6話 浮気疑惑は勘違いの連続


「う、浮気者ってどういうことだよ! 俺、位置情報も絢音と共有してるし、彼女だって絢音が初めてだし、絢音以外とは手すら繋いだこともないんだぞ!」

『で、でもでも……!』

「でも、なんだよ?」


『み、水城さんが祐太郎のこと知ってて。それで込み入った事情があるから今夜全て話すとか言われたの……』


 う、うわぁ……マジか。

 そういえば、絢音の働いてる事務所って水城さんの事務所なんだっけか。

 そりゃ、バレるよなぁ……。


『事情ってなに? まさか祐太郎はわたしと付き合ってる裏でわたしと喧嘩別れした水城さんとも付き合ってて、背徳感に浸ってたの?』

「断じて違う! 俺は絢音以外とは——」


 そう言いかけた時、ぽろんっと通話に誰かが割り込んでくる。


『水城よ。とりあえず全員、ビデオ通話切り替えて顔を見ながら話しましょうか』


 しゅ、修羅場……ってやつか。


 ✳︎✳︎


『…………』

『…………』

「あ、あのー、お二人さん」


 俺はホテルの部屋のテーブルにスマホを固定し、自分の顔を映し出す。


 絢音はいつものウサ耳フード付きのモコモコピンクパジャマを着て、泣いたからか目を真っ赤にしている。

 逆に水城さんは黒縁のメガネを掛けて、ラフな感じのダボダボ白Tを着ていた。


 こうして水城さんと絢音、俺の3人のオンライン通話が始まった。


 水城さん……久しぶりに見たな。


 最後に話したのは、偽デートの最後にあの公園で会話を交わした時。


 あれ以来、水城さんとは会ってないし、絢音にも偽デートのことは伝えていなかった。

 だが、察するに今回はそれが裏目に出たらしい。


『槇島くん……久しぶりね』

「ど、ども、水城さん」


 俺が挨拶すると、水城さんは近くにあった微アルの缶をグビッと呑んだ。

 いやいや、なに呑気に酒飲んでんだこの人。


『絢音の泣き顔を肴にしようと思ったけど、もう泣き終わった後なのね』

『うっさい! この泥棒女!』

『あら、自分の担当アーティストに向かって泥棒女だなんて……酷い』


 ん? 担当?


「え、絢音の担当アイドルって新人アイドルじゃなくて、水城さんなのか?」


 絢音はこくりと頷く。


『まあ、これ以上絢音がヒステリックになるのは流石に可哀想だから、全てを話したいのだけど……ふふっ』

『水城さんなに笑ってんの! わたしの祐太郎になにしたの!』

『なにって……ねぇ、槇島くん?』


 酒が入っているからか、水城さんはとろんとした目で俺に問いかける。


『絶対エッチなことしたんだ! わたしに初めて捧げるとか言いながらあの日シたくせに! わたしも初めてだったのに……この裏切り者!!』

「お、おまっ、水城さんの前でなんつーこと言ってんだ!」

『ふーん槇島くん、絢音で初めてを』

「あーもう! お前ら黙れっっっっ!!」


 俺がブチ切れると、癇癪を起こしていた絢音や酒の回った水城さんがやっと静かになった。


「俺たちは本当になんもしてねえ! 水城さん、俺からじゃ疑われるんで、水城さんから全部話してください」

『はぁ……それもそうね。分かったわ』


 水城さんは呑んでいた缶を置くと急に頭を下げる。


『揶揄って悪かったわね絢音』

『へ?』

『私は槇島くんが逆ナンされて困っている所をたまたま助けたの。その後、助けたお礼に私があなたと槇島くんのデートを参考に曲を作ったことがあったけれど……彼と私はほんの数回だけ会話をしただけ』


 女子大との合コンで知り合った、と言わないところに、少なからず水城さんの優しさを感じた。


『でも、そんなのやっぱり信じられないっていうか』

『なら明日私の身体の奥まで確認してみるのはどう? あなたと違って私はまだ"子供"だから。やましい行為はしてない証拠になるはずよ』

『へっ……? そ、それは流石に』


 水城さん……俺もいるのになんつーこと言ってんだよ。

 仕方ない。ここは俺がしっかり言わないとな。


「絢音——いいから俺を信じろ。俺は未来永劫お前しか好きにならないし、お前としかハグもキスもしない」

『ゆ、祐太郎……』


 真剣に俺が言うと、絢音は安心したように小さく笑った。


『分かった。祐太郎を信じるけど……この件を隠してたお仕置きはするから。とりあえず……帰ってきたらいっぱいしようね?』

「当たり前だ。絢音の気の済むまで何日だって付き合ってやる」

『もうっ、祐太郎のえっち……じゃあ3日くらい、予定空けといて?」

「なんだよ、お前の方がえっちじゃんか」

『うっさい、祐太郎の方が触り方えっちだもん』

「お、お前も大して変わらないだろっ」


『ちょっと……私もいるのに気持ち悪いくらいのバカップルっぷりを見せつけないで貰えるかしら』


 いつも通りイチャイチャしていると、完全に蚊帳の外だった水城さんからツッコミが入る。


『絢音が幸せそうなのが気に食わないわね。そうだ槇島くん、絢音ばかり食べてたら飽きるでしょうし、味変のつもりで今度私とどうかしら?』

「冗談キツいですよ水城さん。俺は絢音一筋なんですみません」

『やーいフラれたー! 水城さんざんねーん! NTR失敗ぃぃー!』

『絢音ぇ……今週〆切の作曲サボってやる』

『別にいいですよぉー? その時はゴーストライターでわたしが作りますしぃー』


 ったく、ガキくさい会話だな……。

 こいつら本当に元Genesistarsのセンターとリーダーか?


『話は済んだことだし、槇島くん』

「なんすか水城さん」

『あなたのおかげでこうして絢音と普通に話せてる。だから、ありがとうね』

「……み、水城さん」

『アーティストとプロデューサーじゃ立場は違うけど、私は絢音と一緒に仕事ができることを心から嬉しいと思ってるから』


 水城さんは絢音の前でも照れることなくそう言った。

 やっぱ水城さんは大人だな……どっかの絢音と違って。


『だからありがとう、槇島くん』

「い、いえいえ! 水城さんこそ、あの時、俺が勘違いするきっかけをくれたことを感謝してます。あれが無かったら小田原ユナイテッドとの天皇杯に俺は参加できてなかった。絢音、水城さんと仲良く仕事するんだぞ?」

『し、してるもん! だって今度、水城さんと私とゆずちゃんの3人で祐太郎の試合観に行くって話になってるし!』


「は?」


『不甲斐ないプレーをしたら怒るわよ』


「え、ええ……」


 ま、まあ、俺は頑張るだけだからいいけど……元人気アイドル二人と一緒に行く藍原の心労の方がヤバいような。


「なんかすまん。藍原」

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