27話 阿崎の執念


 笛が鳴った瞬間に、主審から東フロの選手にレッドカードが提示される。


 俺は最初、何が起こったのか理解するのに時間がかかった。

 阿崎が倒れたのは見えたがその理由が分からなかったからだ。


 場の状況から察して、東フロのサイドバックがスライディングで後ろから阿崎を襲ったようだった。

 あと数センチでPKになるくらい、ペナルティエリアの白線の手前で起きたファウル。


 阿崎はペナルティエリアの右隅でうずくまったまま、起き上がらない。


「あ……阿崎っ!」


 俺が駆け寄るより先に、担架が近づく。

 阿崎は苦悶の表情を浮かべていた。


「いつものお前なら、背後のスライディングにも気づけるのに、なんで」

「悪りぃ槇島……もう集中力無くて。ピンポイントクロスが無理だと思ったからわざとファウル貰ったんだが、足首やったみてえだ」


 阿崎は力なく「あはは」と笑い、すぐ真顔に戻った。

 ピッチは、レッドカードの判定で荒れている。

 東京フロンティアの選手たちが審判に駆け寄って猛抗議しているのだ。


 確かに、阿崎へのファウルはドグソ(決定機阻止)ではないから、イエローの方が妥当なのかも知れないが……後ろからの危険なタックルには間違いなく、赤の判定は間違ってない。


 抗議が激化してる間に阿崎の治療を行っていたが、救護班からバツのサインがベンチに送られ、阿崎が下がることがたった今決まった。


「槇島……下がる前に、この試合の後、お前に話そうと思ってたことあってさ」

「阿崎……?」


「俺がお前に固執する理由……本当はさ、お前の才能に惚れた以外に、もう一つ理由があったんだ」

「は? こんな時に何言って」


「実は俺——中三の時に、星神のオファーを蹴ったんだ」


 ど、どういう……ことだよ。

 阿崎が……星神学園のオファーを蹴った?


「俺も、岸原のおっさんからオファー貰ってたんだ。この世代には絶対的なストライカーが来るから、お前のパスセンスが必要だって」

「岸原さんが……」

「けど俺は……地元の名門を選んじまった。結果的に、中盤に人材が集められなかった星神は、全国にすらいけなかった。だからもし、俺が星神に進学して星神の頃から槇島とコンビ組んでたら……俺たちは全国優勝できたかもしれない」

「どうして今、そんなこと!」


「ずっと謝りたかった。ごめんな槇島……俺を、許してくれ」


「そんなの、謝んなよ、阿崎……!」


 いつも不真面目な阿崎が、こんなこと、気にしてたなんて……っ。

 周りの抗議が段々と落ち着き出すと、阿崎が乗せられた担架が持ち上げられる。


「でも俺……ここに来た時、運命だと思った。まさか岸原のおっさんが言ってたそのストライカーが、同じ大学に来るなんてな。俺はエロいことばっか考えてここに来たけど、今となっては、お前とのサッカーが楽しくて堪んねえ」

「俺だって、お前と」


 阿崎は"最後に"俺の腕をグッと掴んだ。


「過去の苦い記憶を拭い去るには、未来を変えるしかない。だから、勝てよ槇島」


 阿崎はそのまま担架で運ばれて行った。


 最初はただのウザいやつだった。

 入学前の練習の頃から、やけに俺にちょっかい出してきて、下ネタばっかり言って、お調子者で……。


 でもあいつがいなかったら、今でも俺は、サッカーで落ちこぼれて、なんなら、絢音にも出逢えていない。


 俺の人生を180度変えたあの合コンは、阿崎が誘ってくれなかったら、行ってない。

 俺のサクセス・ストーリーは、阿崎がいなければ何も始まらなかったんだ。


 あいつは……サッカーだけじゃなく、俺の人生にたくさんのチャンスをくれた。


 だから————。


「槇島? 何してんだ、お前は壁の方に」


「先輩、このフリーキック……俺に蹴らせてください」


 阿崎……お前がくれた最後のチャンスを、俺が決めて全てに決着をつけてやる。


 ゴールを決めるのは、俺の仕事だ。


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