20話 最後の戦い02


「先制、されちゃった」

「……絢音ちゃん、槇島くんの方見て」

「祐太郎?」


 来田真琴のゴールが凄すぎて目を奪われていたけど、祐太郎の方に視線を戻すと、祐太郎は……。


「祐太郎……笑ってる」


 先制されて、焦らなきゃいけないのに、祐太郎は笑みを溢していた。


 余裕の笑みとか、油断とか怠慢じゃない。


 彼から感じるのは、圧倒的な自信……。


 初めて会った時は「自主練自主練」って、気難しい顔ばっかしてたのに。

 こんな大舞台で笑えるくらい、祐太郎は自分に自信が持てるようになったんだね。


 天皇杯1回戦の時に、祐太郎は覚醒したと思っていたけど、今の祐太郎は、その時以上の可能性を感じる。


 わたしが毎日あれだけご飯を食べさせたし、この試合まではカップルらしいことは我慢して、サッカーのことだけを考えさせた甲斐があったんだと思いたい。


 勝負の世界だから全てが上手くいくわけじゃないけど、彼にとってはこの試合が、過去に決着をつけ、未来に繋がる大一番。

 ここが全ての決着で、全ての始まりになるんだ。


「……祐太郎、決めて」


 ✳︎✳︎


 東京フロンティアのカウンターが成立し、来田真琴のゴールで、あっという間に先制されてしまった。

 負けてるのに、俺はこの状況が楽しくて仕方がなかった。


 いつも笑いながら試合をする阿崎のことを、ふざけてると思っていたけど、今になってその理由が分かってしまう。

 集中力が最高まで達して、ゾーンに入ろうとした時、人は笑うんだと。

 笑ってしまうくらい、力がみなぎってくるんだ。


「槇島」


 真顔の阿崎がボールをセンターサークルに置きながら、俺に話しかけてくる。


「阿崎? どした?」

「……お前はゴールだけ見てろ。今日はヘタクソなポストプレーはいい」

「は? でも監督には」

「ピッチの上ではこの俺が高東の心臓だ。血はいくらでも運んでやるから、お前はゴールぶち抜いてこい」


 阿崎は俺の肩をポンと叩いて持ち場に戻る。

 今日の阿崎は、やけに焦っているように見える。

 いつもなら『やっべー、来田真琴の尻見てたら決められてたわー』とか言いそうなものなのに。


 俺が一人でセンターサークルの真ん中に立っていると、俺の横をあの来田真琴が通り過ぎた。


「少しは楽しませてよ? 後輩くん」


 ……来田真琴に、俺は認知されてた?

 それだけでも光栄だが……今日だけは喜んじゃいけない。


 今日は、来田真琴を、岸原さんを超えるためにここに来た。


 そして、絢音に……いい加減、カッコいい俺を見せたい。


「待ってろよ……」


 ホイッスルが鳴り、俺はセンターサークルのボールを阿崎の方に蹴り出す。


 高東は1点ビハインドの展開になり、全体のラインを押し上げて攻勢に出た。

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