25話 閑話休題


 天皇杯3回戦も残されたのは、後半の45分。

 引き分けならさらに延長で前後半で30分だし、だいたい2時間後には、この試合の決着がついちまうのか……。


 高東が勝てば大金星。東フロが勝てばプロの威厳を保ったと言える。


 ピッチへ入る前、俺はスタジアムを見渡した。


 生ぬるい風がピッチを吹き抜けていき、ものすごい威圧感のある東京フロンティアの歓声が鼓膜を震わせる。


 俺が圧倒されていると、突然、背後から肩をツンとされる。


「おいマキ」

「……き、岸原、さん」


 背後から岸原さんが声をかけてきた。


「今日の試合……楽しいか?」

「はい! 岸原さんのおかげっす」

「ふっ、その楽しさは、俺との三年間よりもか?」

「岸原さん……なんか重い彼女みたいっすね」

「うるせぇ」


 岸原監督は自分の髭を撫でながら言った。


「そういや彼女って言えば……お前の彼女のせいで、うちの娘が絶対にアイドルになるとか言いやがってよ。とりあえず子役になるとか言って、劇団なんたらとかいう事務所のオーディションを受けやがった」

「結果は?」

「見事に不合格だった。あ、笑ったら尻蹴るからな」

「ははっ、今のお互いの立場で尻なんか蹴ったらレッドカード貰いますよ」


 まるで友達のようなたわいもない会話。

 こうやって岸原さんと話せる日を、俺は待ってたんだ。


 それも東京フロンティアのホームスタジアムで。


「岸原さん。俺に負けてもヤケ酒はやめてくださいよ?」

「当たり前だ。もう飲んだらヤバいらしいし」

「マジすか」

「それより、お前に頼みがある」

「頼み?」

「東京フロンティアが勝ったら、うちの娘をお前の彼女に弟子入りさせろ」

「はあ?」

「約束だからな」

「は、はぁ」


 それくらいなら俺が勝っても頼んであげるんだけど……。


「なんだかんだで娘さん溺愛してるんすね」

自分てめえの娘が可愛くない父親はいねえよ。お前もそのうち分かる」

「そ、そうなんすね」


 俺はピッチの方へ向き直る。


「じゃあ、行ってきます」

「おう」


 一年前。

 最後の試合の時、俺は岸原さんの期待に応えられなかった。


 高校最後の試合は、富山県大会準々決勝。


 先制された後半45分、俺が唯一の決定機を決めきって同点に追いつくも、PK戦で敗退。


『槇島……顔上げろ』

『…………』

『上げろっ!』


 俺は、目の前の結果を飲み込めなかった。


 俺がもっと点を取れるストライカーだったら、岸原監督を全国に連れて行けたのに……。

 最後の選手権にすら行けない……歴代最弱の9番と呼ばれていたあの頃の記憶。


「……でも、今は違う」


 高東に来て、俺は目の前の課題を一つ一つこなしていった。


 今はあの時とは違う。

 俺は……最強の9になってみせる。 

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