21話 最後の戦い03(岸原視点から)
東フロのベンチでチームの監督として腕を組みながら試合を観ていた俺だったが、いつしか自分のチームではなく、16番をつける彼の後ろ姿に熱視線を送っていた。
槇島祐太郎……俺はずっと、お前のことを自分の息子のように見ていたのかもしれない。
それくらい、俺は槇島祐太郎という才能に惚れ込んだ。
そう、あれは四年ほど前のこと。
星神学園の次のエースを探すためにスカウトと一緒にはるばる富山から東京に出向いて、Jr.ユースの大会を観に行った。
しかし、どの
勉強でもなんでもそうだが、最近のガキは何でも満遍なくやるように大人から矯正される。
例えばうちの娘は歌が得意で、将来はアイドルになりたいとか言っていたが、嫁から勉強や運動に集中しろと言われ、嫌々塾とかに行かされてる。
何でもできる方が就活で有利とか、色んなことを満遍なくできた方が人生の役に立つとか、そんなのは大人のエゴだ。
一つも尖ったモノを作り出せない人間なんて、誰の上にも立てねえ。
そして今、目の前にいる中学生のガキどもも、サッカースクールとかで「苦手を無くそう!」とか言われて、育ってきたのだろう。
「岸原さん岸原さん! 東フロJr.ユース、今年も強いっすね! ボランチの高梨くんはドリブルもパスも上手いですし、何でもできます。ウイングの松嶋くんも足が速くてタッチが綺麗! その上、前からのディフェンスもしっかり行きますし! 次のエース候補として、彼に声かけますか?」
スカウトから提案された2名の選手。
……こいつらじゃダメだな。
ドリブル、スピード、シュート、パス、ディフェンス、全部が平均的にできる選手なんて、俺のチームには要らない。
一つだけ、尖った才能を持ってる奴がなんだかんだで成功する。
チームスポーツってのは、苦手なモノを仲間と補い合って、個人の特技で他を圧倒するものだ。
「丸く研磨されたダイヤモンドは要らねえ。ギラギラに尖った原石が欲しいんだ」
「は? 何言ってんすか?」
スカウトに呆れられながら、俺は観客席でスキットルを口にしながら、試合を観ていた。
つまらねえ試合だが、酒の肴くらいにはなるだろう。
そんなことを考えながら、真っ昼間からグビグビ呑んでいると、交代で入ってきたある選手が目に留まる。
「…………ん? なんだあいつ」
ポジションはどうやらFW。
身長は170くらいで、身体は細身。
顔は、中坊にしては爽やかでなかなかの二枚目だがとてもサッカーができそうな雰囲気はない。
だが…………同年代のガキと比べて目が違う。
さっきから、敵の最終ラインで衣食住をしているのかと思うくらい、試合が始まってからそこから動かない。
監督から「槇島! 下がって組み立てに参加しろ!」と言われてもオフサイドラインに突っ立っている。
「おいスカウト。あの18番は?」
俺は隣に座るスカウトに彼の事を調べさせる。
「えっと、名前は槇島祐太郎? ですね。中学3年生。山梨出身。身長は168cm。得点数はリーグ2位みたいですけど……どうですかねぇ。見る限り、やる気なさそうにCBの間で立ってるだけですけど」
こいつの目は節穴か……?
あれは突っ立ってるんじゃない。
あの中坊……ゴールしか見てねぇ。
次の瞬間、彼は不気味な動きをする。
ボールが右サイドに流れ、周りの視線がその右サイドに行く中、彼だけはボールなんて見向きもせずに、左サイドに逃げる。
普通のフォワードなら、味方のフォローに行って、攻撃に参加する。でも彼は真逆の選択肢を——いや、待て。
「まさか……」
彼は逃げていた左サイドから一気に中央へ走り込む。
そして味方からクロスが上がった瞬間には、突然ゴール前に姿を現し、ワンタッチゴールを決めた。
この一連の流れ、まるで絵に描いたように上手く決まったが、あんな正確なワンタッチゴール……中坊にできるわけない。
「……おもしれえの見つけちまったなおい」
「岸原さん?」
「今すぐ槇島祐太郎を高東に連れてこい。土下座でもなんでもして連れてこい。あいつは俺が育てる」
「え、えぇ……今ゴールしたからって過大評価しすぎなんじゃ」
「いいから連れてこい」
今どき、ワンタッチゴーラーのごっつぁんストライカーは流行らないし、ポストプレーのできる献身的なFWか、足の速い俊足型のFWが重宝される……と、お偉いさん方は、いつも口を揃えてそう言った。
だが——違うよな、槇島。
今日この瞬間、東京フロンティアのホームスタジアムは震撼する。
✳︎✳︎
前半は始まったばかりだが、先制を許した分、高東は前のめりにやるしかない。
阿崎はポストプレーをするなと言っていた。
それはつまり、俺をゴールだけに集中しろというサインだ。
現代サッカーのワントップは、貰ったボールを味方にボールを落とすポストプレー、DFの背後を取る裏抜け、前線からのプレッシングなどなど、様々なプレーが要求される。
俺はどのタイプなのかと言うと……。
ポストプレーは下手、ドリブルも下手、プレッシングも苦手……とまあ、本来ならこんな舞台でワントップを張れる選手ではないが、天皇杯1回戦でも見せたような、ゴール前での質は、自分でも自信がある。
これまでもワンタッチゴールばかり決めてきた俺だが、現代サッカーという視点で見たら、チームのお荷物なのかもしれない。
でも今の俺には、阿崎清一がいる。
阿崎のようなドリブルで違いを作れる選手がいれば、ポストプレーをする必要もない。
阿崎はチームの心臓として、パスを周りに供給しながら上がって来ると、俺と目が合う。
いや、合ってるかどうかは定かではないが、俺の嗅覚と、阿崎の頭の中にあるアイディアの歯車が合致した感覚があった。
————来る。
サッカーは、緻密に組まれた戦術の中で選手が駒となり、一つ一つのプレーで相手を上回らなければゴールが生まれないスポーツ。
偶発的でも、サインされた攻撃でもいい。
東フロを上回るためには、真正面からぶつかるしかない。
とにかく前へ……持ってこい、阿崎ッ!
阿崎はプロ相手でもその卓越したボール捌きで、圧倒しながらドリブルで中央を単独突破していく。
やっぱこいつは別格だ。
高東大学の高学歴ボインを抱くという目的が無かったら、普通に高卒でプロとか海外に行っていたかもしれない。
それくらい、本気の阿崎は集中力とキレが段違いだった。
高東の先輩たちは、そんなゾーン状態の阿崎にパスを要求する声すら失っていたが、俺は違う。
「阿崎……さっさと寄越せ!」
「あぁ、お望み通り運んできてやったぞ……槇島ァ!」
バイタルエリア(ペナルティエリアの前)からは、ボランチのお前の仕事じゃない。
FWである俺の仕事だ……。
阿崎に視線が集まる中、バイタルでボールを要求した俺の足元にスッとボールが入った。
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