28話 勝負の行方は


「き、岸原監督……槇島祐太郎がボールのそばにいますが、彼がフリーキックを蹴る可能性は?」

「…………」


 俺は腕を組みながら無言でピッチを見つめる。

 マキにフリーキックは無い……はず。


 フリーキックは一朝一夕に上手くなるものじゃないし、漫画の主人公とかが戦いの中で覚醒するイベントみたいにぶっつけ本番でできるモノでは決してない。


 3年間、俺はあいつにシュートと裏抜けの技術を叩き込んだが、フリーキックの指導はしてないしな。


 フリーキックは経験値とセンス。

 上手い人間に教わって、何度も何度も蹴った人間だけが、完璧なフリーキックを描ける。

 だから……マキにフリーキックはない。


 データ上だと、高東のフリーキックは阿崎か背番号10番の五十幡のどっちか。

 現状、阿崎がいないから蹴るのは間違いなく五十幡なのだが……。


 左利きの五十幡が右に助走を取り、右利きの槇島は左の助走を取っている。


 落ち着け俺……これは槇島が蹴るかもしれないというブラフだ。五十幡が蹴るに決まってる。


 主審の笛が鳴った瞬間、案の定、右に助走を取っていた五十幡が先に走り出した——っ。


「……っ⁈」


 五十幡はフリーキックを蹴らずに通り過ぎて行った。

 つまり五十幡はスルー……ってことは。


 左の助走を取っていた槇島が走り出してシュートモーションに入り、思いっきり右足でシュートを放った。


「嘘、だろ……っ」


 槇島が放ったシュートは、一直線に目の前の壁にぶつかって、ボールはゴールの真正面にあるペナルティアーク(ペナルティエリアの真ん中にある半円)の方へ転がった。


「まさかマキの狙いは——っ」


 最初から壁に当てて自分の得意な角度へボールを移動させる事だったのか⁈


 でもそんな離れ業がマキにできるわけ……っ⁈


 その時、俺が高校時代にマキへ教えた事を思い出した。


 ✳︎✳︎


 岸原さんは教えてくれた。


『なあマキ! 今週の居残り練は、壁当てにするぞ!」

『か、壁当てって……子供の遊びじゃないんですから』

『シュートを打ってどこに転がるか、キーパーがパンチングした時にどこへボールが飛ぶのかが分かったら、最強だろ』

『ええ……そんなの無理に決まって』


『不可能は無い。お前はそれすらも可能にできる』


 あの時の岸原さんの教えが、今の俺に繋がってる。


 どうやって打てばボールが壁に当たって、ペナルティアークへ転がるのか、俺には分かる。

 だから俺は、ボールを蹴った瞬間にそれが成功したと分かった。


 目の前の壁に当たって跳ね返ってきたボールが、ゴールの真正面にあるペナルティアークの方へと転がり、転がったボールを回収した俺は、右足を軸にしてシュートモーションに入る。


 距離的にこれはミドルシュート。

 決まればゴラッソ、外せば……間違いなく監督から懲罰交代だな。


 10か0か……そんな博打をかけるのに、打つのはまさかの左足。

 全て不利な条件。


 でも俺は……不可能を可能にしてみせる。


「……っっ!」


 思いっきり左足を振り抜いてシュートを放つ。

 その時、なぜか俺は自分のスパイクに目が行った。


 そういやこのスパイク、合コンの報酬で阿崎から貰ったヤツだったな。


 あいつは俺の足のサイズ知ってるし、俺が好きなカラーも知ってた。


 阿崎……しばらくお前とプレーできないのは辛いし、悔しい気持ちもある。

 でも、いつまでもお前におんぶに抱っこされてちゃ俺は一人前になれない。


 だから。


「決まってくれ……っ!」


 左足から放たれた俺のミドルシュートは、ゴールの左隅へ軌道を描いた。

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