9話 胸騒ぎ
ついに、U22日本代表対U22ベルギー代表の国際親善試合が始まった。
ベンチスタートの俺は、ベンチに腰掛けながら試合を見つめる。
お互いにスローペースでポゼッション気味にパスを繋ぎ、探りを入れるように始まったこの代表戦。
注目はもちろん、日本の至宝・金川流心とベルギーの鉄壁CBエレク・ラザード。
エレクは世界最高峰のイングランド1部リーグで21歳ながら既に主力に定着するほどの逸材であり、過去にイングランドに適応できずに日本へ帰って来た金川先輩にとって間違いなくライバル的存在だろう。
にしても21歳で世界最高峰か……。
とてもじゃないが3年後、21歳になった時に俺がイングランド1部にいるなんて考えられないし、そう思うとどれだけエレク・ラザードが凄いのかが分かる。
それにCBは最終ラインでチームを支える経験がモノを言う職だ。
FWみたいに嗅覚だけで上り詰められないことからも彼の凄みが伝わって来る。
ベルギーのキャプテンマークを巻いたエレクを見ると、その存在感が他の選手と比べても圧倒的なものに思えた。
俺も……あれくらい有名で強い選手になりたい。
そうしたら、きっと世界的には絢音よりも俺の方が有名になるし、絢音の彼氏として世間も認めてくれるはず……。
それに、絢音も俺のこと……褒めてくれるだろうし。
「って、なんで試合中にバカップル妄想してんだ俺! しっかり試合を観——」
「カナガワ! 自分で持っていきなさいッ!」
ベンチの前にいたペルコジーニョが突然叫ぶ。
ペルコジーニョの視線の先には、センターサークルでポストプレーをする金川先輩の姿があった。
ポストプレーはFWが前線でボールを受け、味方が上がって来るのをボールキープしながら待つプレーのことで、フィジカルの強い金川先輩はそれを得意とするFWだ。
しかしペルコジーニョはポストプレーで時間を作るよりも、早く前へドリブルするように声を荒げたのだ。
金川先輩はペルコジーニョの指示と同時にボールキープからドリブルに切り替えて、敵陣に向かって突進するような勢いでドリブルを始めた。
「すっっげぇ……」
フィジカルがザコな俺にはできない芸当だ。
攻撃中のドリブルは、よっぽど肘打ちなどの悪質な行為がない限り、なかなかファウルが取らないのが暗黙の了解であり、金川先輩みたいなフィジカルゴリゴリFWは、寄って来たDFをショルダータックルでガンガン弾き飛ばしていく。
そのボディービルダー並みの身体つきは見せ筋ではないと言う証明だ。
そしてついに敵陣のペナルティエリアまで侵入しかけた金川先輩は、エレクと対峙する。
22歳世代最高峰の1対1。
金川先輩はその大きな体躯でエレクを吹っ飛ばそうとしたが、エレクも強靭な体幹で持ち堪え、逆に金川先輩の足元にあるボールに向かってその長い足を伸ばし、そのまま簡単にボールをスイープした。
「なっ……あの金川先輩が抜けなかった、なんて」
これが……イングランド1部の実力。
そして、イングランドで負けて帰って来た金川先輩の限界……なのか?
「……マキ、見たかい」
ベンチ前に佇むペルコジーニョが背中を向けながら俺に話しかけて来る。
「世界は広い。最高に強い選手の上にも、また強い選手が存在するんだ」
「そう……みたいですね」
「だからネ。後半からはキミの現在地を探してごらん」
「俺の……現在地」
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