5話 挫折と確信


 絢音が怒ってる理由が気になりながらも、u22代表の練習が始まった。


 ジャージ姿のベルコジーノが腕を組みながらピッチの外で選手たちを見守る中、u22の面々は慣れた空気感でコーチングスタッフたちと一緒に練習に取り組む。


 初参加の俺は、周りの先輩たちにビビりながらも、金川さんやチャン先輩について行って後輩ムーブをかましながらそれとなく馴染んだ。


 u22代表には、GKにプロ内定の我らが高東大学の守護神・チャン先輩。

 DFにはイングランドリーグ2部で20歳ながらキャプテンを務める熱血系キャプテン・鍵本康史。

 MFにはスペインリーグのアトレチコの主力で、代表でも10番を背負う長髪の貴公子・滝本ヒロ。

 そしてFWは言うまでもなく同世代の星で、高卒イングランドリーグのBIG6に入った逸材・金川流心。


 周りに世界レベルとプロレベルが集まりすぎて、大学でまだ半年しか試合に出てないぽっと出のFWである俺なんかは霞んで見える。


 そんなことを考えていた俺は、早速6対6のミニゲームでもらったパスのボールタッチをミスって外に出してしまった。

 すると肩まで伸びた長髪が特徴的な10番の滝本先輩が、俺の前まで来た。


「お前、練習とはいえ初歩的なミスするな。手抜きプレーは試合に出るぞ」

「す、すみません!」


 もちろん手抜きプレーとか舐めプとかではない。

 トラップもドリブルもパスも大学レベルでギリギリな俺は、さっきから先輩たちのパススピードについていけないのだ。


 プロとアマで大きな違いが生まれるのは、パススピードとフィジカル。

 代表ではアマでは体感できないくらいパススピードが速く、足がついて行かず、フィジカルも遠く及ばない。


 これが……プロや世界の壁。


 前に、絢音の前で大見え張って世界に連れて行ってやるとか言ったが……とても今の俺じゃ。

 まだこれから海外勢との試合があるっていうのに、俺は目の前の現実に直面していた。


 ✳︎✳︎


 練習後。夕焼け空の下で、俺はピッチにポツンと残された。

 ミスしまくった俺は当たり前ではあるが監督から呼び出しを食らい、グラウンドに残されたのだ。

 俺がしばらくグラウンドに座っていると、ベルコジーノがサッカーボールを片手に一人で来た。

 どうやら通訳さんはまだ来ないようだ。


「マキ、マキ」


 通訳さんが来るまでベルコジーノは「マキ」としか言わない。

 日本語はほぼ喋れないらしいので当たり前ではあるが……なぜ名前を連呼。


「お待たせしました! さあベルコジーノ、どうぞ」


 通訳さんが来ると、ベルコジーノはポルトガル語で何やら長々と話す。


「マキ。今日の練習を通してキミはとてもじゃないが、プロで通用するレベルじゃ無いと思った。トラップは小学生みたいなミスをするし、ドリブルなんて赤子の方が上手いかもしれない。キミはとにかく不器用で下手だ」


 ど、どストレートすぎるだろこの監督……。

 そりゃそうだけれども。


「だが、キミを呼んで正解だったと感じている」

「せ、正解……?」


 ベルコジーノはボールを足元に置くと、ゆっくりとドリブルを始める。


 ベルコジーノは小太りのブラジル系監督。

 とても運動ができそうには見えないが、居残り練習で滑らかなボールタッチを見せると俺の目の前でロベカル並みのカーブをかけたバナナシュートを見せた。


「槇島くん。ベルコジーノは元イングランドリーグのBIG6のエースストライカーとして活躍していたんだ。今もまだ、あのレベルのプレーができる」

「……す、すげぇっすね」


 ベルコジーノは少し息を切らしながら戻ってくると、咳払いしてまた喋り出す。


「マキ、キミは今年60になる私よりも動きのキレは無い。それでもミニゲームの時に取った4得点は全て一つの武器が産んだものだ」


 一応、ミスしながらもごっつぁんゴールで4得点したのをベルコジーノは見ていたのか、

 ずっとベンチから何も言わずに突っ立ってるから興味ないと思っていた。


「キミのワンタッチ、ツータッチゴールはもう既に神の領域に踏み込んでいる。確実にワンタッチで決められるフォワードは稀な存在でありどの監督にも好かれる。私もその一人だ」

「か、神って。リップサービスにしては大袈裟すぎですよ」

「いいや神だ。この世にはドリブルの上手いFW、ポストプレーが上手いFW、チャンスメイクが上手いFWは五万といるが、キミのように確実にゴールを奪えるFWは極めて稀な存在だ。その才能に優れてその武器だけ尖らせた槇島祐太郎というFWの価値をまだ皆は知らない」


 いくらなんでも過大評価な気もするが……確かにFWってポジションはたくさんのタスクを要求され、選手は色んな武器を持ちたがる。


「今のFWは監督から多くのプレーを要求されるが、本来、FWというのはゴール前にいて仲間のパスをゴールに入れるシンプルなポジションだ。それを体現しているのが槇島祐太郎、キミだ」

「なんかゴールに入れるしか能がない馬鹿みたいに聞こえるんすけど」

「それでいい。いや、それがいい。今の日本人は沢山できることが天才という価値観にあるが、本来、一つの仕事を200点できる人間こそが天才なのだ」


 一つの仕事を……200点。


「だから落ち込まなくていい。それを伝えたかった」


 ベルコジーノは最後に俺へボールを渡すと「御白鷹斗も同じ」と言ってクラブハウスへ戻って行った。


「御白鷹斗も……同じ、か」


 俺はこの合宿で色んな武器を手に入れたいと思っていた。

 それこそ下手っぴなドリブルとかトラップとか、もっと上手くなって高東大を天皇杯優勝に導きたいって本気で思ってた。

 でもベルコジーノはそんな俺の心理を読んだ上で、俺にはシュートとゴールまでの質で200点を出せと、ある意味お説教をしたのかもしれない。


「……そうだな。俺には最初から一個の武器しかない」


 絢音にカッコいい姿を見せたいという一心でこれまでゴールを決めてきた。

 そのゴールの質はどれも200点だったと思う。


 なら、俺がすべきなのは200点のゴールを世界相手に決めることだ。


「と、その前に。ベルコジーノの次は絢音のお説教聞かないといけないんだった」


 どうせ部屋に置いたままにしてた洗濯物とかに怒ってるんだろうけど、それにしてはキレ気味のlimeだったよな?


 絢音もプロデューサーの仕事でストレス溜まってるだろうし、ただの愚痴とかならいいんだが……。

 俺はホテルの自室まで戻ると、シャワーを浴びてベッドの上に寝転びながら絢音に電話をかけた。


「……もしもし絢音?」


『この……』


「ん?」


『浮気男!!』

「……は?」


 開口一番に俺の鼓膜まで飛び込んできたのはまさかの誤解だった。


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ご購入いただきありがとうございます!

2巻もお楽しみに!

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