19話 最後の戦い01


 ふぅ。ついにここまで来ちまったか槇島。


 俺、阿崎清一はキックオフの前に自分の坊主頭を撫でるルーティンを済ませる。


 俺は高校の頃から地元のプロチームの練習に何度も参加させて貰っていたから、プロの空気ってやつにも少しは慣れてるものだと思っていたが……今日は本気の東京フロンティアとの試合だ。久しぶりに俺も緊張してる。


 ……お前もそうだろ? 槇島。


 ゲームを作るのは俺の仕事。ゴールを決めるのは、ワントップのお前の仕事だからな。


 キックオフと同時に、センターサークルからボールが俺の足元に転がる。

 足裏で舐めるようにワンタッチして、顔を上げると、俺の目の前には日本代表の来田真琴きたまことが寄せて来た。

 その女子顔負けの美人顔と、真っ白な長い髪を靡かせて軽快に走る身長167cmの小さなバンディエラ。


 来田真琴……生で見るとなかなか股間に来る容姿してんじゃねえか。

 悪いが俺、男には興味がない主義だからよ。あんたとの勝負はベッドの上じゃなくて、ピッチでつけさせてもらうぜ。


 向かって来た来田真琴の身体を左腕で制しながら、左回りのルーレットで往なそうと思ったが……全く振り切れない。


「なっ」

「甘いね——大学生くん」


 こんな所で来田とやり合っても仕方ないと思った俺は、ラインを上げるためにも敵陣の深い所へ向けて大きく蹴り出す。

 こいつ、フォワードのくせにめっちゃ守備やるじゃねえか。


「ねえねえ、キミのチームの槇島くんってどんな子?」

「……なんだ? 試合中に雑談かよ」

「いいじゃん。槇島って子がボクの後輩だって岸原さんから聞いて、ずっと気になってたんだよねー」


 来田真琴の闘争心に満ち溢れたその眼差しが、前線の槇島に向けられる。


「槇島は、あんたに負けないくらいのモノ持ってる。特にゴール前の質はあんたより上だ」

「へえ……」


 来田真琴は不敵な笑みを浮かべると、突然、高東ゴールに向かって走り出し——って、は?

 なっ……なんで。

 まだボールは高東が持ってんのに。


 そう思った瞬間、前線で回していた高東のボールが東京フロンティアのCBの強引なタックルで奪われ、そのCBはタックルする前に走り出していた来田の前方へ思いっきり蹴り出した。


 まさか、来田真琴のこのランニングがボールを刈り取るスイッチになってんのか⁈


 ……そういや、試合の前にうちの監督が言ってたが、東京フロンティアの新監督・岸原伸夫は、一人の個を中心としたサッカーを展開するので有名らしい。


 10年前に星神が高校選手権を2連覇した時は現バルサの御白鷹斗を中心としたサッカーを創り上げ、つい最近の暗黒時代の3年間は、槇島祐太郎に全幅の信頼を寄せ、槇島中心のサッカーを創り出した。


 前者は成功し、後者は失敗に終わったが、彼の理想のサッカーは基本ワンマン。

 毎年選手の入れ替わる高校サッカーにおいて、一人に戦術を委ねるのはシンプル且つ即効性があるから理に適っているとも思えるが、あの監督プロでも同じ事してんのかよ!


 敵のカウンターに反応が遅れた俺は、来田を追う形になり、来田の後ろを走る。


「大学生の彼がボクより上だって……? 笑わせんなよ。キミがどれだけ世間知らずか、ボクが教えてあげる!」


 来田真琴の足がさらに加速する。

 スプリントに長けたその小さな身体と、力が入った瞬間に血管がブチブチに浮かび上がる屈強な足の筋肉。


 これは……まずい。


 ✳︎✳︎


 それは一瞬だった。


「先輩! こっち、フリーっ」


 ワントップの俺がポストプレーでボールを受けようとした瞬間、東京フロンティアのDFは、何かのスイッチが入ったかのように、ファウルギリギリの厳しいタックルを繰り出し、先輩からボールを刈り取ると、すぐにボールを前へ蹴り出した。


 来田真琴のいる前方へ向けて蹴り出されたロングフィード。


 音も立てないくらいの吸い付くようなトラップで、ボールを収める来田。

 高東の2CBが対応しおうとしたが、その強靭な足についていけない。

 短距離選手並みに、瞬間的な速度が特出している来田の足。

 阿崎も彼の背中を追うので精一杯だった。


 高東のDFも意地でなんとか追いついたが、そのふらついた足で来田が繰り出す高速シザースについていけるはずも無く、一人、また一人と置いてかれ、そして、高東はあっさりと失点した。


【東京フロンティア1ー0高東大学】

 前半3分 来田真琴


 これが、日本代表……来田真琴。

 ずっと目標にして来た先輩で、いつか同じフィールドでやれるのを夢見た存在。


「やっぱすげえよ……」


 本当なら焦んなきゃいけないのに。

 緊張しないとおかしいのに。


「やっべぇ——俺、楽しくなってる」

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