木崎紅葉との対談
木崎紅葉。
宮川春子が音楽活動を開始した最初のユニット・プリズムのギタリスト。今回私が宮川春子の評伝を書くと決めて連絡を取った人々のうち、もっとも早く返答をくれた人物。
彼女はプリズム解散後にプロデューサー業に転身しているらしく、それなりに上手くやっているらしい。
二十七年に渡る激烈な人生を送った後に死亡した宮川春子と比べると、地に足ついた堅実な生き方をしているとも思える。しかし彼女も宮川春子ほど名を売ったわけではないにせよ、ミュージシャンとして生きてきた年数の方が人生の割合に多い人物なのだ。どちらにせよ、偏見を持つべきではない。
総武線のとある駅。ビジネスマンがよく使用する喫茶店チェーンの入り口で、私と木崎紅葉は待ち合わせる。三時の約束だ。私は一時間前に現地入りして彼女の情報が記述されたWe-Pediaページを見る。
彼女は約束の三十分前に着いた。
「奥村さんですか?」
ベージュのキャスケット、短く切り揃えられた黒髪。全体的に秋の装い……目立つわけではないが風格を併せ持ち、嫌味でない、TPOを考慮した、計算が含まれた装い。
「はじめまして。記者の奥村剛男と申します」
「お待たせして申し訳ありません。木崎紅葉です……もっとも今は、本名を名乗ることの方が多いですけれど」
「立ち話ではなんですから店に入りましょう」
そう言って私は、店の扉を開く。からんからんとベルが鳴る。店員の誘導そのままに窓際の席に誘導された私達は互いにアメリカンを注文し、話を始める。
「改めまして。記者の奥村剛男と言います。こちら名刺です、宜しければ」
ありがとうございます。そう言って彼女も名刺を出す。株式会社トラスト、プロデューサー、山口もみじ。
「今回はどちらでお呼びすれば良いでしょうか?」
「どちらでも構いませんよ。好きなほうで」
「では、木崎さん。ここから取材を始めます。今回の会話はこちらで録音させていただきますが、表に出るとまずい話があれば、言っていただければ出さないように考慮します」
「はい。承知致しました」
「早速ですが――宮川春子さんが死亡されたと聞いた時は、どのように思いましたか?」
「驚きました。もう、色んな人が同じことを言っていると思うんですけれど、死ぬにはあまりに早すぎるんです。二十七歳ですからね」
「そうですね。当時の追悼番組や報道でも同じような話がされていました。あれほどの才能を持った人物が何故、二十七歳で死ななければならないのか? と」
「勿論……個々人が彼女に。春子に抱いている感情は様々なのでしょうが、どうしてもその言葉が先に出てくる。どうしてそんなに早く死ぬ必要があったのか。これだけ医療の発達している時代に、何故早死するミュージシャンなんて偶像に殉じなければならないのか。そう言わざるを得ないのです」
ここで店員が二人分の珈琲を置く。
「ここ数年間で、宮川春子氏と交流は?」
「ありました。けれど、昔ほどではなかったですね」
「そうでしたか」
そう言って私は珈琲を一口飲む。彼女も飲む。一瞬だけ間をおいて、会話が続く。
「木崎さんから見た春子さんとは、どのような人物だったのでしょう」
「プリズムの頃の話しかできませんが、いいですか?」
「お願いします」
「初めてあの子と会ったのは、トラストの紹介で引き合わせられた時。私はインディーではあったけれども既に活動実績もあったし、そのバンドのCDを商業流通にのせたこともある」
「ザ・ハートロックでしたね」
「あ、そうですそうです。知ってるんだ……嬉しいなあ」
彼女は続ける。
「だから最初は、私がプリズムでボーカルをやろうと考えていました。言ってしまえばその頃の春子はド素人で、五月はドラム以外からっきしで。あの頃、私もまだ若かったですから。後々を考えれば、生意気なことと思うかもしれません」
「いえ、そんなことは」
「まあ実際は――ご存知かとは思いますが、彼女が。宮川春子がプリズムのメインボーカルになりました。私は過去の経験を武器にプリズムで活動しましたが、それも彼女を補助するという意味合いが強かった」
「昔から春子さんには才能があった?」
