26話 疲弊
東フロボールで始まった後半は、来田真琴劇場とも言えるくらい、彼がボールに触れる回数が増え、試合のペースを握り始めた。
FWなのに中盤の組み立てに参加してくるとか……マジかよ。
おそらく岸原監督は、後半から俺たちが落ち着いたサッカーをして来るのを読んだ上で、最前線の来田真琴を中盤の組み立てに参加させてる。
「このままだと……高東が先に崩壊する」
高東には優れた選手が多いが、それを活かすも殺すも中盤次第。
このチームの攻撃はその中盤である、ボランチの阿崎に委ねられているのだが、ピッチに入る前は威勢が良かった阿崎が、後半からやけに険しい表情を多く見せている。
「阿崎……」
この試合を通して、阿崎の汗の量がずっと凄かった。
中盤に降りて来た来田のマークは、阿崎が付くことが多かったら、振り回されてかなり疲れが出ているんだと思う。
俺も、代われるものなら、代わってやりたいが……。
後半18分を過ぎた辺りで、味方と敵選手の頭と頭が接触したことにより、試合が止まる。
その間に阿崎と監督がベンチ前で話し込んでいた。
まさか交代……か?
そう思って、阿崎の方を見ていると、阿崎も俺の方を見ながら歩み寄ってきた。
「槇島」
「阿崎……無理はしない方がいいし、監督に下がれって言われたなら」
「このままだと来田を止められない。フォーメーションを3バックの3421にした上で、俺がトップ下に入る」
「阿崎が、トップ下……」
監督と話していたのはそのことだったのか。
「でも多分……お前が言うように、俺はあと数分で切られるな」
「え……」
「ベンチ裏、もうトップ下とボランチの先輩が準備を済ませて最後のアップしてる」
確かに、今すぐにでもビブスを脱ぎそうな先輩がベンチ裏に控えている。
「……覚悟、決めたってことか」
「吐いてもいい。無様でもいい。でも、槇島祐太郎にラストパスを送るのは、俺の仕事だ。それに、トップ下に入った方がやりやすい」
俺は勝手に、延長に入ったとしても、阿崎とやれると思っていた。
「……分かった」
フォーメーションを変えてリスタートすると、来田にボールが入った瞬間、3バックの視線が彼に集まる。
2バックから3バックに変えたことで、来田包囲網が完成していた。
来田も自慢のドリブルで突破を試みるが、フィジカル勝負になると小さな身体では分が悪く、ボールを一度下げようとした。
「……今だ」
俺は嗅覚で"ソレ"を感じ取り、カウンターの準備を始める。
マイナスの選択肢を選んだ瞬間、命取りになるのがサッカー。
サッカーではよく『シュートで終われ』という言葉があるが、あれはシュートまで行くことがサッカーにおける
シュートまで行けずに、安易に中途半端なバックパスをするのは——危険な行為。
「しまっ……」
流石の来田真琴も、ミスをすることはある。
来田のバックパスを、先輩が刈り取り、その瞬間、高東の選手たちの矢印が東フロのゴールへと一気に向く。
「カウンターッ!」
縦に速いパス回しで、高東のゴール前まで押し込まれていたボールが、ハーフラインをすぐに超えて、前線に構えていたトップ下の阿崎の足元へ入る。
これが……最後になるかもしれない。
阿崎の気迫がそう語っている。
俺と阿崎、さらにもう一人トップ下の先輩の3人で、東フロの4枚のDFと3対4の形になる。
「……っ」
阿崎は単騎で目の前の敵をシザースで巧みに躱して、更にスピードを上げる。
これで3対3の同数。
俺はマークしに来た敵のCBの腕を触りながら、ドリブル中の阿崎が顔を上げた瞬間に、背後へのランニングを目論む。
阿崎は右サイドのペナルティエリアの白線の角まで侵入し、中央で構える俺を見た。
来る、阿崎なら正確なクロスを上げて——。
「……え」
俺がゴール前に走り込もうとした刹那、阿崎がペナルティエリアの外で倒れ込んでいる。
あ、ざき……?
主審の笛と同時に、一枚の赤い紙がピッチの視線を集めるのだった。
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