とかの話も来るようになって、テレビ番組なんかも出たり、おっきな箱でライブやったりなんかして……あのアルバムが出てからしばらくは、ものすごく楽しかったですよ」

「木崎さんも『暁光』が転機だったと話されています」

「転機でしたからね」

「プリズムは良いユニットでした。野心的なクレハちゃんに、純粋に楽しんでいるハルコちゃんに、口下手な僕を許してくれるこの三角形。本当に……居心地の良い空間でした」

「――しかし。そうなるとやはり、何故解散してしまったのかという話が」

「そうですね……きっかけはやはりあの地震の時で。それ以降のハルコちゃんは、何か使命感のようなものに目覚めてしまったんです」

「と、いうと?」

「あ、これはなんか宗教とか世界平和とかそういうんじゃないんですよ。ただ単純に、あの時のチャリティーライブで自分たちの。プリズムのファンじゃない人たちが目の前でファンになっていく。変わっていく姿を見て、とても感動したようなんです」

「今までのプリズムのライブは良くも悪くもファン向けで、盛り上がるのも予定調和……基本的にプリズムは安売りしない。どこかで前座をやったり、無闇矢鱈にバラエティに出たりもしない。そういう方針だったので、やはり本当の意味で生の現場にハルコちゃんは立ったことがなかった」

 最後のサンドイッチを手に持ちながら、彼は話を続ける。

「クレハちゃんはライブなんて慣れっこで、そりゃ箱の規模感は違いますけれど、クレハちゃんのザ・ハートロックはインディーにしては売れた方だったしライブ慣れしている。現場の高揚感みたいなものにも耐性があって、距離感を弁えていた……そういう意味では、ハルコちゃんはちょっと危なっかしいところがありました」

「危ない感じ、ですか」

「はい――どう危ないのかと言いますと、彼女はファン至上主義に過ぎたんです」

「例えばファンからの贈り物を全部律儀に自分で開けて確認しようとしたり、事務所が応答するよりも前に自分で返事の手紙を書こうとしたり、ライブ後にファンと至近距離で会話したり、握手会でもないのに握手したり。ちょっと痛々しいぐらい、ファンに優しかったんですよね」

「確かに――それは少し危ない感じがします。地下アイドルが刺された事例もあるのに」

「そうですよね……実際事務所に来るものだって毒物とか爆弾とか、最悪何でもあり得るじゃないですか。でも自分で開けないのは失礼だって言って」

「僕やクレハちゃんなんかは、危ない。もしファンに悪い人が居たらどうするのって言ったんですけれど、ハルコちゃんは

『もしそれで私が傷付いて、それがニュースになってファンの人が改心してくれるのであれば、それでいいじゃないですか』

みたいなことを、平気な顔で言ってしまえるんです。天下のアイドル。プリズムの超人気ボーカリスト・宮川春子が怪我を前提でファンと接しようとするんですよ。関係者はヒヤヒヤものですが、本人はそれもパフォーマンスのうちだと思っている」

「――結局、それって」

「ああ、いや! そんな考え込むような話じゃないんですよ。ハルコちゃんの死因だって、結局事故だったって話ですし……」

「でも、ハルコちゃんの根っこのロジックってやっぱり、そういうところにあったんじゃないかなって今も思うんです」

「ファン至上主義。仮にファンが悪い人であったとしても、その人がファンならば全てを赦してしまう。ファンのためにパフォーマンスする。全てはファンのために。ファンの望むことを全て、徹底的にやる」

 彼は水を少しだけ飲み、また話を続ける。

「ハルコちゃんって、沢山の不特定多数の人の顔色を見るのがすごく上手いんです。相手が少人数でも、その後ろにある不特定多数の人間の像を読んで、その像が喜ぶ何かをする。ハルコちゃんの身の回りの人間は僕もクレハちゃんもプロデューサーも、みんなバックグラウンドがある人ばかりだったから」

「だから、ハルコちゃんは目の前の人間そのものにはアクセスしないで、目の前に居る人の裏に居る不特定多数の何者かに直接手を触れて、それを経由して目の前の個人に行き着くんですよ……だから」

 だから。彼は繰り返した。

「これは今も思うんですけれど――ハルコちゃんは。宮川春子は、何かいつも『遠くにいる』ような気がする。そんな風に思えて、なりませんでしたね」

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