「ええ、才能はあったのでしょう。けれども今このように、世界の~なんて前置詞がつくようになるとは、とても想像ができませんでした」
「プリズム結成当初の、宮川春子さんに対する印象をお聞かせ下さい」
「最初は、気の毒なぐらい気の弱い子だと思いました。自分に自信がない。確かなものがない……けれど、実際にユニットを組んでパフォーマンスの場に出ると、本人でも何がなんだか分からなくなるくらい自然にパフォーマンスができる」
「本人に、どうすればあんなパフォーマンスが出来るんだと聞いても、勝手に動いて勝手に出てくるから分からないと言う。実際、ライブの時にはその時の台本や裏打ちにはない予定外の行動を取ることもあった。けれど、よくあるパンクロッカーもどきがやるみたいな破壊的なことはしなかった……それも無意識のうちにやっていたのであれば、きっとそれは天性のものだったんでしょうね」
「プリズムは商業的にもかなり成功したアイドルユニットでしたね」
「ところが実は、二枚目のCDを出した時点で解散の可能性があったんです」
「――それは、本当ですか?」
「はい、本当です。なので三枚目のアルバムを急ぎで。繋ぎとして出したんですね」
「それが『暁光』ですか」
「そうです。その、繋ぎのために作られたCDがあんなにヒットしちゃうなんて。私達からしても意外でした」
「その頃の……『暁光』を出すまでの宮川春子さんは、どのような様子でしたか?」
私がそう質問すると、今までずっと笑顔で喋り通してきた彼女の表情に、ほんの少しだけ陰が差した――ような気がした。
彼女は答える。
「不安そうでした。売れるとか売れないとか以前に、プリズムが解散すること自体、彼女にとっては耐えられないことだったようです」
「けれど『暁光』の後は売れ過ぎて困った。CMやタイアップがバンバン決まってユニットの評価も上がって……あ、でも。実際にCMに出ずっぱりだったのは春子ちゃんの方で、私達にはあまり出番がありませんでした」
「プリズムにおける宮川春子は、宮川春子なんです。でもプリズムにおける私はあくまでプリズムのギタリストで、五月はプリズムのドラマーでしかない。そういった差がプリズムの内部には存在したのです」
「例えば音楽グループでよく聞かれるような、音楽性で宮川春子さんと衝突したことは?」
「実は――ないんです。後々のことを考えれば意外に思われるかもしれませんが、音楽性という意味では宮川春子は無色透明で、彼女はパフォーマンスの方を重視していた」
「初期のプリズムのアルバムでは私の作詞作曲の曲がありましたけれど、プリズムそのものの人気が高まるにつれてゴーストライティングが増えていきました。業界では有名な話ですね。竜崎善知鳥と夏川りりこ夫妻のものです。これは表向き秘密ということになっていますので」
「はい、承知しました」
そこまで話して、私は一度珈琲を飲む。彼女も珈琲を飲み終える。
「プリズムメンバーの関係性について。詳しくお聞かせ願えますでしょうか?」
「表向きは圧倒的センター、存在感あるボーカルの宮川春子と、それを支える私と五月という構図に見えてきますが、実際は彼女が……春子ちゃんがかなり、私達に気を遣ってくれました」
「世間での宮川春子に対するイメージとはかなり違う感じがします」
「そうでしょうね。或いはもしかすれば、プリズム解散以降にいわゆる世間のイメージする宮川春子になったのかもしれませんが」
「少なくとも世間一般で言われるような、如何にも『27クラブ』入りしてしまいそうな、アーティスト然としたエキセントリックな人物ではありませんでした。ただ」
「ただ……?」
「世間擦れしていないというか……あまり人を疑えない。言葉の裏を考えないようなところが彼女にはありました。だから、私と五月が喧嘩をしても、何で喧嘩をしているのかが分からない。なのに、何とかして二人の仲を保とうとした」
「なるほど……しかしそうなると分からないのが、何故宮川春子がそれほどまでに気を遣ってプリズムの調和を保とうとしていたのに、プリズムは解散することになったのでしょう」
店員が二人に茶を出す。彼女はそれを少しだけ飲み、また話を続ける。
