24話 最終局面へ


 ゴールライン際で、祐太郎が何とかフィールドにボールを残した刹那、わたしの頭の中に、あるイメージが過ぎる。


 祐太郎の背中側から寄せてくる敵のDF。


 この展開……動画で見た、あの赤いユニフォームを着たチームと同じ。


 そう思った瞬間に、祐太郎はわたしの中にあった記憶と全く同じプレーで、背中にいたDFを素早いターンでかわして、ゴール前に飛び込む。


「槇島くん、行けーっ!」


 ゆずちゃんは身を乗り出して声を張る。


 行け、祐太郎……決めて、わたしの。


「祐太郎っ!」


 前に祐太郎は、『本番で0度からシュートを決めれるのは本当の天才だけ』と言っていた。


 キーパーもDFもゴール前にいる状態で、それも本番でそこから「シュートを打つ」という思考には普通、ならない。


 でも、自分なら決められる、自分ならできるという絶対的な自信があれば、それは不可能から可能へ昇華される。


「つまり、0度から決められるのは——だけ」


 祐太郎は左の0度からドリブルで斬り込んで、思いっきり右足を振り抜いた。

 スタジアム全体の時間が一瞬、止まったかのように思えた。

 それくらい、祐太郎のシュートに誰もが目を奪われていた。


「……入れ」


 クロスバーの内側を叩いたシュートは、跳ね返ってそのままネットに吸い込まれる。

 0度は天才の領域……まさにその言葉を体現したかのような、完璧なゴール。


 わたしが一目惚れした、槇島祐太郎という天才の才能が開花した瞬間だった。


「ずっ、ぐずっ、祐太郎ぉおお〜!」

「ちょっと絢音ちゃん! 鼻水でてるからっ! はい、ちーん」

「ちーっ。あ、ありがと、ゆずちゃん」

「急に幼児化しないでよもー」


 わたしは人目を憚らずに号泣していた。


 祐太郎が自陣に戻って来ると、腕を上げながらこっちに向かって軽く手を叩いた。


 祐太郎……試合が終わったら、いっぱい褒めてあげるし、いっぱいちゅーしてあげるね。

 だってそれが、祐太郎のためにわたしにできることなんだから。

 ……わたしがシたいだけなのは秘密だけどね。


 ✳︎✳︎


 お互いに殴り合うオープンな展開だった前半が終わり、ハーフタイムに。


 ロッカールームに下がると、珍しく監督が無言で俺の髪をワシャワシャして、(おそらく)褒めてくれた。


 村崎監督が居残り練習に付き合ってくれたから、俺はあのシュートを撃てたんだ。


「岸原への恩返しは、あの1ゴールだけじゃ足りないよな」

「はい。何ゴール獲っても足りないんで」

「……ふっ、肝の据わった一年坊主だ」


 カップ戦なのに、東京フロンティアはガチメンバーを組んできている。

 そのN1のガチメンツに1対1で引き分けというのは、普通に考えたら凄いことだ。


 これが、高東大学の名将・村崎監督が作り上げた個と個のぶつかり合いを尊重した、大学最強のチームなんだ。


 ロッカールームにあるホワイトボードの前に選手たちが集められ、村崎監督が後半の戦術を話す。


「展開的にも、前半は前のめりになりすぎている印象があった。後半は全体のラインを狭めて、選手間の距離を近く保つように。無理なカウンターで殴り合って、体力を消耗したら、プロ側が有利なのは目に見えてる。ポゼッションを重視しながら、バイタルにボールが入ったらダイレクトプレーで崩せいいな?」


「「「「「はいっ!」」」」」


 後半もフォーメーションに変更はなく、俺はワントップで最前線に構える。


 俺は自分のロッカーの中にある、前に、カフェで絢音と二人で、手でハートを作るように言われて無理矢理撮らされた写真を見つめた。


 絢音……。


 東フロ相手に勝って、絢音には笑顔で俺を迎えて欲しい。

 一緒にご飯食べて、この試合が終わったら話したいことがあるからそれを話して、その後は一緒に寝て。


「槇島、そろそろ時間だ、いこーぜぇ」

「……おう」


 坊主頭に汗をダラダラ流した阿崎に呼ばれて、俺はロッカーを閉めた。


「阿崎……お前は試合が終わったら何する?」

「そうだなぁ……とりあえずホテルに何人か呼ぶ」

「その坊主頭でも来る子っているのか?」

「男は見た目じゃなくてテクなんだよテク」


 阿崎は相変わらず気持ち悪い。


「でもよ、勝利より気持ち良い快楽はねえ。特にジャイキリした時の快楽は、この上ない至高のモノだ」

「あぁ……それは間違いない」


 ピッチへの入り口の前で阿崎とグータッチをする。


「汗すごいけど疲れんなよ阿崎」

「お前こそ、佐々木さんの事ばっか考えてると、シュートがホームランするからな」


 この試合は俺たちで勝つ。


 そして、最終局面へ——。

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