10話 絢音は知ってる


 祐太郎がベンチに座っている姿は、良くも悪くも見慣れている。

 高東大学での試合も、祐太郎は後半からのパターンが多いし、切り札のように温存される選手ということを知っているからだ。


「槇島くん……まだ出て来ないのね」

「まだ前半なんだし来るわけないでしょ」

「な、何よ絢音、知ったような口を聞いて」

「こんなの常識です。よっぽどのことがないと前半で交代なんてしないですから」


 右に座る水城さんが横目で睨んで来る。

 なんだ、水城さんも前までのわたしと同じでサッカーを知らないみたい。

 わたしは祐太郎と付き合ってから猛勉強に猛勉強を重ねてサッカーについて知識をつけた。


 まぁ? 祐太郎に相応しい彼女になるためには常識だけど。


「水城さん、絢音ちゃんは槇島くんのためにいっぱいサッカーを勉強したんですよ」

「ふーん」

「ちょ、ちょっと! ゆずちゃん!」

「なによ、結局は槇島くんのためじゃない」

「う、うるさいです! 祐太郎のために決まってるじゃないですか!」


 ゆずちゃんのせいで、結局イジられてしまう。

 べ、別に恥ずかしいことじゃないんだけど、水城さんにイジられるのはムカつく……!


「絢音姉さん勉強熱心なんすね? おにぃも愛されてるなぁ」

「ちょ、水羽ちゃんまで」


 水羽ちゃんは祐太郎の妹で、甲府に帰省した時、一緒に巨峰パンケーキを食べたパンケーキフレンド。


「でも一つ付け加えるなら、おにぃは後半の頭から出ると思うっすよ」

「へ?」

「試合の展開的にスタートから日本はかなり受け身になってる印象が強いです。ベルギーをリスペクトし過ぎているというか、金川流心がポストで受けるまではいいんすけど、その後の周りの動き出しや展開、全体の押し上げが足りない。だからおにぃを入れて前線に動きを入れるべきだと思うんです」


 さすが水羽ちゃん、女子サッカーの名門でやってるだけあってすごい……(というか正直何言ってるか分かんなかった)。


「ただ、少しだけ不安な点があって」

「不安な点? 祐太郎に?」

「はい。確かにおにぃの裏抜けは一級品ですし、シュートの精度もずば抜けてます。でも」

「フィジカル……かな?」


 ゆずちゃんがそう指摘する。


「その通りです。おにぃは世代別が初めてな上に国際試合の経験が0ですし、ピッチ内の激しさを知らない。おにぃのフィジカルが海外に通用するかは未知数なので……」


 そういえば祐太郎自身も代表は初めてって言っていたような。


 フィジカル……確かに祐太郎ってそんなに強くないかも。

 よ、夜とかも……あんまり激しくないし……。


「絢音、変なこと考えたでしょ?」

「かっ! 考えてないです!」


 不意に水城さんから指摘されて心臓が飛び出そうなくらい驚く。

 へ、変なことは考えないでおこう。


 とにかく今は祐太郎が出て来るのを待たないと。

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