「元々プリズムには、宮川春子だけが圧倒的に人気がある。そういう不均衡が存在していました。ただ宮川春子がソロでやる気がなかったというだけ。本人がやりたいと思えばできたはずなのに、それをしなかった」
「では、何故……?」
「始まりはあの大地震からです。あの時にプリズムはチャリティーライブに参加して、全国的な知名度を誇るようになりました。けれどもその時、春子ちゃんはこう言ったんです。
『福島でライブをしたい』
って。でもあの頃の福島はまだどうなるか分からない状態で危険だし、客も入らないだろうと私やプロデューサーが止めたのですが、それならばなおのこと、福島でライブをやらなきゃいけないと主張したんです」
「そこで初めて衝突が生まれた、と」
「そう。つまり、音楽性ではなくパフォーマンスの面で衝突が起きた」
「最終的には福島でのライブの話はなくなりましたが……それ以降宮川春子は作曲に興味を持つようになって、私や五月。白瀬さん、竜崎さんらに作曲を教わるようになりました」
「ですがプリズムには宮川春子名義の楽曲は存在しなかったはずですよね」
「はい。なので、その時の彼女の気分。たんに趣味の一つとして始められたのでしょう。実際プリズムの新曲について彼女が何か特別意見を挟むこともありませんでした」
「ですが先程話した通り、パフォーマンスの面で衝突が起こるようになりました。とにかく人を感動させたい。私がさせるんだ――ということを私に対し繰り返し何度も話してくるようになって」
「今までは、そうではなかった」
「以前から彼女は一生懸命でした。ですが余裕ができたというか、意識が生まれたんです」
「スタジオ録音よりもライブをもっとやりたい、生の現場を生み出したいと主張する彼女に対して、ある程度ファンと距離をとって神秘的なイメージを纏わせたい会社の意向。当時プロデューサーだった阿久津光輝と私はよくユニットの方針について話し合いましたが、中々まとまらない」
「でも、解散までする必要はあったのでしょうか?」
「ここからちょっとオフレコで」
「……はい」
「引き抜きが、あったんですよ」
「引き抜き」
「プリズム内部で対立があると嗅ぎ取って、宮川春子だけを引き抜こうという会社があったんです」
「なるほど……確かに、大声では言えない」
「でも、この引き抜きだって企業同士の都合なんです。春子ちゃんはプリズムの解散は嫌だと言う反面、パフォーマンスに意見があって、五月は職人気質だし、私は……私は、プリズム以外のことをやりたくなってきた」
「プロデューサー業ですか」
「そうですね。今やっているようにマネジメントの側にまわりたいと思っていました」
彼女は、冷めたお茶を一気に飲む。喉が乾いたのだろうか。私は質問する。
「もう一つ何か頼みましょうか」
「いえ、大丈夫です」
それよりも。彼女は言う。
「話を続けましょう」
「では――プリズムの解散後、宮川春子さんとの交流はありましたか?」
「はい、しばらくの間は……正直、会社の方はあまり良い顔をしませんでしたが。純粋に心配だったんです」
「でも、春子ちゃんがソロ名義で音楽活動を始めて、それで三枚目が大ヒットしてからは彼女の時間の方が逼迫してしまって。付き合わせるのもまずいな、と」
「それっきりですか?」
「いえ、そういうわけではありません。あの子は掃除ができないので、たまに私や五月を呼んで付き人や旦那も付き合わせて大掃除をやったり」
「掃除を?」
「そうなんですよ。掃除です。世界のハルコ・ミヤカワがこんなんでどうするんだって何度も言ったんですけど、あの子は何言っても笑って誤魔化すんです」
「そうでしたか」
そこまで話すと、彼女は小さくため息をつき、こう言った。
「もう、阿久津さんも腑抜けちゃって。いずれ復活して欲しいんですが……できたら、奥村さんに彼に会って頂きたいぐらい」
「連絡が、つかないんですよね」
「なら私の方から手配しますよ。スケジュールについては後ほど」
「本当ですか? とてもありがたいです」
私の言葉に、彼女はふと軽い笑みを浮かべ、答えを返す。
「いえ――こちらこそ」
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