22話 最後の戦い04


 バイタルエリアで敵の2CBと対峙しながらボールを持つ。

 阿崎のプロを卓越したドリブルと正確無比なパスで、一気に均衡が崩れた。


 最前線の俺に残された選択肢は、ドリブルで目の前の二人をぶち抜いて、ペナルティエリア内でシュートに持ち込むか、ここからミドルシュートを放つか、上がってきた味方に預けるか。


 ここは確実に……。


 俺が右足を振り抜こうとすると、それを先に読んでいた東フロのDFが手を後ろに組みながら、ブロックの態勢に入る。


 さすがプロ……ちゃんとコースは切ってくるな。


 こんな時、どうしたらいい。

 感覚だけじゃ、プロには勝てない。


 だとしたら考えて戦うしか無い。

 一度後ろに預けて、様子を見るか……?


 悩んでるうちに、もう一人のCBが俺に身体をぶつけてくる。


 悩んでる暇はない、ここまで来たらもう阿崎の助けはない。


 FWはいつだって孤独だ。

 一人で敵を背負って、チームの責任も負う。


 だから岸原さん……あの三年間全国に行けなかったのは、全部俺のせいなんだ。


「でも俺は……アンタに恩返しするために、サッカー続けてる」


 ここは、俺が一人で決めるしかないッ!


「……っ!」


 俺は右足でキックフェイントをして、生まれた1秒を使って、ブロックに入ってきた敵CBの股にボールを通す。

 その瞬間に客席から「ドワッ」と歓声が上がる。

 敵のCB同士がぶつかり、完全にフリーになった俺のチャンスかと思われたが、股を通したボールがキーパーの前に転がってしまった。


 まずい、取られ——っ。


 俺が必死に足を伸ばした瞬間、キーパーの手も反応し、ゴール前で小競り合う形になって、ボールが明後日の方向へ飛んでいく。


 せっかくのチャンスだったのに……。

 このままラインを割ったら間違いなくゴールキックだ。


 ボールが左のコーナーフラッグの方へポテンと転がって行ってしまう。


 俺はキーパーと競り合ってゴール前で態勢を崩していたが、即座に立ち上がると周りを確認する。


「槇島ぁっ! こっち回せ!」


 阿崎も上がってきた。

 とにかく俺がボールを回収して、味方に繋げないと——。


「いや……待て」


 その時、俺の脳裏にあるプレーが浮かび上がってきた。


 ——それは、2日前のこと。


「祐太郎、良かったらなんだけど……一緒に、サッカーの動画見たいなって」


 夜寝る前に、絢音が珍しく一緒にサッカーの動画を見ようと言ってきた。

 二人でベッドの上に座りながら、動画サイトに載ってるサッカーの動画を観る。


 ずっとサッカーには興味がないって言ってきた絢音が、興味を持ってくれたのは嬉しいけど、あまり無理をして欲しくないのが本音だ。


「あ、絢音、無理してサッカーこと好きにならなくても」

「観て祐太郎! ゴールライン際のこのプレー! どうやって抜いたのか分からないくらい凄いよ!」

「え?」


 絢音が興奮気味にテレビを指差したのは、"かの天才"が見せた伝説のターンだった。


 左ゴールライン際、もうラインから出そうなところでボールに追いつき、右から敵が寄せてきた瞬間に、ライン際で左回りのターンを決めて、いつの間にかボールが敵をすり抜けていた、まさに——早業。


「祐太郎もアレやってよっ」

「無茶言うなって、俺にはあんなボール捌きは」


「不可能はない! 祐太郎はこの数ヶ月で証明したじゃん!」


「あ、絢音……」

「わたしの祐太郎は、真面目で、負けず嫌いで、頑張れば何でも出来る……そういう男の子なんだから」


 絢音は優しく微笑む。


「それに祐太郎ってゴール前のドリブルのバリエーションが少ないと思うし、もっと試合の映像を観て勉強した方がいいんじゃない?」


 俺の知らない間に、絢音のサッカー知識が増えてるような……これだと、俺がミスった時に言い訳できなくなるんだよな。


「わ、分かった……頭に入れとく」

「できたら、いっぱい褒めてあげるし、いっぱい、ちゅーもしてあげるっ」

「言ったな?」

「だから頑張ってね」


 そして今——この大舞台で、あの時のバカップルトークが想起されている。

 いや、最後の部分は要らなかっただろ。


「おい槇島っ! さっさとクロス上げろ!」

「槇島っ!」

「こっちだっ!」


 悪りぃな、阿崎、先輩たち……。


「この16番は足元ねーから! すぐに潰してクリアしろっ!」


 東フロのDFが俺を潰しにきた。

 舐められてんな……俺。

 でもさすがプロのスカウティングだ。俺にドリブルのテクがないことをよく知ってる。


 俺は左ゴールラインの手前でなんとかボールを止めると、右から寄せてきた敵を感じながら、あのプレーを思い出す。

 左回りでターンをしながら右から寄せてきた敵の"股"に向かって、ボールを蹴り出す技。


「イメージっ……」

「なっ」


 敵が俺の背中に触れた瞬間、俺は右足を思いっきり踏ん張って、反対の左足を後ろからクルッと回転させながら、敵の方を向き、突然前を向かれて驚いた敵の股下に、右足でボールを蹴り出す。


「なっ……! こいつ足元は無いんじゃ!」


 俺は股抜きしたボールをすぐに回収して、ゴールライン際で見事、敵を躱すことに成功した。


「これが——"ベルバトフターン"」


 俺はそのまま左側の0度からペナルティエリアにドリブルで侵入していく。

 シュートという選択肢は無いから、敵はゴール前にいる阿崎や先輩たちへのマークに集中する。

 それくらい、0度というのはサッカーにおいて普通ならゴールが不可能と言われる角度。


 でも……。


「絢音、"不可能"はないんだよな……っ」


 研ぎ澄まされた集中力が、俺の足に宿った。

 そして俺は——0度からキーパーの頭上を目掛けて右足を振り抜く。


 ボールがクロスバーを叩く音が聞こえて、同時に会場の歓声がさらに大きくなった。

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