13話 絢音の新しい目標


 阿崎の奢りで焼肉を食べた帰り道。

 祐太郎と阿崎がスポーツ用品店に寄りたいと言うので、あたしとゆずちゃんも付き合う事に。


「見て見て絢音ちゃん、レディースのスパイクも結構揃ってるよー!」

「そ、そだね」


 目をキラキラさせるゆずちゃんとは対照的に、あたしは苦笑しながらゆずちゃんと一緒に店内を適当に見て回った。

 こうやってゆずちゃんと2人きりになるのはなんだかんだで久しぶりだったりもする。

 天皇杯の時も岸原親子が居たし、ゼミとかもグループでいる事が多いから2人で話す事はあまり無かった。

 それこそ、祐太郎と付き合ってからは、少しだけ気まずさを勝手に感じていたり……。

 でも、今日1日を通して普通に話せてたし、あたしが気にしすぎなのかな……。


「絢音ちゃん?」

「え?」


 考えに耽っていたからか、ゆずちゃんに声をかけられていたのにあたしは気づかなかった。


「さっきからムスッとしてるから、私のサッカートークがウザかったのかと」

「そんな事ないよ!」

「ホント?」


 あたしが必死に首を縦に振ると、ゆずちゃんは(その大きな)胸を撫で下ろす。


「なら良かったよぉ。私、サッカーの事になるとすぐに独りよがりになっちゃうから。あはは」


 ゆずちゃんは恥ずかしそうに笑って、レディースのスパイクを手に取った。


「私ももう少し、女の子っぽい趣味見つけないとなーって思うんだけど。ほら、絢音ちゃんみたいにパンケーキとか」

「でもサッカーは立派な趣味だと思う!」

「そうかなぁ?」

「そうだよ! あたしはゆずちゃんが羨ましいって言うか」

「え? う、羨ましい?」

「あたしサッカーの事とかよく分かんないし、勉強しようにもどこから手をつけていいのか分からないから、祐太郎とあんまりそういう話が出来なくて……。何か申し訳ないなって思う事多くて」

「……絢音ちゃん、ちょっと座って話さない?」


 靴の試し履きをするベンチに並んで座り、ゆずちゃんはスパイクの試し履きをしながら、あたしに「何か悩みとかあるなら話して」と言ってくれた。


「槇島くんは趣味を合わせて欲しいとか、思って無いと思うよ?」

「でも祐太郎は……いつもあたしの趣味に合わせてくれるから、あたしも祐太郎に合わせないと」


 そう言ったらゆずちゃんはため息を吐きながら、少し笑った。


「絢音ちゃんって、意外と心配性?」

「だ、だって……嫌われたくないし」

「槇島くんが絢音ちゃんを嫌うとか、絶対無いでしょ」

「で、でも」

「槇島くんは見返りを求めるような人じゃないよ。パンケーキに付き合ってくれるのは、楽しそうにしてる絢音ちゃんを見たいだけだよ」

「そう、かな」

「それにサッカーを頑張ってるのだって、絢音ちゃんのためだし、絢音ちゃんは槇島くんの一番のモチベーションなんだから」


 ゆずちゃんはそう言って少し落ち込み気味だったあたしを励ましてくれた。


「だから、もうお惚気は禁止!」


 ゆずちゃんは人差し指でバッテンを作ると、あたしの目の前に差し出した。


「うん。ごめんねゆずちゃん」

「まあでも心配性にはなるよね。槇島くんってストライカーにしてはエゴが無いっていうか。阿崎くんの言いなりな所もあるし、どうせ家でも絢音ちゃんの言いなりなんでしょ?」

「……ま、まあ」


 思い当たる節がありすぎて、認めるしか無かった。


「やっぱり。でもまぁ槇島くんの相方って、気の強い人じゃないと務まらないもんね。阿崎くんも絢音ちゃんも、ちょっと似てる所あるから」

「ちょっ! あんなのと一緒にしてほしく無いんだけど!」


 あたしが怒ると、ゆずちゃんは揶揄い気味に笑った。


「あ、そうだ」


 ゆずちゃんはスパイクの紐を結ぶ手を止めて、あたしの方を見て来る。


「ん? どうしたのゆずちゃん」

「絢音ちゃんに話したい事が一つあって。二人きりの時に話そうと思ってたんだけど」

「あたしと?」

「うん」


 ゆずちゃんは周りを確認し、あたしの方を向いた。


「実は昨日、MIZUKIさんと会って」

「え……水城さんと?」

「この前と同じ服装で大学をふらついてるのをたまたま見かけたから、声をかけたら絢音ちゃんを探してるみたいで」


 水城さんが……またあたしを?


「でも水城さん、もうあたしの前には顔を出さないって言ってたのに」

「私もそう思ったから、思い切って声をかけてみたんだけど……。絢音ちゃん、あの名刺覚えてる?」


 名刺……?

 あたしは記憶を巡らせながら、坂城真由美の名刺を受け取った時のことを思い出し、それを写真集の真ん中に挟んで本棚に戻した事も思い出した。


「なんか名刺の相手に連絡をして欲しいとか……でも絢音ちゃんがあれから連絡してないって事は、あまり関わりたく無い人なんだよね?」

「……そんな事は、無いんだけど」


 名刺にあった坂城真由美は、あたしにあの赤いカチューシャをくれた人。(55話もしくは観戦デート参照)

 今は坂城プロダクションの社長で、あの名刺を水城さんを通じて渡して来たって事は当然、誘ってるんだと思う。


「伝えてくれてありがとうゆずちゃん」

「絢音ちゃん……こんな第三者の私が聞いてもいいのか分からないけど、どうするの?」


 このまま全部、知らないふりが出来たら良かったんだけど……。


「芸能人には戻らない。それは水城さんからその人に伝えられてるはず。だからもし別の形であたしを誘ってるなら、少し考えようかな」

「別の、形?」

「ちょうどあたしも新しい事がしたいと思ってたから」


 ✳︎✳︎


———

書籍の情報がそろそろ出せるかも?準備頑張ってます。

web版は段々と完結が近くなって来ました。

最後までよろしくお願いします。

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